第二万五千五百日:03【長野恵梨香】

第二万五千五百日:03【長野恵梨香】


 居間のソファーに掛けたまま、煎餅を齧りつつ……セーラー服を着た恵梨香が、漫画本を読んでいた。


 ぱらぱら、ぱら。


 今読んでいた巻が終わったので、表紙カバーをめくってその下を見る。

 残念。この巻のカバー下はおまけ漫画ではなく、表紙絵のモノクロコピーだけのようだ。


「んー」


 唸りながらその巻を置き、続きの巻を手に取ろうとした時。


 ぴんっーーーーー、ぽーん。


 聞こえてきたのは、家の呼び鈴を鳴らす音。

 特徴的なチャイムの区切り方で、それだけで誰が来たのか恵梨香には分かる。

 続けての、


「えーーりーーちゃん、あーーそーーぼーー」


 よく知った声。


「はーーーあーーーいーーー」


 と返事をしながら、恵梨香は玄関へと歩いて行く。


「今開けるねー」


 扉の向こうへ聞こえるように大きめの声をかけながら、鍵を外し、ドアを開いた。

 そこに立つのは紺のセーラーを着た、一人の女学生。眼鏡をかけた、三つ編みで一本結びの小柄な少女。

 長野恵梨香の親友、御堂小夜子である。


「早かったね」


 優しい目をして、恵梨香が小夜子に語りかける。


「うん。未来には、行かなかったんだ」


 小夜子が答えた。


「知ってる。全部、見てたから」

「そっか、全部見られてたか」

「そうだよー」


 へへへ、と声を漏らす小夜子に目を細める恵梨香。


「お仕事はもういいの?」

「大丈夫、あの子たちは結構しっかりしてるし、キョウカもまだいるしね……あ、キョウカも後から遊びに来るってさ」

「お、それは楽しみだねえ」


 顎に手を当てて、恵梨香はうんうんと一人頷く。


「ところでえりちゃん、今日は何して遊ぶ?」

「あれやろうよあれ。オメガドライブでガンスターヒロインズ。こないだはノーマルでクリアしたけど、次は難易度ハードでやろうよ」

「地下坑道の変形メカ、ハードで倒せるかなあ」

「まあまあ、やってみようよ。疲れたら映画でも観ることにしてさ」

「オッケー。じゃあ、私の家に行ったほうがいいね」

「うん、さっちゃんの家に移動だね」


 恵梨香が靴を履き、並んで立つ。

 その手に触れる、小夜子の手。指が広がり、絡み合い、掌が重ね合わされた。

 温もりを感じつつ二人は目を合わせ、微笑み合う。


「じゃあ行こうか、えりちゃん」

「うん行こう。さっちゃん」


 歩調を合わせ、玄関の外へと歩み出る。

 そこには暖かく眩い光が、どこまでも広がっていた。

 抑えきれぬ声を上げながら、二人はその中へと進んでいく。


 ふふふ。

 あはは。

 と笑いながら。


「ずっと、一緒だね」


 恵梨香の目を見つめながら、小夜子が楽しそうに言った。

 その手を強く握り返しつつ、恵梨香も答える。




 うん。そうだね。




 ずっと、一緒だよ。




 やがてその姿は輝きの中へ吸い込まれるように消え。

 後には二人の笑い声だけが、響いていた。


(終)

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