第二万五千五百日:02【キョウカ=スカー】

第二万五千五百日:02【キョウカ=スカー】


 ベッドの周りに集まって泣く「子供たち」をそのままに、キョウカは一人の若い女性を手招きすると、伴って廊下へと歩き出た。


「何でしょう、総帥」


 彼女の名前はスター。ホムラの娘であり、小夜子とキョウカには戸籍上の孫に当たる。

 若いが優秀で有望な女性であり、キョウカは秘書同然に連れ回しつつ教育を行っていた。


「今はおばあちゃんでいいわ」

「どうしたの、おばあちゃん」

「私は院長先生に会った後、一度本社へ戻るから。後の手続きとか、お願いね」

「うん、分かった」

「後、皆が落ち着いたあたりを見計らって、グループで働いている叔父さんや叔母さんに声をかけておいて。メールでもいいけど」

「うん、どうして?」


 首を傾げるスターに、キョウカが向き直る。


「スター=スカー!」


 急に「総帥モード」へ入ったキョウカに、慌てて調子を合わせるスター。


「はいっ!」

「本日、サヨコ=スカー副総帥の死をもって、我がスカー財閥は、エリカ計画を発動する」

「は、はい!」


 秘密計画、エリカ。

 数百年規模で行われる、遠大な計画だ。

 以前にキョウカより構想を明かされていたスターの、顔が強張る。


「葬儀が終わり次第本格的な行動へ移るが、財閥運営に関わる一族の者には、今夜のうちにその旨だけは伝えておきたい。だから手配を頼む。そうだな、場所は本社の最上階、特別会議室でいいだろう」

「かしこまりました!」


 気をつけの姿勢で返事をするスターの頭を「ぽんぽん」と撫でると、キョウカは軽く手を振り、背を向けた。


 コツ、コツ、コツ。


 足早に歩くキョウカの頬を伝う、温かいものがあった。それを誤魔化すかのように、彼女は歩調を強めていく。すれ違った職員が驚いた顔で振り返っていたが、気にせず進む。


(そうさ。終わらせなんか、しないさ)


 ……サヨコ。


 あれからずっと、エリ=チャンを助けられないかと僕は考えていたんだ。

 航時船のメインフレームで、長い時間かけて検討もさせたよ。

 でも幾らパターンを考えても、シミュレートしても、結果は「不可能」。


 まあ、当然といえば当然だよね。

 どれだけ金を注ぎ込んでも、手間をかけても。

 この時代の基礎科学力と技術力、そして工業力では、時間航行装置を作ることは不可能なんだ。

 航時船に関わる技術の解析すら、できないのだからね。


 ならばということで。

 タイムマシンが発明されるまで待って、その世代に願いを託すことも考えた。

 しかしこれもシミュレートの結果は、バツ。僕個人の予測でも、やはりバッテンだ。


 タイムマシンができるまでの六百年近い間、組織が個人の想いを維持し続けるのは不可能だろう。

 数百年も巨大組織が存在すれば、健全であるほど必ず権力闘争や改革は行われる。そして幾度かのそれを経ていけば、いくら創立者のものといえども、個人的な願望なんか忘れられ切り捨てられていくんだ。

 当たり前ではあるけどね。だってこの計画を実行できるほどの巨大な組織は、最早個人の物とは言えないのだから。


 だが。

 その想いが、理念が。

 個人的なものではない、と思わせられたならどうなる? どうなると思う?

 そうなれば、また話は別だ。

 個人の願いではなく、一見まるでもっともらしい社会正義のお題目や一族の悲願でも掲げておけば……その理念は継がれていくのではないだろうか?


 勿論その場合でも、権力闘争や組織の改革は行われるだろう。

 だがその際には必ず、理念を維持できるかどうか、達成できるかどうかが争いの種として使われるはずだ。

 何せそれを否定すれば、一族内の地位争いにおける攻撃材料にされかねないのだから。実際に彼らがお題目を信じるかどうかは、別としてね。

 しかしスカー一族の継承者が必ず実現しなければならない「ノルマ」や「後継争いの具」として、それは使われ続けていくことだろう。


 だから僕は、時間航行の全面禁止を計画のテーマにした。

 理由は適当さ。人類社会の安定とかそんな感じだな。

「人はその時代で生きるべきなのだ」というフレーズにしてもいい。お、何かこれカッコよくないかい? サヨコ。

 ま、その辺はおいおい考えておくよ。


 計画が実行に移されるまでには、おそらく九百年。早くて八百年程度かかるはずだ。

 幾度かの核戦争や騒乱を経ても、その時まで財閥は世界的な影響力を維持し続けていなければならない。

 まあ二十七世紀までは、色々な歴史データもあるから楽勝だな。そもそも僕がいた二十七世紀に、スカー財閥あったし。でもそれ以降は、当事者に頑張ってもらわないとね。

 で、八百年か九百年あたりまでいったら、後は【エーリカシステム】に二十七世紀まで遡らせて、例の事件を口実に【エーリカシステム】自身の設立を確定させる。関係者にとっては保身に関わることでもあるから、きっと真面目にやってくれるさ。

 システムが存続する限り、もう僕らの過去には誰も関与できなくなる。【エーリカシステム】が機能しなくなるような遠い未来じゃ人類自体の存続が疑わしいし、そんな頃には大昔の事件なんて、誰も気に止めやしないだろう。


 まあざっくりといえば、こんなものか。

 大丈夫かなー、大丈夫だといいなあ。心配だけど、流石に九百年も先のことだと、どうしようもないな。

 僕にできるのは、それまでを想定した組織づくりと家づくり、タイムスケジュールの作成、そしてお家騒動や計画遂行を監督するAIの構築に、【エーリカシステム】の起草と方針設定くらいさ。

 勿論、その辺はキッチリやらせてもらうつもりだけどね。いい加減な君と、一緒にするなよ?


 それこそ何万回もシミュレートしたけど。何千パターンも、考えてみたけれど。

 僕には、エリ=チャンを助けることはできない。

 だがエリ=チャンの想いを、願いを……繋げることはできる。確定させることは、できる。

 そしてそれは、君の想いでもあったよね。サヨコ。


 だから僕は、それを守ってみせる。

 いや僕にこそ、それを守らせてくれないか。


 なにせ僕は、君の相棒なんだからね。


 複雑に絡まった糸のように。

 時間を前後する歴史を確定させて、君たちの想いを守りきるよ。


 サヨコ。

 だから、僕は。

 いいや、僕が。




 君の想いを終わらせない。

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