第二万五千五百日:01【キョウカ=スカー】
第二万五千五百日:01【キョウカ=スカー】
アメリカ合衆国モンタナ州。フォート・ペック人工貯水湖からやや離れた場所に築かれた、スカー財閥の本拠地である企業都市、通称【スカー・シティ】。
その中央区には財閥運営の大病院が建っており、そして最上階には、スカー一族だけが利用できる病室があった。
……広く、清潔な部屋。
そこに置かれたベッドの上で、一人の老女が目を覚ます。
「あっ!?」
脇の椅子に腰掛けた年配女性がそれを見て立ち上がり、反対側壁近くのソファーに座るもう一人の老女へと、慌てて呼びかける。
「キョウカ母さん! サヨコ母さんが目を覚ましたわ!」
タブレットでメールに目を通していたキョウカが、顔を上げた。
「あらそう。じゃあホムラ、皆を呼んできてくれる?」
「分かったわ母さん!」
ホムラと呼ばれた女性が、ぱたぱたと病室から出ていく。
キョウカはそれと入れ違いで娘の掛けていた椅子に座り、小夜子に話しかけた。
「具合はどうだい? サヨコ」
「まあまあ……ね。キョウカはどう? 若くないんだから、無理しないほうがいいわよ? もう八十でしょ? アンタも」
「まぁ君と違って僕は、ナノマシンのおかげでアンチエイジングがかなり効いてるからね。下手をしたら、娘たちよりも元気なくらいさ」
「フフフ、久しぶりね、その喋り方」
「そうかな?」
「そうよ」
微笑み合う。
「ねえ、キョウカ」
「なんだい」
「楽しかった?」
「ああ、楽しかったよ」
「そう、良かったわ」
咳き込む小夜子。垂れた涎を、キョウカがハンカチで拭った。
「私が勧めた漫画やアニメも、面白かったでしょ?」
「ああ、最高だったさ。でもそのせいで僕はすっかりジャパニメーション好きのオモシロバーサン扱いなんだぞ?」
「あら、それって間違ってるの?」
「いやまぁ、大体合ってるんだが……」
また、笑い合う。
「私はちょっと先に失礼するけど、後はよろしくね」
「うん、大丈夫さ。子供たちもしっかりしているしね。正直社会人としては、君より遥かに有能だ。と言うよりむしろ君が社会人としてはその、あれだ……雑過ぎ」
「何も否定できぬ……」
ぐぬぬ、と悔しがる小夜子。
「……なあサヨコ」
「なぁに?」
「エリ=チャンに会ったら、よろしく言っておいてくれ」
「ええ、分かったわ」
「僕もそのうち、お邪魔しにいくからさ」
小夜子の頭をゆっくりと撫でるキョウカ。そしてその額に、優しくキスをした。
……ガー。
微かな機械音を立て、病室のドアが開く。
待ち構えたようにドタドタと駆け込んできたのは、中高年の男女たちだ。中には、子供や孫を連れた者もいる。
「サヨコ母さん!」
「お母さん!」
「サヨコかーちゃん!」
「ママー!」
「おばあちゃん」
「ババア!」
……彼らは小夜子とキョウカが育てた養子たち、そしてその子供らである。
航時船のメインフレームに記録された歴史データや技術を用い、莫大な財を成した二人が各所で引き取った孤児を子供として育ててきたのだ。
その数は全部で、四十九名。
歌手になった者もいれば、画家になった者もいる。田舎でのんびりと農場を営む者もいるし、中には漁師になってカニを追いかけている者もいた。
そして半数ほどがスカー財閥に忠誠心厚き者たちとして、キョウカの仕事を手伝い立派に成長していったのだ。今ではキョウカ無しでも、問題なくグループは回っていくことだろう。
様々な都合で今日ここに来られない者もいるが、それでもどうやら大半は集まることができたようだ。
「こら、ロイン! ホッパー! バイル! アクセル! 静かにしなさい! もういい歳こいたオッサンじゃないか君たちは! ほら、ハウンも、レイクも、こっち来なさい。まったく、君らは幾つになっても騒々しいのだから……」
溜め息をつきながら、場所を空けるキョウカ。
(まあいいか、今日くらいは。あとは、子供たちに時間を譲ってあげよう)
小夜子に軽く手を振って、ソファーへ向かうキョウカ。そして再び、メール処理に戻るのだった。
……それから五時間後。
御堂小夜子。いやサヨコ=スカーは、眠ったまま目を覚まさず、そのまま息を引き取った。
享年八十六歳。
死因は、老衰である。
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