2647年:02【ロランド=ドゥヌエ】
2647年:02【ロランド=ドゥヌエ】
大統領であるイジドーロは、疲れきった顔をしてデスクに座っていた。
そんな彼へ向けてロランドは早足で詰め寄り、襟首を掴む。
「イジドーロ! どういうつもりだ! 私の娘の、ヴァイオレットの命がかかっているんだぞ!」
掴んだまま、激しく揺さぶる。
見かねたブレイドがロランドの肩に手を置き、それを制止した。
「すまないロランド……だが許可は出さない。いや、出さないんじゃない。出せないんだ」
「何故だ、イジドーロ! 別に未来へ行くわけじゃない、過去へ戻って自国民を救出するだけだろう!? 何の問題がある!」
ロランドの手をゆっくりと外しながら、イジドーロが苦々しげに口を開く。
「未来から、あらゆる時間航行について禁止するよう連絡が来たんだ。勿論、君の案件も含めてだ」
「なんだと……!?」
未来からの干渉。それが何を意味するかは、ロランドも理解している。
……かつて中央革新人民共和国に大きな被害をもたらした、未来からの攻撃。それは、現人類が決して抗うことの敵わぬ脅威である。
目を剥きながら、彼は後退った。
「ロランド、君は私の大事な友人だ。私だって、ヴァイオレットのことは心が痛むさ!」
どん、とデスクに拳を振り下ろすイジドーロ。
「何とか君の案件だけでも許可を願えないかと交渉はしてみた。だが……駄目だった」
首を左右に振る。
「その代わりに【システム】が提案……いや命令したのは、【システム】が直接君とブレイド=スカー氏に説明を行うということだったんだ。名指しでな。それで今日、この時刻を指定して君たちを呼び出したのだよ」
ロランドとブレイドが、顔を見合わせた。二人共、怪訝な表情を浮かべている。
「イジドーロ大統領、【システム】からの説明とは……」
ブレイドがそう言いかけたところで、彼の言葉は遮られた。
『うむ、そこから先は』
いつの間にか執務室内に入り込んでいた、「それ」。いや入り込んだのではなく、どこからか突然現れたのだ。
ぼんやりとした光に包まれた拳大の人型、蝶のような半透明な羽を持つ、少女の姿をしたモノ。
まるで軍の儀典服のような衣装に身を包んだ「それ」が、光の粒子を撒き散らしながら、ふわりとデスクの上に降り立ったのである。
『……私が説明しよう』
おとぎ話から出てきたようなその外見に、ロランドとブレイドが呆気にとられる。
そのことに気付いたのだろう。「それ」は軽く右手を左右に振って、害意のないことを強調していた。
『これは単なるアバターだ。君たちの時代でもあるだろう? 気にしないでくれ給え』
咳払いのような仕草をわざとらしくした後、言葉を続けていく。
『君たちがロランド=ドゥヌエとブレイド=スカーだな? どうも初めまして。我々が「打診し、指導し、監視し、警告し、攻撃する」【システム】だ』
◆
『先日大統領には話をさせてもらったが、当事者であるロランド君と、各方面に多大な影響力を持つブレイド君にも直接説明をしておいたほうがいいと考え、君たちを呼んだのだ。来月ボンで行われる世界会議で提案を行うために忙しい大統領に、これ以上心労と余計な手間をかけさせないようにと、ね』
「提案だと?」
敵意を隠しきれない、ロランドが口を開く。
『そうだ。次の世界会議において、ユナイテッド・ステイツ・ノーザンが主導となり、時間航行の全面禁止条約が締結される。これは確定だ。何故なら我々が各国首脳に対し、既に根回し済みだからね』
「脅迫、の間違いじゃろう?」
『そうとってもらっても、構わない』
ブレイドの言葉に、【システム】は微笑みながら返した。
『そのきっかけとなるのが、ロランド君。君の息女が時間航行先で巻き込まれた、あの事件……我々の時代では「ファイスト大学事件」と呼ばれている、その惨劇なのだよ』
「なっ……!?」
ロランドの表情が、驚愕のまま凍りついた。
『悲劇だよ。実に悲しい話だ。そしてその痛ましい事件を背景に、この条約は世界のほとんど全ての人々から、支持を受けるだろう。いや、受けるのだ。受けるのを、我々は知っている』
「儂らの未来人じゃものな」
『いかにも』
一息おく【システム】。
『時間航行先におけるトラブルの危険性、そしてそれを救助する困難さ、それからくる歴史への悪影響、その危険性。そういったあらゆるものを憂慮して、いや、「そういう名目」で。時間航行は過去へも未来へも、今後全世界的に禁止される。ただ一つ、監視のための国際組織、その前身である【国際時間管理局】を除いては、ね』
「それがまさか」
『その通り。【国際時間管理局】がやがて名を変える組織が、我々だ。「打診し、指導し、監視し、警告し、攻撃する」機構なのだ。今日私はそのことを確定させるために、君らへ説明をしに来たのだよ』
ロランドの全身を、衝撃が走り抜けた。
「馬鹿な……!? 未来が、自分たちの存在を生み出すために、過去へと遡るというのか……!? そしてそれが、歴史の本流になるというのか……!?」
動揺のあまり、ふらつくロランド。慌ててブレイドが、それを支えに入る。
そんな二人を見て【システム】はにこり、と微笑んでいた。
『歴史の川が未来だけに流れ進むものだと、誰が決めたのかね?』
「なっ!?」
呻くロランド。
『かつて人類は、太陽や他の惑星が地球の周辺を回っている、と考えていたという』
「天動説、というやつじゃな」
ブレイドの言葉を受けて、【システム】は頷いた。
『そうだ。だが当時の人類の自意識が別段過剰だったわけでも、宗教的な理由でそう思い込んでいたのでもない。当時の観測技術とデータでは、地球が太陽の周りを回っているよりも、太陽が地球の周りを回っていると解釈するほうが、正しかったからなのだ。数字と理論に裏付けされて、な。だから私は、君たちが愚かであるとは思わない』
ブレイドは、腕を組んだままその話を聞いていた。
『「ファイスト大学事件」の犯人は、試験に使われた「現地人」だ。我々の時代の調査では、ロランド君の息女たちは、被検体の「現地人」らが歴史に何の影響も及ぼさない人間だと計算して、彼らを用いたとなっているが……大統領、合っているかね』
イジドーロが、無言で肯定した。
『それがそもそも大きな間違いなのだ。時の流れに繋がらないものなど、この世には存在しないのだから。この世界に存在するものは、あらゆる時の流れの中で、必ず何かに関係している。歴史の流れは、一方向ではない。未来に行ったものが過去に遡り、また未来へと進み、そしてまた過去へと作用する。それすらも有り得るのが、時の流れだ。時代を紡ぐ、歴史の糸なのだ。ファイスト大学の者たちは、そもそもが間違った理論と公式を元に、計算をしていたのだな。出た結果など、出鱈目もいいところだろう』
「じゃあヴァイオレットは。私の娘は」
『そうだ。言うなれば、歴史の必然で死んだのだ。こうなるべくして、こうなっているのだよ。間違った計算を元にその「現地人」らが選ばれたのも、その「現地人」が惨劇を起こすのも必然だったのだ。私がこうやって諸君を指導しているのも、そして、事件を元に我々の機構が作られるのも。全ては歴史のあるべき流れ。必然なのだ』
変えられぬ。そして変えることを許されぬと悟ったロランドが、がくりと肩を落とす。
『ただ、人類社会の混乱を最小限に抑えるためにも、時間航行はやはり禁止しておくにこしたことはない。いくら歴史がこじれた流れの中で紡がれてきたとはいえ、今後もそのように複雑である必要性は、どこにも無いからな。そもそも人は本来、その時代のみで生きるべきなのだから』
【システム】の講釈を聞き続けていたロランドが、口を開く。
「その秩序を守るのが、制度化された過去への監視機構。時代の差による圧倒的な力を利用した、時間封鎖のための組織……」
ちらりと、【システム】の胸元に記された【A・Lica】というアルファベットを見ながら言葉を続ける。
「お前たち、「打診し、指導し、監視し、警告し、攻撃する」システム……」
A:approach(打診)
L:lead(指導)
I:inspect(監視)
C:caution(警告)
A:attack(攻撃)
「ALica機構……アリカ・システムというわけか」
ロランドが深く、溜め息をつく。
この数分だけで十年分も老け込んだような、そんな疲れを彼は覚えていた。
『いや違う。そうではない』
「何が違うというのだ、【システム】」
『読み方だよ』
「読み方?」
ロランドとイジドーロが、怪訝な顔をしながら向き合う。
『機構の発案者によって、略称も決められているのだ。変則的であるし区切りもおかしいから、言われなければ確かにそうは読めないだろうがね』
「じゃあどう読むのじゃね? 教えてくれんか」
何処と無く喜色を感じさせる声で、ブレイドが問う。
『Aで一回句切るのだ。だから、A・Licaとなっているだろう』
そして【システム】は、ゆっくりと三人に言い聞かせたのだ。
『エー・リカ システムと呼ぶのが正しい。そう、我々の名は【エーリカ機構】だ。間違えてくれるなよ?』
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