2647年:01【ロランド=ドゥヌエ】

2647年:01【ロランド=ドゥヌエ】


 予定日を過ぎ、誤差を考慮した予備日が過ぎても……ヴァイオレット=ドゥヌエは二十七世紀へは帰ってこなかった。


 異常事態に騒然とする父兄らの要請により、提出されていたスケジュールに基づいて政府による緊急調査が行われる。そして停泊予定地であった赤道付近の島を調べたところ、島からは多数の人骨が発掘されたのだ。

 数十体に及ぶ遺体の鑑定を行った結果、その中にはヴァイオレット=ドゥヌエと判定されるものも含まれていた。彼女やミリッツァ、アンジェリークの遺体は、特に損壊が酷かったのだという。


 鑑識によって遺体は皆、六百年程度の昔に死亡したものと鑑定された。

 そのどれもが刺し傷であったり、打撲であったり、様々な外的要因にて死亡した痕跡を残しており……明らかに、試験中に何か重大事件が起こったことを告げていたのである。


 また、彼らの航時船が何処にも発見できなかったことも問題視された。

 そのためこの事件はサスペンスめいた生徒の諍いから国家間の陰謀までがまことしやかに噂され、近日のネット界隈やゴシップメディアを賑わせている。


 ……そんな中。


(何故だ!)


 ヴァイオレットの父親でありドゥヌエ家当主でもある、ドゥヌエ航宙社長のロランド=ドゥヌエ。彼は怒気を漲らせながら、ユナイテッド・ステイツ・ノーザン大統領官邸へと歩を進めていた。


 新たな航時船は用意した。

 救出チームも、揃えうる限り最高の人材を集めた。

 装備だって、最新鋭のものを十二分に用意したのだ。

 金に糸目はつけない。手間も、惜しまない。


 なのに政府から時間航行の許可が、下りないのである。

 時を超えての人命救助。前例の無いこととは言え、対象は現在の二十七世紀人なのだ。法的にも、道義的にも、問題があるとは思えなかった。


 また現大統領のイジドーロ=スカルキはロランドとは大学からの友人であり、かつドゥヌエ航宙グループはイジドーロの、ひいては彼の所属する政党においては、ギーレングループやスカー財閥と並び、重要な支援者なのである。

 イジドーロ大統領が、政府が、省庁が……好き好んで妨害するとはとても考えにくい。


(なのにどうしてだ、イジドーロ!)


 そんな中でロランドは、日付と時刻指定の上で大統領府よりの呼び出しを受けたのである。それまで大統領は、再三にわたる面会希望を躱し続けてきていたのに、だ。

 無論、今のロランドがそれを断るはずもない。


(今日はこの場で認めさせるぞ、イジドーロ!!)


 苛立ちを隠そうともせず、彼は歩き続ける。



 官邸のロビーにおいて、ロランドは意外な人物と遭遇した。スカー財閥の現総帥、ブレイド=スカーである。

 齢九十を超える老体でありながら、未だに現役の代表者として精力的に活動を続けている人物だ。ナノマシンによる抗老化医学が進んだ二十七世紀においても、それはやはり驚嘆に値すべきものであった。


「お久しぶりです、ブレイドさん」


 ロランドとて、知らぬ間柄ではない。

 ビジネスでも、政治上の付き合いにおいても、プライベートにおいても。ドゥヌエ家とスカー財閥との関係は、深いのだ。


「久しぶりじゃな、ロランド君。ご息女のことは……心配じゃのう」


 アフリカ系のルーツを持つであろうその黒い肌と声は、とても百を目の前にした老人のものとは思えない艶と張りがある。ロランドが社会に出た頃から、彼はずっと老人であったのにだ。見る度に、いつも「怪物だな」との感想を禁じ得ない。


「ご厚情、痛み入ります……ところでブレイドさんは、今日はどうしてこちらに?」

「おそらくは、君と同じ理由じゃよ」


 ぴくり、とロランドの眉が震えた。


「我がスカーグループの関連組織の間でも、現在三件の時間航行申請が出されておる。そのどれもが政府の側で止められており、様々な計画や調査に支障が出ておるのだ。儂らも何度もイジドーロ君にお願いしていたのだがね……梨の礫さ。だが今回、いきなりこうしてこの老体を招待してくれたのでの。ひいひい言いながら、やって来たわけじゃ」

「そうでしたか……」


 時間航行を止められていたのは、ロランドの案件だけではなかったのだ。そのことは理解したが、やはり納得はできない。


「おそらくイジドーロ君は時間航行の件について、儂らになにか話そうとしているのじゃろう。それも、内密に」

「一体どんな理由があって、妨げるというのでしょう」

「わからん。何にせよ、彼の話を聞くしかないのう」


 そう話す二人へ官邸のセキュリティガードが歩み寄り、一礼してから声をかけた。


「大統領閣下の準備が整いました。ご案内致します。どうぞ、こちらへ」

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