第三夜:01【御堂小夜子】

第三夜:01【御堂小夜子】


 どくん!


 鼓動に似た音と共に、小夜子の意識が覚醒する。


(ああ、いつの間にか寝てしまっていたのね)


 彼女はもうこの事態を受け入れていた。溜め息を軽くつき、周囲を見回す。


(暗い。どうも夜みたいね)


 風が通っているので当初は屋外かと思ったが、目が慣れてくるに従い、それは半分間違いであることに気付く。天井があるからだ。

 広がった天井には、ところどころに避難口の案内と誘導灯が取り付けられ、その周囲だけをぼんやりと照らしている。様々な施設でよく見かける、「非常口に駆け込む人」が描かれた視覚記号。あの明かりである。

 かといって完全に屋内というわけではない。横をみれば外周には壁は半分ほどの高さしかなく、そこから上はそのまま外の景色が広がっており、月明かりに照らされた隣のビルを見ることができた。

 小夜子の視界の光源は非常灯と外から差してくる月明かり、この二種類のみであり、その光がこの戦場に存在する障害物のシルエットを、弱々しく浮かび上がらせている。

 障害物は所々にある柱、そして多数の車である。そこかしこに、乗用車やらバンやらがびっしりと停まっているのだ。


 どうやらここは複数階建ての大型駐車場、その二階か三階の様子であった。

 周囲を確認した後に自分の身体を見る小夜子。身につけているのは昨晩、一昨日の晩と同じく学校の制服、紺のセーラーだ。


(暗い戦場なんだから、隠れるのには都合いいわね)


 前向きな材料をあえて意識することで、小夜子は自分の心を何とか奮い立たせようとしている。



『空間複製完了。領域固定完了。対戦者の転送完了』


 男の声が、小夜子の頭の中に響く。


『Aサイドゥ、能力名【スカー】! 監督者【キョウカ=クリバヤシ】ッ!』


 小夜子の左前に自らの能力名と、キョウカの名前が立体的な文字となって浮かび上がる。そしてその下には、「一勝〇敗一引き分け」という戦績も表示されていた。


『Bサイドッ! 能力名【ガンスタァァヒロイィィンズ】! 監督者【レジナルド=ステップニー】!』


 同様に【ガンスターヒロインズ】【レジナルド=ステップニー】という名前が表示された。戦績は「〇勝〇敗二引き分け」。


(こいつ、まだ人を殺していない奴だ)


 殺せなかったのか、殺さなかったのか。それは小夜子には知る由もない。

 だがどちらにせよ、「二勝」とついている相手より遥かにマシであることは確実なのだ。実力的にも、人格的にも。


『領域はこの駐車場の三階のみとなります。対戦相手の死亡か、制限時間一時間の時間切れで対戦は終了します。時間中は監督者の助言は得られません。それでは、対戦開始! 対戦者の皆さん、健闘を祈ります!』


 そして「ぽーん」と間の抜けた開始音が鳴り響く。

 今夜もまた、小夜子にとって決死の鬼ごっこが始まったのである。



 小夜子は素早く静かに、手近な車の陰へ身を隠した。それは直方体じみた形をした、大きな箱型のバン。様々な業態で愛用される、人気シリーズ車である。そのため盗難も多いと聞く。

 その後部にもたれかかりながら周囲の音に耳を澄ませると、何かが金属の車体にぶつかる「べこん」とか「ぼこん」という音が聞こえてきた。

 おそらく相手も、どこか車の陰に身を潜めたのだろう。ただ先の音からして、少し慌てているのかもしれない。


「【能力内容確認】」


 小声で呟くと、小夜子と相手の能力が表示される。

 暗闇では見えないのではないか、と危惧していたが……文字自体が薄く光るため、その心配は無かったようだ。ただおそらくはこの空間でも彼女の視覚に直接投影しているのだろう。その光は、周囲を照らしてはいない。

 左側を見る。


 能力名【スカー】

・能力無し


 右側を見る。


 能力名【ガンスターヒロインズ】

・(不明)


 まあまだ何も分からないのだから、当たり前ではある。

 そこでまず小夜子は、周囲に気を配りつつ相手能力の考察に入ることとした。


(【ガンスターヒロインズ】って、レトロゲームの名前じゃないの。相手は結構な年齢なのかしら? いやでも選別を受けたのは少年少女らしいし、ただのゲームマニアってだけかも……ああいや、そんなのはどうでもいいわ……ガン、っていうことは銃器もしくは遠距離系の攻撃という可能性が高いか。ヒロインってことは、対戦者は女性? いや、ゲームタイトルだから関係ないのかも)


 遠距離系。ということは沢山の車が並ぶこの戦場では、射界が悪く使い勝手は良くない、という期待が持てる。

 おまけに駐車場の営業時間外なのか、もともとこういう場所なのか、それとも戦場づくりのために暗くしてあるのか……本来であればずらっと並んだ蛍光灯で照らされるはずの場内は、非常誘導灯以外の照明は全てが落とされていた。


(そういえば、駐めてある車は社用車っぽい車やバンが多いわね)


 駐車スペースにはそれぞれ番号が割り振ってあり、どうも月極め会員の表示らしい。建物外にビルが立ち並んでいるのを鑑みると、オフィス街で企業向けに貸し出している駐車場とも考えられる。


(まあ、そんなことはどうでもいいわ。考えるべきは、相手の力よ)


 もし破壊力が高い能力だったとしても、戦場があまり広くない上にこれだけ車が密集しているなら、大破してしまえば大火災になる可能性だってあるだろう。そうなればどちらが生き残れるかなど、分からない。


(どうやら、相手にとってそれほど有利な場所ではなさそうね)


 それにこの暗くて障害物の多い戦場なら、一時間くらいは隠れ続けていられそうだ。

 前向きな材料を次々手に入れたことで、小夜子の精神は落ち着きを維持できていた。

 だがその矢先、


「お願いです【スカー】さん! 来ないで下さい! そちらから来なければ、こっちから貴方に危害を加えるつもりはありません!」


 と上擦った女性の叫びが届いたのだ。


(ちょっと待って! 思ったよりもずっと近くないコレ!?)


 声はおそらく左前方からだ。十五メートルも離れていないのではないだろうか。

 今隠れているバンの目の前、車の通行スペースを挟んでその向こう。そこの駐車領域に並ぶ車の列の何番目かあたりから、それは聞こえてきたように思えた。


 小夜子は急いで床に手をつき伏せ、車の下を覗き込み、その方向を見る。

 相手側は誘導灯が近いため、周辺が薄く照らされていた。だが車両間は角度的な問題で死角にあり、【ガンスターヒロインズ】の姿を確認することは困難だ。

 結局、向こうの並びにもほぼぎっしり車が停まっている程度しか分からなかった。彼女はすぐに起き上がり、バンの陰から周囲の様子を窺う。


(まずいわ。相手の位置が分からない)


 小夜子の鼓動が一気に早まる。

 暑くもないのに、服の下に湿った感触があった。いやおそらく、実際に汗をかいているのだろう。焦りと、恐れで。


「こちらには反撃の用意があります! 仕掛けてきたら撃ちます! だから来ないで下さい!」


【ガンスターヒロインズ】が、裏返り震えた声で叫ぶ。

 そして次の瞬間、


 ぱぱぱぱぱぱっ!


 という音と共に、声の方向……その天井から埃が舞い散ったのが、薄明かりの中で見えたのである。


(ええええ!? あれサブマシンガンか、アサルトライフルじゃないの!?)


 日本に住む小夜子には、自動小銃など馴染みはない。実物を見たことなど、当然ありはしない。だがオタク趣味を持つゲーマーでもある小夜子には、ピンと来たのだ。


(あんなの相手にできるわけないじゃない!)


「お願いです、来ないで下さい!」


 絶叫に近い【ガンスターヒロインズ】の問いかけは、続く。

 そしてまたしばらくの合間を置いて「はうっ」と悶える声が届いた後。


 す、ぱぁん!


 弾けるような音と共に、ほぼ同じ天井から先程よりも多くの埃が舞い散ったのだ。

 それは何か沢山のものが、一度に天井を穿ったせいなのだろう。


(え!? 何アレ!? ショットガンまで持ってるの!? 無理無理! 絶対無理!)


 心臓の鼓動が高鳴る。早まる。収まらない。自身が落ち着きを失っていることを、小夜子は嫌でも自覚させられている。


(ショットガンなんて、視界に入っただけでアウトじゃない!)


 その恐ろしさは、【グラスホッパー】や【ホームランバッター】の比ではなかった。

 特撮映画じみた派手さや冗談のような破壊力はなかったが……より現実的で実績もある凶器を振るわれる、という脅威。文字通り銃口を突きつけられる恐ろしさが、小夜子の心胆を寒からしめている。

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