第三日:05【御堂小夜子】
第三日:05【御堂小夜子】
キョウカの姿が消えた後……小夜子は改めて床拭きと、自分の小水で濡れたジャージの洗濯を行っていた。
洗濯機を回しつつ買っておいた弁当を温め夕食を取り、その間にも恵梨香とのSNSでのやり取りは続けておく。
(明日にはもう、会えないかも)
そう考えると、恵梨香との繋がりを少しでももっておきたいという欲求にかられるのだ。
本当なら適当に理由をつけて直接顔を見に行きたいところだが、会えばそれだけで泣き出してしまいそうである。断腸の思いで、それは止めておいた。
(えりちゃんに、面倒はかけたくない)
そんな様子を見せれば、恵梨香は必ず心配してくれるだろう。しかし、相談できることでもない。
死ぬのが小夜子だけならまだいいが、相談したことで恵梨香にまで未来人の手が伸びる危険は許されない。そんなことを、少しでも小夜子は認めるわけにはいかなかった。
◆
洗濯物の取り込みや風呂を済ませて部屋に戻れば、時刻はもう二十時を回っていた。
ベッドに腰かけると、充電にかけていたスマートフォンからぴろりん、との着信音。恵梨香からのメッセージである。
《今日は早めに寝るね。おやすみーさっちゃん。また明日》
《お大事にー》
個人的にはもう少しやり取りを重ねたかったが、今日の恵梨香は体調が優れない。早めに休ませてあげるべきだろう。
(だから、これでいい)
もしもう会えなくなっても、これでいい。
「……うん」
一人頷き、ベッドへぽすん、と倒れこむ小夜子。それから寝返りをうち、身体を横に向けた。
ふと、学習机の脇に置かれた箱が視界に入る。【OMEGA DRIVE Ⅱ】と書かれた、かなり古いゲーム機の箱だ。
……オメガドライブ2。SAGA社が昔発売した、往年の名作ゲーム機。
元々は小夜子の父の持ち物で、物置の隅で埃をかぶっていたそれを、幼少の彼女が発掘してきたものである。
当時としても既に骨董品の部類に入るそのゲーム機で、幼い小夜子と恵梨香はよく一緒に遊んだものだ。
ハダカデバネズミがすごいスピードで走り回るゲームだとか、マッチョな男が動物に変身して戦うゲームだとか、漫画原作の四人同時対戦格闘ゲームだとか、色々な武装に切り替えられる銃を使って戦うアクションゲームだとか。
二人の、懐かしい記憶である。
恵梨香は小学三年生で父を事故で亡くし、小夜子は小学二年生で母親が失踪している。
長野家の母親は出版関係の職に就いており元々忙しく、恵梨香の年の離れた姉は既に遠方の大学へ通っており、家には恵梨香しかいないことが多かった。一方、御堂家の父親は妻の失踪後は娘から距離を置くようになったため、こちらは家にいること自体が稀。
結果として互いの家に入り浸る時間が多くなり……幼稚園の頃から元々仲の良かった二人は、まさに親友と呼べる関係を築き上げていったのだ。
中学校に上がる頃には恵梨香の母親も余裕のある部署に移っており、家にいられる時間も増えてきていた。そこに対する小夜子の遠慮もあって、昔ほどは時間を共有できなくなる。
高校生になってからは恵梨香の生徒会仕事や塾のこともあるため、一緒に過ごすのは朝の通学時間「至福の十五分」か、休日たまに遊ぶ程度に留まっていた。
小学生の頃はよく二人で夕食を食べたり、風呂に入ったり、一緒に寝たりしたものだ。そのことを思い出す度、小夜子は「どうして当時に写真で保存しておかなかったのか」と悔いて止まない。
(もし今の気持ちと知識をもって当時にタイムリープできたなら、お風呂や一緒に寝ている時に、あんなことやそんなことをしておけたのになあ)
などと極めて不埒なことすら考える。
(まあでも小三の時に、遊び半分で初キスを奪っておいたのは正解だった)
普通なら子供の、しかも同性とのキスなどノーカウントもいいところだ。
だが当時の小夜子は本能的に舌まで絡めて、ディープで濃厚なそれをかましておいたのである。そのため完全に無効試合であるとは言い難いのではないか……というのが小夜子サイドの主張であった。
勿論、公言などしない。
(当時の私グッジョブ! 吹田先輩がもし今後えりちゃんとキスをしようとも、初めての相手は先輩ではないッ! この小夜子だッー! ーッ)
くくく、と一人ほくそ笑む小夜子。
だが、じきに笑みは消えた。すぐに訪れるであろう、自分の境遇に思いを巡らせたからである。
(もし私が今夜で姿を消したら、えりちゃんは悲しんでくれるだろうか)
対戦に敗れた者の亡骸は、そのまま複製空間に放置されるという。つまり小夜子は失踪という名目で、恵梨香の前から姿を消すことになるのだろう。
(多分、あの子は悲しんでくれる。泣いてくれる)
あの子は優しいから。とても、とっても優しい子だから。
(でも、私は「未来に繋がらない」人間。私の死が彼女の人生に、影響をおよぼすわけじゃない)
それは寂しい。でも、それでいいのだとも思う。
そもそも自分のような人間が、今まで彼女の傍にいられただけでも身に余る幸福なのだ。
小夜子は、そう弁えていた。
だから、それでいい。
ちょっとだけ泣いてくれて、いつか忘れて、元気に生きてくれれば、それでいい。
皆に好かれて、夢を掴んで、結婚をして、子供を産んで。幸せに生きてくれればいい。
(だから……)
明かりのついたままの部屋に、少女の寝息だけが聞こえていた。
午前二時の対戦開始まで起きていようとした小夜子であったが、涙を拭うこともなく睡魔に屈してしまったのだ。
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