第九夜:02【御堂小夜子】

第九夜:02【御堂小夜子】


「えり……ちゃん……」


 光の中に立つ恵梨香と目が合い、小夜子がたじろぐ。

 そんな親友に対し恵梨香はにこやかに笑い、ひらひらと手を振った。


「やっほ~、さっちゃん。先程ぶり~」

「そんな……」


 ……知られてしまった。最も、知られてはならぬ相手に。額に手を当て、がくりと肩を落とす小夜子。嘘よ、嘘よと。熱病でうなされる患者のように、繰り返し呟き続ける。

 だが恵梨香は彼女に対し、予想外の言葉を続けたのだ。


「頑張ったね、さっちゃん。私もここまで、何とか頑張ったよ」

「え……何で……?」

「私もね、あの晩、あの駐車場で……分かったから」


 三回戦目の遭遇時。あの時に既に、気付いていたというのか。


「どうして……? あんなに、真っ暗だったじゃない」


 あの駐車場は、ほとんどが闇で隠されていたはずだ。小夜子が恵梨香を認識できたのは、たまたま事故で恵梨香が光の中へ飛び出してきたためである。

 その後にずっと暗闇の中にいた小夜子を、恵梨香が判別できるとは思えなかった。


「私の【ガンスターヒロインズ】って、知ってる鉄砲を選んで一定時間ごとに呼び出せる能力なんだ。まあ呼び出すごとにどんどん強い痛みが走るとか、制約も結構キツいんだけど……これね、付属品までカスタマイズできるの」

「カスタマイズ? 銃の?」

「そう。だから暗視スコープ付きのライフルとかも出せるの、すごいでしょ? ってこういうの昔ゲームで教えてくれたの、さっちゃんだったよね」

「そんな」

「……ほんとはね、さっちゃんだって、あの声だけで気付いたんだけど。でも、確証が持てなくて。それで、探して、見つけて、良く見て、それでやっぱりさっちゃんなんだな、って分かったの。本当は、信じたくなかったけど。さっちゃんが対戦者に選ばれただなんて。未来に繋がらないなんて、認めたくなかったけど」


 ああ、と小夜子から、息とも声ともつかぬものが漏れ出す。


「次の日から、明らかに様子も変だったし」


 息を詰まらせる恵梨香。


「でもね」


 首を少し傾け、話し続けた。


「またその次の日にね、励ましてもらった時にね。私、さっちゃんが何を考えてるのか、ようやく分かったの」


 また、息を詰まらせる。


「あれからさっちゃん、ずっと、ずっと。私のために戦ってくれたんでしょ? 私が生き残れるように、毎晩頑張ってくれてたんだよね?」

「どうして……」

「分かるよ。分かるに決まってるじゃない! だってさ、さっちゃんだよ!? さっちゃんのことなんだもの!」


 恵梨香の目から、涙がこぼれた。


「ごめんね、泣かないつもりだったんだけど、ごめんね」

「えりちゃん……」


 涙を流し鼻を啜りながら、恵梨香が口を開く。


「分かっちゃったから。だから、私も頑張ることにしたの。さっちゃんだけに、辛い思いはさせられないって。なかなか、うまくできなかったけど」


 セーラーの袖で、目をこする。


「でも良かった。さっちゃんが生きててくれて。ここまで、勝ち残っていてくれて。私、本当に、そう思う」


 恵梨香が弱々しく微笑む。拭ったばかりなのに、また一筋が頬を伝った。


「ありがとう、ずっと一緒にいてくれて」


 小夜子は言葉を見つけられないでいる。

 思考が働かない。感情が制御できない。

 心臓の鼓動だけが、無意味に早まっていく。


「さっちゃん……一番大切な、お友達。ありがとう。大好きよ」


 そして小夜子が口を開くより早く……恵梨香は、言葉を続けた。




「さようなら」






 その時小夜子は、全てを理解したのである。






 ガガガガガガシャン!


 小夜子と恵梨香の間を、遮る何か。

 スポットライトのような光源が消失し、建物本来の非常灯が作動する。代わって周囲が、微かな光で照らされ始めた。

 その薄明かりが、通路にいる二人を遮断したのは金属シャッターだと教えている。それが、通常ではありえない速度で降りてきたのだ。


『それでは、対戦準備に移って下さい!』


 そう、小夜子はようやく分かったのだ。恵梨香の最近の言葉、行動の理由を。

 握られたあの手も、結ばれたあの指も。いつもと違う、強引なあの姿勢も。


『Aサイド! 能力名【スカー】!』


 あれは、苦しさから小夜子に縋っていたわけではない。

 あれは全て恵梨香が小夜子の心を支えるために、励ますためにやっていたことなのだ。


『監督者【キョウカ=クリバヤシ】!』


 恵梨香が何のために戦ってきたのかも、何のために人を殺してきたのかも……ずっと、小夜子は勘違いをしていた。

 恵梨香が自らのために、人を殺すはずが無かったのだ。恵梨香はただ小夜子のためだけに何もかもかなぐり捨て、禁忌を犯したのである。


『Bサイド! 能力名【ガンスターヒロインズ】!』


 あの口づけも、恵梨香が思い出をくれたのではない。


『監督者【レジナルド=ステップニー】!』


 恵梨香は自ら、小夜子の思い出になろうとしたのだ。


『対戦領域はこの半導体工場の敷地全てです』


 そして彼女が、今から何をしようとしているのか。


『領域外への離脱は、即、場外判定となりますので、ご注意下さい』


 小夜子は操作盤へ駆け寄りスイッチを押すが、反応が無い。

 シャッターに手をかけ持ち上げようとするが、びくともしない。


『今回も対戦時間は無制限となりますので』


「駄目よ! えりちゃん!」


 シャッターを叩く。


『対戦相手の死亡で対戦は終了となります』


「駄目よ! 駄目よ! 駄目よ! 駄目よ! ねえお願い! 止めて! 止めてっ!」


 小夜子は殴り続け、叫び続けた。


『時間中は監督者の助言は得られません』


「お願いだから! えりちゃん! 返事をして! 話を聞いて! えりちゃん! えりちゃん!」


 拳で揺さぶられたシャッターが、がしゃんがしゃんと狂ったように鳴る。


『それでは、対戦を開始します』


「私、今からそっちへ行くから! 待って! 待ってて! ねえ! ねえ! ねえ!」


 半狂乱で叩きつけられ続けた手。小指と中手骨が折れるが、それにも気付かず彼女は叩き続けた。


『それでは、良い戦いを!』


「駄目よ! お願いよ! お願いだから答えて!」


 ……ぽーん。


 間の抜けた、いつもの対戦開始音。


「えりちゃん!」


 小夜子がそう叫んだ直後である。




 ぱん!




 という、破裂するような音。

 すぐに防火シャッターが、がしゃん! と揺らぐ。


 歪んだスラットを見て、何かがシャッターの向こう側へもたれかかったのだ、と小夜子は理解した。


 がっ、がっ、がっ、がっ、がっ。


 と「何か」が引っかかりながらずるずると下へずり落ちていく。ずり落ちていくのだ。

 そしてその音と動きが……止まった。

 見開かれる、小夜子の目。


 床とシャッターの隙間から、じんわりと。

 溢れてはならないはずの液体が、滲み出てくる。

 唇を震わせつつ、小夜子はただそれを見ていた。


 ぱんぱかぱぱぱぱーん。


 ファンファーレが鳴る。


『Bサイド【ガンスターヒロインズ】死亡! 勝者はAサイド【スカー】! キョウカ=クリバヤシ監督者の勝利です! おめでとうございます!』


 息も瞬きもできぬまま。

 小夜子はその暖かく赤い液体の上に、力無く膝をついた。

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