第九夜:01【御堂小夜子】
第九夜:01【御堂小夜子】
ぴぴぴぴぴぴぴ。
アラームの音が、二人を微睡みより引き戻す。
風呂から上がった小夜子たちはソファーでじゃれあっているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
部屋のデジタル時計には、「十一月三日 火曜日 午前一時」の表示。
スマートフォンのアラームをかけておいたのは、恵梨香である。
「じゃあ、帰るね」
「……送ってくっ」
「うん」
隣家である。本来、全く不要の行為だ。
だが小夜子はそうした。恵梨香も、拒まなかった。
十秒もかからぬ距離を、三十秒以上かけて……二人は手を繋ぎながら、ゆっくりと進み、立ち止まり、そしてまた少しだけ進む。
そうして言葉も交わせぬまま、彼女らは長野家の玄関まで辿り着いてしまった。
「またね」とも言えず。
「さようなら」と言うのはあまりにも悲しく。
「おやすみ」とだけ言って小夜子は手を振り、別れた。
歩きながら、唇に指を当てる。あの感触がまだ残っているかのように、切ない。
(えりちゃん)
恵梨香は思い出をくれたのだ。
最後の戦いへ向かう前に、小夜子へ思い出をくれたのだ。
(ありがとう、でもね)
大丈夫よ、えりちゃん。
あなたの戦いは、もう終わっているの。
だからそんなに、気負わなくてもいいのよ。
あとは私が、死ぬだけだから。
私? 私は、大丈夫よ。
もうずっと前から、心積もりはできているの。
あなたのおかげで、ちっとも怖くなんかないわ。
(だから安心してね、えりちゃん)
◆
家中の戸締まりをして、火の元は特にしっかりと確認して、電気の消し忘れも気をつけて……そうして部屋に戻って来た小夜子は、ベッドの上にキョウカのアバターがうずくまっているのを発見した。
「キョウカ……」
呼びかけるが、彼女は返事をしない。少しだけ頭を動かし小夜子を見るも、すぐに顔を伏せてしまう。
小夜子は黙ったまま、キョウカの隣に座る。そしてアバターの背中を撫でるような仕草を続け、ただ時間が経つのを待った。
……二人が無言のまま並んでいるうちに、時は過ぎ。部屋の時計はついに、「午前一時五十八分」を示すに至る。
ベッドから立ち上がり、キョウカの前に向かい合うようにして床へ座り込む小夜子。
「色々ありがとうね、キョウカ」
キョウカがようやく顔を上げ、小夜子と視線を合わせた。
「アンタ、多分、これからも、ものすごく大変だと思うけど……その、頑張ってね。何ていうかね、うまく言えないけど。ほら私はこれで、お別れだから」
無表情に小夜子を見つめるキョウカの目から、つつつ、と涙の筋が頬を伝う。
「馬鹿ねぇ、何でアンタが泣くのよ。私はこれから本懐を遂げるのよ? 笑って、見送りなさいな」
いやいや、というように首を振るキョウカ。そしてベッドから飛び降りると、小夜子の膝下に駆け寄っていく。
小夜子がそれを撫でようと、優しく手を伸ばす。しかし位置調整が上手くいかず、指はアバターを突き抜けていた。
「……ごめんね、そろそろ時間だわ」
そうキョウカへ微笑みかける小夜子の視界は、突如暗転し、意識は闇の中へと吸い込まれるように落ちていった。
◆
鼓動とともに、小夜子の意識が復活する。
(最後の複製空間か)
視界は暗く、見辛い。だが目を凝らせば、建物らしき物の中にいることだけは理解できた。
とはいえ周囲には窓もなく、照明も点いていない。見回しても、何も分からない。
(何にも、見えないわね)
首を竦める。
(まあいいわ。どうとでもなるでしょ)
今回は戦いに来たのではない。ただ、自らの命を絶ちに来たのである。
(どうやって、死のうかなー)
とりあえず明かりのあるところを見つけて、刃物を探してもいいだろう。
ここが建物の中なら、高い場所から探し飛び降りてもいいだろう。
ロープなり電気コードなりがあれば、首を吊るのもいいだろう。
(おっ、そういや場外バリアにぶつかれば、一発で即死できるんだっけ)
それが一番手っ取り早いだろうか、などと掌を打ちつつ、自殺方法について検討する。ふふふ、と声を漏らしながら。
(きっとこんなにも愉しげに、満足気に、誇らしげに……幸せな気分で自殺の方法を探している人間なんて、人類史上、私が初めてなんじゃないかしら?)
小躍りすらしたくなるような気分で、そう考える少女。
本懐を遂げたという万感の思いとともに、深く息を吐く。
『空間複製完了。領域固定完了。対戦者の転送完了』
九度目の声。
小夜子は開始のアナウンスを待ちながら、暢気に思索を続けている。
(さてさて。開始されたら、とりあえず壁伝いに歩いてみるかしら)
……だが運命は小夜子を裏切ったのだ。
声が告げたのは、いつもと同じ開始の告知ではない。
『いよいよこの試験、この番組も最終戦となりました。そこで今回は特別に! ファイナリストのお二人に、決勝戦に向けての意気込みを語り合っていただきましょう! まずはAサイド、能力名【スカー】!』
ぱっ!
と、小夜子の頭上から、光が差す。
それはまるでスポットライトの如く、暗闇の中から彼女の姿を暴き出した。
「なっ!?」
予想外の事態に、小夜子が狼狽する。
「おい馬鹿! 止めろ! 止めなさいよ! このクソが!」
だがそんな彼女を無視して、アナウンスは言葉を続けていく。
『続いては、Bサイド、能力名は【ガンスターヒロインズ】!』
「止めてよ! お願いだから! 止めてってば! ねえ! 止めてよ!」
小夜子の懇願も虚しく、もう一つスポットライトの如き光が差す。
そしてやや離れた場所に立つ人物を、闇の中からはっきり照らし出した。
そこに立つのは、【ガンスターヒロインズ】と呼ばれた少女。
御堂小夜子の想い人、長野恵梨香である。
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