第二夜:08【キョウカ=クリバヤシ】
第二夜:08【キョウカ=クリバヤシ】
白く柔らかな素材で作られた部屋の中に、音声が響く。
『タイムアーーーップ! 時間切れです! 残念ですがこの対戦はここまで! 皆様、お疲れ様でした! 三回戦は、明日の午前二時から開始となります。監督者の皆様も、対戦者の皆様も、それまでゆっくりとお休み下さい!』
AIアナウンサーの告知と共に『GAMES OVER』の文字が表示され、そこからしばらくして画面は暗転する。終了を確認したキョウカが人差し指を横に振ったことで、空中投影されていた映像枠は溶けるように消えていった。
「ふぅむ」
その様子を青い瞳で見届けたキョウカ=クリバヤシは深く息をつき、座っていた椅子に背中を預ける。
人間工学と科学技術の粋を凝らしたその椅子は、静かに形を変えながら使用者の全体重を受け止め、さらには横たわって伸びをする少女の動きに追随し、大きさまでをも調節し変形していく。
うーん、と伸びを終えるキョウカ。
一見すればスウェットのような白い部屋着を上下に着ているが、その素材は絹のような光沢を帯びており、さらに光の当たり具合で微かな七色の変化を見せていた。二十一世紀では見当たらぬ、彼女らの時代の素材なのだろう。
少女が白く細い腕を動かしたことで、椅子の可動部へ垂れる長いブロンドの髪。椅子の裏側からでた幾つもの小さなアームが器用にそれを除けていき、隙間に挟まれることを防いでいた。
「結構やるなあ、サヨコは」
一人呟く。言葉は、英語である。
正直キョウカは、彼女が二回戦も生き延びるとは考えていなかったのだ。ひどい外れを掴まされた憤りに加え、相手の態度が反抗的だったため口論になってしまい……ルールの説明すら碌にできなかった実験体。
しかしこの調子なら、生き残るだけならあと数戦は残れるのではないか? とキョウカはかすかな期待を持ち始めていた。
(ヤケを起こしていたけど、これからはちゃんと彼女と向き合うほうがいいかもな)
降って湧いた幸運を逃さぬために、今後どう対応すべきか悩むべきキョウカだが……しかしそれよりまず、彼女にはどうしても気になることがあった。
小夜子との情報交換において【ホームランバッター】は、初日における監督者との面談時間は一時間あったと話していた。しかしあの日のキョウカには、五分しか時間が与えられていなかったのだ。
(あの時は、被検体に対しいかに良い初印象を植え付けるか、短い時間でどれだけ要点を伝え動かすか、ということを試されるんだと思っていたけど)
どうも、違うらしい。
能力同様、各人に与えられる時間もランダムなのか……とも考えたが、そこまで無作為にしてしまっては、テレビ番組だけならともかく、試験としてはあまりに不公平になってしまうだろう。
(それに試験前の説明では「選ばれる対戦者とロールした能力以外は、条件は同じ」だと教授もテレビ局も話していた)
おかしいといえば、そもそも割り当てられた能力が【無し】というのもおかしな話なのだ。付与能力の強弱や当たり外れは「現実はそういうものだから」という論拠があるにしても、【無し】はその範疇を著しく逸脱していると言っていい。
エンターテイメントの一環?
学校の試験が絡んでいなければそれで納得したかもしれないが……。
システムのエラー?
それならもっとバグっぽいものになるだろう。
だから違う。
そして何より、キョウカには心当たりがあった。
「対戦成績表示」
彼女の声に呼応し、中空に画面のようなものが三つ浮かび上がる。立体映像で表示されたモニターだ。
何も無い空中に映像を投影する技術が普及して、キョウカの時代ではすでに百年以上が経っていた。本来、人類の発達速度から考えればもっと早く登場していたのだろうが……幾度かの核戦争による人類社会の停滞時期が長かったので、仕方あるまい。
呼び出された画面は三つ。一つは全員の一覧表。あとは初日の対戦成績と、先程のものである二日目の対戦成績だ。
キョウカはその中から、監督者名を検索する。
それを言葉にするだけで、コンピュータは自動的に操作を開始した。
監督者【ヴァイオレット=ドゥヌエ】、【アンジェリーク=ケクラン】、【ミリッツァ=カラックス】。検索は、すぐに終わった。
それぞれ初日には一勝。
二日目はヴァイオレットとミリッツァは一勝。アンジェリークも対戦者奇数のマッチ不可による勝ち越しとなっていた。それだけ見れば、特に不自然なところはない。
二日目に組まれた対戦カードは二十組。それに対し残る対戦者は奇数であったので、不戦勝が一名出るのは当然だ。その四十一分の一の確率にあの三人の内一人が入っているとしても、ただの偶然でしかないと思うだろう。普通ならば。
だが、キョウカは確信していた。
(こいつらだ)
日頃からキョウカを目の敵にしている三人娘。事あるごとに侮蔑の言葉や嫌がらせをしかけてくる、鼻持ちならない大金持ちのお嬢様たち。
死んだ両親のことを侮辱された。祖父母のこともだ。
飛び級も奨学生も、変態官吏に身体を委ねたおかげと破廉恥なデマを流された。
大教室での受講中、生卵を背中にぶつけられもした。
ロッカーに、生ごみが詰め込まれていた日もある。
食堂でケチャップをかけられたことも。
テキストを隠され、汚物をかけられて植え込みに捨てられた時も。
校外授業で出た食事に、虫が入れられていた日もあった。
講義室の大型ディスプレイに、自分の名前と卑猥な侮蔑の言葉を塗料で落書きされたのは半年前だっただろうか? 何故か学校側は犯人を探そうとはせず、被害者であるキョウカが一方的に責任を取らされ、弁済させられた。
授業の出席記録を取り消されたり、提出したレポートを捨てられたこともある。
作成したレポートデータをミリッツァに盗まれ、ヴァイオレットがそれをそのまま提出したことすらあった。
その彼女たちがシステムに干渉し、キョウカに対して妨害をしているのだ。普段だけでは飽きたらず、こんな時までも!
「……いや、こんな時だからなのか」
小さく嗤うキョウカ。
(絶対、こいつらが何かやったんだ。そうに違いない)
忌々しげに画面を睨む。
好色なアンジェリーク=ケクランは、助教授のグスタブス=ブラウンとも寝ている。試験情報や裏事情は、幾らでも入手できるだろう。
ミリッツァ=カラックスはコンピュータ関係の技術が高く、裏で学校のシステムに不正なアクセスをしているという噂もある女だ。今回の試験も、何らかの介入をしていて不思議ではない。
リーダー格たるヴァイオレット=ドゥヌエの家は、ユナイテッド・ステイツ・ノーザンでも大手の航宙機メーカーのオーナー一族だ。ドゥヌエ航宙は直接間接的にテレビ局へも大学へも沢山金を落としている。だから学校も教授たちも彼女に常に気を遣っており、丁重この上ない扱いをしていた。発覚しても容易に揉み消せる身分のため、多少の不正や無理は躊躇しないだろう。
証拠は無い。推論でしかない。
だがキョウカは私怨と状況から、この推理を確信していた。
三人娘の立場を考えれば、証拠も無しに不正を訴えたところで退けられるのがオチだろう。それどころか授業での失点を他人に転嫁した、という汚名を着せられるだけだ。
大学はアンジェリークが助教授に手を回させるだろうし、テレビ局はドゥヌエ航宙への忖度で、ヴァイオレットの不正を認めようとはしないだろう。むしろ積極的に隠蔽される可能性のほうが高い。
他の生徒へ訴えようとも、試験が終わるまで学生は各部屋から出られない。不正防止のために、連絡も取ることも許されないのだ。抱える【対戦者】が早々に敗退した生徒は、各部屋でレポートの提出に備えて考えをまとめているか、ヴァーチャルシステムで遊興にふけっていることだろう。あるいはスリープシステムで、ずっと寝ているか。
そして何より……級友らがキョウカへの加虐に加担することはあっても、手を差し伸べることは無いと分かっているのだから。
(結局は、この嫌がらせに耐えるしかないのか)
今にして思えば、二日目の面談時間が操作されていなかったのは「する必要が無かった」ためかもしれない。無能力、無説明の人物が初日を生き残るなどとは三人娘も思わなかったのだろう。
そう考えると、ヴァイオレットらの目論見に反して二日も生き残ってしまった小夜子の存在は、それだけで憎き彼女らの鼻を明かしたことになる。
(サヨコには少し、少しだけ感謝してやらないとな)
だがそれでも、最終的にはヴァイオレットたちの勝利に終わるだろう。
多少小夜子が生き抜いたところで、三人娘の【対戦者】に勝てるわけではない。そもそも対決する以前に敗死する可能性だって高いのだ。
ヴァイオレットらはおそらく、用意された中でも可能な限り戦闘力の高い能力を不正に引き当てているはずだ。場合によってはバランス取りのための制限すら、ミリッツァがハックして外しているかもしれない。いきなりアンジェリークが不戦勝というラッキーカードを引いていることを考えると、対戦カードすら操作しているおそれもある。
まあまず彼女らがこの試験のトップ、少なくとも上位に食い込むのは間違いないだろう。
(薄汚いビッチどもめ)
キョウカは憤るが、どうにかできることでもない。
しばらく心中で三人娘へ悪罵と呪詛を送るも、やがて消沈したように脱力した。
(フン。まあ別に、この試験だけで人生が終わるわけじゃないし)
あくまでこれは学校の一科目。その授業の一環。試験とは言っているが、これだけで在学成績が全て決まるわけではない。
テレビ局の企画であるため、上位をとれば番組でクローズアップされ世間で脚光を浴びるかもしれないが……そんなことにキョウカは興味が無い。
(まあいいさ)
ほどほどの成績を出して、この試験を終えられるなら上出来だ。
どうせこの理不尽は今回だけではない。卒業まで、我慢するしかないのだ。
「実にファックだけど、仕方ないな……」
気疲れからだろうか。目を閉じ呟く彼女に、眠気が迫り始める。
それを感知した室内管理の人工知能が、ゆっくりと照明の光度を下げていった。
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