第四日:05【御堂小夜子】

第四日:05【御堂小夜子】


「さっちゃんは部屋で休んでて。着替えもしたほうがいいんじゃない? その間に私、おじやを作ってあげるから」


 小夜子の背中を押すように家へ上がる、恵梨香。彼女はそのまま前髪眼鏡を階段まで押しやると、自身は台所へスタスタと向かっていく。

 勝手知ったる他人の家とは言うが、幼い頃からの付き合いである彼女にとって、小夜子の家は我が家も同然に把握済みなのだ。むしろ料理がほとんどできない小夜子やその父より、台所は詳しい可能性すらある。


(あれ、でもそういえば)


 階段から顔だけ突き出し、廊下越しに小夜子が尋ねる。


「えりちゃん、今日塾じゃなかった?」


 すると台所のほうから、袋から物を取り出すガサガサという音と共に、


「んー、今日はお休みにしたー」


 という返事が返ってきた。


「ええ!? 駄目じゃん!」

「いいよ。塾には具合悪いって電話したし、お母さんは今日も帰ってくるの遅いからバレないもん。それに、ちょっとぐらい休んだってへーきへーき。学年成績トップクラスを舐めないでくださいます? おほほほ」


 暖簾の向こう側から届く笑い声が、廊下に反響する。


「そんなの悪いよー」

「だからいいってば。それに私には……」

「それに?」


 少しの沈黙。間を置いて、暖簾をくぐり恵梨香が出てきた。


「ううん、なんでもないの。気にしないで、さっちゃん」


 小夜子の肩をぐいっと押し、二階へと上がるように促す。


「いいから休んでて。できたら部屋に持って行ってあげるから」

「うん……」


 いつになく強引な恵梨香に気圧され、小夜子は二階へと追いやられた。

 本当の風邪で恵梨香が看病に来てくれたのなら、喜びで身体がねじ切れるほど悶えるだろう。だが仮病で恵梨香を心配させてしまったという罪悪感により、彼女は素直に喜ぶことができないでいる。


(それに、って何を言いかけたんだろう)


 ……いや本当は分かっている。知っている。


「私にはもう、意味が無いから」


 おそらく、それに類することを言いかけたのだろう。

 恵梨香の心境を察した小夜子は、唇をきつく噛み締めながらドアノブに手を掛けた。



 もうこうなってしまった以上、今日は病人の演技を続けるしかあるまい。そう覚悟した小夜子は恵梨香の言いつけ通り、着替えを済ましてベッドに臥せる。

 そして目を瞑っているうちに、また眠ってしまったらしい。次に気がついたのは、恵梨香が食事の用意のため部屋に入ってきた時だった。


「はい、お待たせ」


 小夜子も存在を忘れていた小さな折りたたみ式テーブルを持ってきた恵梨香は、部屋の中央にそれを展開する。部屋中に散らかる漫画雑誌を一つ卓上に横たえて鍋敷き代わりにすると、さらにその上へ土鍋を置く。

 蓋を開けると、もわっ、とした湯気がたちこめた。土鍋の中には、味噌と卵をあわせたおじや。刻んだネギに加え、丁寧に海苔もかけてあった。恵梨香によると、彼女の母親が看病で作ってくれるものを再現したらしい。

 小夜子の目の前で土鍋から器におじやをよそり、テーブル上に並べる。もう一つ器を出して、そちらにも盛り付ける。そして醤油差しと、同じく台所から持ってきたレンゲが並べられた。


「準備できたよー。さっちゃん」


 のそのそとベッドから降りる小夜子。テーブルの前まで蜥蜴のように移動し、そしてちょこん、と正座で恵梨香と相対した。


「わぁい。ありがとう、えりちゃん」

「いいのよ。私も晩ご飯はまだだから、一緒に貰うね」


 見れば土鍋のおじやは、それなりの量があった。二人で食べるには十分だろう。


「じゃ、冷めないうちに食べましょう」

「うん!」


 特に意味もなく、ふふふ、と笑い合う。手を合わせ、声も合わせる。


「「いただきます」」



「ごちそうさまでした」

「お粗末さま~」


 結構な量のあったおじやは、綺麗に完食されていた。

 元々小夜子は体調を崩していたわけではないし、それに恵梨香が作ってくれたものならば小夜子はどんな物体でも完食すると自負している。そして幸いにも、恵梨香は料理が苦手ではない。

 どちらかといえば今回、むしろ恵梨香のほうが食は細っているように見えた。境遇と精神状態を鑑みれば、それは当然なのだろうが。


(そんな大変な状況なのに、えりちゃんは私のことを心配してくれてるんだ)


 じん、と鼻の奥が痺れる。


(なんでこんないい子が、対戦者なんかに選ばれるのよ)


 慰めてやりたい。元気づけてやりたい。全てを明かして、「私が他の対戦者を皆殺しにしてあげるから」と安心させてやりたい。


 だが、それは無理だ。

 恵梨香は自分のために小夜子が手を汚すことを、決して望まないだろう。それにたとえ対戦者同士でも、現実空間で未来人について話すのは「処分」対象になりかねないと、昼間にキョウカから注意されていた。

 だから、駄目なのだ。


「あー、懐かしいねこれ」


 恵梨香が学習机脇の箱を指差し、微笑む。その箱には、【OMEGA DRIVE 2】のロゴが書かれている。

 四つん這いのまま箱へ近付き、感慨深げに眺める恵梨香。その形の良い尻が揺れるのを、顔を埋めたいなどと思いつつ小夜子は鑑賞していた。


「オメガドライブ。子供の頃、さっちゃんとよく遊んだものね」


 懐かしそうに、目を細めて恵梨香が笑う。小夜子の脳裏に蘇る、幼い頃の光景。

 色々なゲームで遊んだものだ。【ソニック・ザ・モールラット】、【縦横記】。そして【ガンスターヒロインズ】。


 ……そう、【ガンスターヒロインズ】。


 恵梨香は二人の思い出のゲームをもとに、能力名をつけていたのだ。



 夕飯の後片付けをし、他愛もない会話をひとしきり二人で楽しんだ後、恵梨香は帰っていった。その後改めて精神を落ち着けようと仮眠を取っていた小夜子も、今はベッドに腰掛けて「その時」に備えている。


 スマートフォンの表示時刻は、「一時五十九分」。

 もうすぐ対戦が始まるのだ。昨日も、一昨日も、その前も同じだったように。

 違うのは……今度の小夜子は狩る側として参加する、ということだろうか。


「やってやるわ。絶対に」


 決意を込めそう呟く小夜子の意識を、黒い影が静かに覆い隠していった。

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