第十日:02【ミリッツァ=カラックス】
第十日:02【ミリッツァ=カラックス】
【スカー】が教授を引き倒してもう一度キッチンナイフを突き立てた瞬間、パーティー会場は騒然となった。
「うわあああ!?」
「ひ、人殺しよ!」
「でぃ、ディレクターを呼んできます!」
「馬鹿、セキュリティボットだ!」
「何でだ!? 何でこんなことになったんだ!?」
「おい、運営に繋がらないぞ!」
蜂の巣を突いたように皆が狼狽え、喚き散らしている。
そんな光景を尻目に、ぐりんと手首を回す【スカー】。そして痙攣する教授から血と粘液塗れの刃を引き抜くと、再びマイクごしに聴衆へ呼びかけたのだ。
「はいはい皆さん。静粛に静粛に」
そう言われて静まるはずもない。だが騒ぎ続ける彼らに向け、【スカー】は構わず語り続ける。
「えーと、残念ながらディレクターはお見えになりません。私が殺したため、先程亡くなりました。船に残っていたスタッフの皆さんも、全員ですね。あとセキュリティボットも出てきません。何故なら航時船のコントロールはこちらが握っているからです。ハッキングされて奪われても困るので、もう少ししたら電源も落とします」
まさかと思ったミリッツァが、携帯用端末経由でメインフレームの状態を確認しようと試みる。が、アクセス自体が拒まれた。構築しておいた裏経路でも、同様だ。
「つまり皆さんが生き残るためには、自力で私を排除する必要があるのです。頑張って下さいね、応援しています」
両掌を重ねて右頬につけ、【スカー】はにこやかに言った。ざわめいていた生徒らが、水を打ったように静まり返る。
この言葉で、ようやく一同は気付いたのだ。彼女は、【スカー】は……ここにいる全員を、殺すために来たのだと。
(……あいつは何処だ)
ミリッツァは素早く周囲を見回し、ヴァイオレットの位置を確認した。遠い。そして間に、人が多過ぎる。
それにこの状態で駆け寄るのは、悪手だろう。【スカー】を刺激するのは避けねばならないうえ、なによりここで彼女が慌てて動けば、皆が恐慌状態へ突入するきっかけとなりかねない。
それだけは、絶対に避けねばならなかった。
「ふざけるな! この人殺しが!」
声を上げたのは、ゴメスか。
(低脳が! 【スカー】を刺激するな!)
そろそろとヴァイオレットへ向けて移動しつつあったミリッツァが、胸の中で毒づく。
「お前に何の権利があってそんなことを言うんだ! こんな非道が許されると思っているのか!?」
【スカー】は彼の顔を見ながら、首を傾げた。
「あ、そう思います?」
「当然だ! こんな理不尽!」
「奇遇ですね、私もそう思うんですよ」
「はあ!?」
「ああやっぱり、やり返される覚悟もなしにやっていたんですね。知ってたけど」
「何を言っているんだ、お前?」
(止めろゴメス! 今はそれ以上、刺激するな)
急ぎながら、でも決して目立たぬように。ミリッツァは、ヴァイオレットへ向けて足を進めていく。
しかしその間に今度は、別の人物が声を上げた。あれは、マーキュリーだ。
「【スカー】、対戦で優勝したからといって勘違いしていないか? ここは複製空間じゃない、通常の空間だ! 【能力】も何も使えないお前が、この場にいる五十名以上の人間を相手に勝てるとでも考えているのか!?」
おお、と生徒らがどよめく。
「……そ、そうだ、そうだ!」
「お前に何ができる!」
気を取り直した者が、口々に叫ぶ。会場がまた、騒然となる。【スカー】に飲まれかけていた場が、マーキュリーの言葉でやや持ち直した。
(やるなマーキュリー、その発言は良しだ。この人数なら、【スカー】相手でも取り押さえられるからな)
そう、大事なのは人数差を活かすこと。恐慌状態にならないこと。これができるなら、十二分に対応が可能なはずだ。
(大丈夫、大丈夫だ。【スカー】さえ大人しくさせれば、航時船のコントロールを奪い返す機会はいくらでもあるだろう)
しかし。
「駄目よ! 皆! 気をつけて!」
悲鳴に近い声が上がったのだ。聞き慣れた声、ヴァイオレットの叫びである。
ミリッツァの顔から、血の気が引く。
「ヴァイオレット、止めるんだ! それを言うな! 言ったらおしまいだぞ!」
慌てて叫ぶがその声は周囲の騒音に紛れ、届かない。
そして事態は、ミリッツァの予測する最悪の方向へと転がり出す。
「【スカー】は、あいつは! 【能力無し】なのに! 何の力も無いのに! 他の対戦者を殺し続けて優勝した、バケモノなのよ!」
その一言でまた、場が凍りついた。
先程までとは違いこれが決定的なものになったことを、肌で理解するミリッツァ。
(あの馬鹿娘!)
歯ぎしりする。だが、もう遅い。
とっ。とっ。
【スカー】がゆっくりと壇上から降り、歩く。
恐怖に怯え悲鳴を上げながら、まるで波が引くかのように生徒たちが後退った。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか」
にこにこと笑いながら、【スカー】は高く掲げた指をパチン、と鳴らす。
『空間複製不要。領域固定不要。対戦者の転送不要』
ナノマシンを通じ、ミリッツァの頭の中に聞き覚えのある声が届いた。試験の司会進行用に使われていた、AIによるアナウンスだ。
それは他の生徒にも聞こえていたらしく、皆一様に愕然とした表情を浮かべていた。
『Aサイド! 【スカー】!』
皆が知っている流れ。
『Bサイド! 【二十七世紀チーム】!』
そう、対戦の開始と同じ流れである。
『対戦領域はこの島全体です。泳ぎ切る自信があれば、領域外へ離脱しても構いません』
そして流れが同じならば……この告知が終われば、待っているのは殺し合いだ。
『時間は無制限になりますので、対戦相手の死亡で対戦は終了となります』
誰かの絶叫。恐ろしさに、耐えきれなくなったのだろう。
『助けは、得られません』
その叫びを引き金に混乱は伝播し、会場は恐慌状態へと突入した。
『それでは、対戦を開始して下さい!』
ぽーん。
間の抜けた音が響く。だがこれは最早、対戦の開始通知などではないだろう。
では何か? 決まっている。
処刑執行の、短い宣告であった。
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