第十日:01【ミリッツァ=カラックス】

第十日:01【ミリッツァ=カラックス】


 各部屋のロックが解放され、波打ち際での短い自由時間が終わった後……テレビ局スタッフにより会場が設けられた砂浜では、試験と収録の終了を祝う打ち上げパーティーが開かれようとしていた。

 スタッフが運び込む食肉を見た水着姿の学友らが、口々に驚嘆の声を上げている。


「見ろよ、合成蛋白でも培養物でもない、本物の牛の肉だぜ……」

「ああ。この時代はまだ、汚染の少ない屋外で家畜を育て肉にして食べるという、非効率的な贅沢が庶民にまで許されていたらしい」

「えっ? まさか艦内の調理システムじゃなくて、こんな網に乗せて肉を焼くの? 煙はどうするのよ?」

「だから屋外でやるんだろ」

「屋外で料理するなんて、不衛生よ。野蛮だわ」

「ここは中世だぜ。野蛮でいいのさ」

「おっほ! 本物の肉が焼ける臭いって、結構クセーんだな!?」

「あー、あー、オホン」


 最後の声は、特設ステージに立つレイモンド教授のものだ。彼は咳払いの後にマイクを持ち上げてから、整えられた豊かな髭をもぞりと揺らす。


「今回の食事は、この時代のホームパーティーを模して『バーベキュー』という形式をとってみたが、どうかね? 我々の時代からすれば粗野で不衛生と極まりなく感じるだろう。だがこの中世では親睦を深めるための集まりや気さくな宴、家族のレクリエーションとして、ありふれたものだったらしい」


 おお、というどよめき。環境汚染の酷い二十七世紀では、既に廃れた風習なのである。


「勿論今回特別にこの時代で調達した肉は、衛生面のチェックと処理を万全に済ませてある。調理も講習を受けたスタッフが対応するから、大丈夫だ。そしてこれが一番大事なことだが……」


 レイモンド教授はそこで言葉を溜め、片目をつぶった。


「……この肉を食べても、未来には影響を及ぼさない。安心してくれたまえ」


 どっ、という笑い声が、生徒たちの間から上がる。


「また後ほどディレクターからの挨拶とゲストのスピーチがあるので、それまで新鮮な体験を楽しもうじゃないか」


 ぱちぱちぱちぱち、と巻き起こる拍手。

 そんな彼らを横目で見ながら、ミリッツァは一人不満げに溜め息をついていた。


「結局、見られなかったな……」


 彼女の【ライトブレイド】を倒した【スカー】が、【ガンスターヒロインズ】とどんな最終戦を繰り広げたのか。それについて興味を抑えきれなかった彼女は、テレビ局側に対戦記録を見せてもらえないかと頼んだものの、断られていたのである。


 二十七世紀に帰ってから編集し、放送するまで……番組のクライマックスが事前に流出しないよう、ディレクターが「映像記録を漏らすな」と徹底させているらしい。保存領域も個人端末の階層深くに移されており、不正侵入も困難だ。

 残念だが、どうしようもない。かといってその程度でヴァイオレット=ドゥヌエに頼み圧力をかけるのも、借りを作ることになり気が引けた。

 ただミリッツァが交渉したそのスタッフは、


「いいドラマが撮れて、ディレクターは大喜びでしたよ」


 と話していたので、テレビ局としては満足のいく収録だったらしい。


(まあ、ジョーク枠扱いの【能力無し】が優勝するのだから、彼ら好みのドラマチックな展開ではあるだろうな)


 そう考えつつ、グラスをあおるミリッツァ。贅沢品ではあるが、本物の肉の臭気を彼女はどうも好きになれない。今夜は、飲み物だけで済ますつもりだ。


 ふと見れば、少し離れた卓ではヴァイオレットがとびきり不機嫌そうな表情を浮かべ、つまらなそうに肉を頬張っていた。彼女ほどの富裕層になると、本物の肉も別段珍しくはない。特に、何の感動もないのだろう。


(いちいちあの馬鹿娘を慰めるのも、面倒だな)


 だが近くにいては、その役を強いられるのは間違いない。捕まる前に、ミリッツァはそそくさと距離を置いておくことにした。

 ヴァイオレットの馬鹿げた計画が頓挫したのはミリッツァとしても不本意ではあるが、元よりあまり乗り気で手伝っていたわけでもない。これ以上の面倒は、御免被りたいものだ。


(あいつにはまた今度、もう少しまともなプランで自立してもらおう)


 ミリッツァはそう思いながら、歩き出す。避難した先では級友のレジナルド=ステップニーが、焦げ野菜の載った皿を持て余しつつ周囲と歓談していた。


(こいつは、決勝まで勝ち進んだ【ガンスターヒロインズ】の監督者だったな)


 一位は逃したものの、それでもクラスメイトたちを抑えての堂々二位なのだ。成績にもしっかり加点されるし、当然番組でも大きく扱われるだろう。本人もそれを期待してか上機嫌で、試験について周囲と語っている様子。


「いやあ参ったよ。まさか最終戦で対戦者が自殺しちまうなんてな」


(……自殺?)


 聞き耳を立てていたミリッツァは、怪訝な表情を浮かべる。


「オイオーイ! 何でまた、そんなことになったんだステップニー?」

「どうも優勝した【スカー】と俺の【ガンスターヒロインズ】は、友人だったみたいでな。最終戦で【スカー】に勝ちを譲るために、自分で自分の頭を撃ち抜きやがったのさ」

「はぁー? 友人なら、日頃のモニターで分かるだろ? 何でお前、気付かなかったんだ。そうならないように誘導するのが、監督者の仕事だろうが」

「眼鏡をかけた中世モンゴロイドの顔なんて区別つかねえし、毎日違う対戦相手をイチイチそんなマメに見てねえよ」

「それで自殺されてんだから、世話ないよな」

「しょうがねえだろ。アイツ、そんな素振りなんて俺に全然見せなかったんだよ」


 学友らと話を続けるステップニーに背を向け、ミリッツァはまたテーブルを移っていく。


(一体、何があったんだ?)


 行き場を失った好奇心を苦い思いで押し殺すミリッツァ。返す返すも、記録を見られないのが残念である。


(放送を待つしかないのか……)


 と思いつつ次のドリンクを手に取り、口をつけるミリッツァ。すると壇上に再び、マイクを持ったレイモンド教授が戻ってくるのが見えた。

 彼は二、三度周囲を見回して生徒らが静かになるのを待つと、


「ディレクターがなかなか来ないので仕方がないね。先に進めてしまおうか」


 と語り、また咳払いをする。


「ではこれから、今回の試験で優勝した【スカー】ことサヨコ=ミドウ君より皆へ挨拶をしてもらおう。諸君、盛大な拍手で迎えようじゃないか」


 拍手が鳴る中、脇で待っていた【スカー】が壇上へ上がっていく。ミリッツァが【ライトブレイド】戦の記録で見た時と同様、紺のセーラー服を着た小柄な少女だ。

 彼女はゆっくり教授の側まで歩いてくると、ミリッツァたち生徒のほうへと向き直る。


「本来であれば、監督者のクリバヤシ君と一緒にここへ立ってもらう予定だったが……彼女は体調不良のため、残念ながら今日のパーティーには出られないという申告があった」


 生徒らの一部から聞こえる、下卑た笑い声。


「ディレクターがいれば、代わりに付き添ってもらおうと思っていたのだがね。まだ来ていないから、悪いが一人だけで挨拶してもらおう。すまないねミドウ君、簡単でいいから頼むよ」


【スカー】が、にっこりと微笑んで頷く。


「では全ての戦いを終わらせ、見事勝ち抜いた【スカー】君からの挨拶だ。諸君、もう一度彼女へ拍手を!」


 生徒やテレビ局スタッフたちから、再び巻き起こる拍手。【スカー】はそれらに向かって一礼すると、マイクを口元に近付け「あ、あ」と試すように声を発した。


「皆さんこんばんは、【スカー】です。教授も、ご紹介ありがとうございます」


 バイオ人工知能の補助により、流暢な英語で喋る【スカー】。


「でも大丈夫です。元々これは、一人でやるつもりでしたから」


 ほう、と呟いて教授が【スカー】を見返した。


「ただ、教授は間違えてらっしゃいます。『全ての戦いを終わらせ』と仰りましたが……実は私、もう一戦だけ残っているんですよ」


 ふふふ、と小さく笑う【スカー】。

 教授は彼女の言葉に首を傾げたものの、何か気を利かせたスピーチのネタ程度にしか思っていない様子である。それを見てもう一度微笑む、【スカー】。


「二十七世紀の皆さんは、『蠱毒』っていう言葉をご存知ですか? 中国の、古い呪術用語なんですけどね」


 しかしその言葉を知るものは、ここにはいない。


「大きな壺の中に、毒蟲を沢山入れるんです。餌を与えずに。そうすると中で蟲たちは、自分が生き残るために殺し合い、互いに食い合います」


【スカー】が口にした語句のおぞましさに、祝宴気分を害され静かになる一同。


「そして最後に生き残った一匹は、壺の中全ての毒蟲の毒をその身体に集め……強力な怨念と猛毒を持つようになるんです、モンスターとなって。魔法使いはそれを使って呪いをかけたり、怪しい儀式を行ったりしたそうですよ。ま! とはいっても、迷信なんですけどね。ふふふっ」


(こいつは、何を言っているんだ!?)


 周囲の学友たちには、「中世人の戯言か」と軽侮の表情を浮かべる者すらいる。

 だがミリッツァは背筋に、冷たいものが伝うのを感じていた。


「皆さん、何かに似ていると思いませんか?」


 ステージの上から生徒たちを見回す【スカー】。だがその問いに、応じる者はいない。


「まあ、魔法使いが蠱毒を作るのは勝手でしょうけど」


 彼女はくるりと教授の方へと向き直り、自身のセーラー服の上着へ手を差し入れる。


「最後に残ったその一匹が、魔法使いに噛みつかないなんて」


 そして取り出したキッチンナイフを、


「誰が決めたんでしょうね?」


 教授の首へと突き立てたのだ。

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