第六夜:02【スカー】

第六夜:02【スカー】


(一発でここを探り当ててきた!?)


 探索中、他の病室がこのように押し開けられる音は耳にしていない。相手はこの病室に小夜子がいると見極めて、仕掛けてきたのだ。つまり【ハウンドマスター】は、彼女の居場所を探る手段を持っているということになる。


 どん。どんっ!


【ハウンドマスター】、もしくはその猟犬とおぼしきものが断続的に引き戸を圧迫し、揺らし続けている。戸に手を掛けられないのか、どうも体当たりをしているらしい。しかしこのままではやがて、力尽くで突入されるだろう。


 どん! どん!


 小夜子は急ぎ、最寄りのベッドからシーツを引き剥がす。そして入り口まで駆け寄ると、シーツと果物ナイフを構えて戸の脇に身を寄せた。


 どんっ。どんっ! がこん!


 大きな音を立てて、押し倒される引き戸。


「フッ!」


 戸を倒しつつ病室へと侵入してきた「何か」の正体を確認する前に、即座に対象へシーツを被せる少女。そして視界を塞いだ相手に対し、果物ナイフを滅多刺しに突き立てたのである。


 ざくざくっざくっ!


 躊躇する様子など微塵もない。小夜子の覚悟が、恵梨香への思いが……既に人としての正常から、彼女の足を踏み外させているのだ。


「ぎゃあああうううっ!」


 悲痛な叫び声を上げる「何か」に対し、手を休めることなく全力でナイフを刺し入れる。骨らしき物に当たる感触が何度も返ってきたが、構わず続ける小夜子。銀色の刃がシーツに埋まるたび、白い生地が赤く染まっていった。


「ふーっ、ふーっ」


 息が切れるまで続けたところで、小夜子は初めて手を止める。

 見るとナイフの先端は欠け、刃にはべっとりと血脂がついていた。比較的作りがしっかりとした果物ナイフであったが、このように扱われては無残なものだ。


 シーツをめくる。取り払って、小夜子は思わず「うっ」と声を上げた。


 ……それは、白いモノ。白い、人の形をした異形であった。


 まるで湿った紙粘土のような、体毛のない肌。目も耳も頭髪も無く……顔には大きく発達した豚のような鼻と、醜く裂けた口が付いていた。口腔内には、ギザギザに生えた牙が乱雑に並んでいる。

 人の形を模したものに、人ならざるものがついた怪物。怪物としか言い表せぬモノ。

 それが体液にまみれ、絶命していたのだ。悪夢やホラー映画に出てきそうな不愉快極まる造形に、小夜子は思わず眉をひそめる。


(これが【ハウンドマスター】……? いや、違う。違うわね。対戦は、まだ終わっていない)


 これは「猟犬」だ。これが、【ハウンドマスター】の使役する武器なのだ。敵の能力は変身ではなく、どうやら使役のほうらしい。


 あらゆる趣向をこらして不快感を煽るその姿を「めっちゃキメぇ」の一言で片付けつつ、小夜子は死骸を観察した。

 目や耳らしきものがどこにも無いのは、知覚に視覚と聴覚を利用していないためか。逆に特徴的な鼻は、嗅覚で獲物を嗅ぎつける姿を容易に想像させた。「猟犬」らしいといえば、らしい。


(嗅覚探知なら、たくさん並んだ病室の中から一発で私の居場所を突き止めてきたのも納得できる……目が見えないなら、シーツを被せる必要もなかったわね)


 そして武器は、この醜い牙と膂力。サイズや見た目こそ細身の人間程度だが、病室の引き戸を押し破る力は人間のそれではない。もし一度掴まれでもしたら、小夜子が振りほどけるかどうかは疑わしいだろう。

 あの攻撃で倒せたのだから防御力は大したことがないとしても、その攻撃力は十分人体を破壊するに足るものと考えられる。

 そしてそこまで考えたところで、小夜子ははっとした。


(大したことがないって!?)


 そうなのだ。あまりにも呆気なさ過ぎるのだ。

 人型を模しているとはいえ、ナイフがあっさり通る柔らかさ。不意討ちとはいえ、小夜子に倒されてしまう程度の生命力。反応や動作も、機敏とは言い難かった。

 彼女はともかく【能力】を持った他の対戦者を相手にして、とても通用する力とは思えない。一体どうやって、これまでに二人も屠ったというのか。


(イカサマで強い能力を選んでいるはずなのに、おかしいわ)


 疑念を抱いた瞬間。


「おぉぉおおぉおぉおおう」


 という苦悶のような叫びが、遠くから病室に届いた。それに続いて、もう一つ。


「おぅううおおおううぉおおう」


 同様の、悶えるような叫び声。それを聞いた小夜子が、直感的に理解する。


(ゲームとかなら、よくあるタイプの奴だわ)


 かつて自身がネット対戦のカードゲームで組んだデッキを思い出し、舌打ちする少女。


「【能力内容確認】」


 照合のため、呟く小夜子。今までの推理が合っていれば、その分も反映して表示されるはずだ。


 能力名:【ハウンドマスター】


 浮かび上がった白文字部分、メインの能力を読む。


・「猟犬」を召喚する。

・「猟犬」に命じて敵を追跡させ、襲わせることができる。


 ここまでは、既に明らかとなっている内容だ。問題はその下に続く黄色の文字列、制限や補足説明の部分である。


(……やっぱり!)


・「猟犬」は、嗅覚で敵を探知する。

・「猟犬」が一匹倒される度に、一定時間(要調査)の間隔をおいて、新たに二匹を召喚することができる。


 記されていたのは、小夜子の予測通りの内容であった。


(一匹殺せば二匹湧く……!)


 つまり「猟犬」を返り討ちにする度に【ハウンドマスター】の戦力が増強されていく、ということなのだ。


 確かに猟犬一匹一匹は、能力持ちの対戦者にとって大した脅威ではないだろう。だが複数ならばどうか。しかもそれが、増え続ければどうなるか。やがては、対応できなくなるはずだ。

 おそらく、いや間違いなく。【ハウンドマスター】はその特性を利用し、相手を倒してきたのだろう。


(でもこの能力の強さは、「倒されて増える」ことじゃない)


 もう一度舌打ちした小夜子の耳に届く、新たな叫び声。


「ぎゃぁああうっ!」


 先程も聞いた、「猟犬」が上げる断末魔。


 ……何故「猟犬」は死んだのか? 小夜子はその答えを既に見つけていた。

【ハウンドマスター】が、片方の「猟犬」にもう片方の「猟犬」を殺させたに違いない。そう、言わば「共食い」である。


 どうしてか? 簡単な話だ。相手に「猟犬」を倒してもらうより、自力で召喚数を増やすほうが確実で手っ取り早いからだ。


 そのために……「共食い」で数を増やすために。敢えて小夜子に殺させて作ったのである。最初の共食いペアを。

 容易に倒せた先の一匹は、相手の罠。そのトリガーなのだろう。


「実にクソッタレね」


 面倒臭げにそう言い捨てる小夜子。そして少女は足下の死体を一度睨めつけた後、静かに行動を開始するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る