第六夜:03【ハウンドマスター】
第六夜:03【ハウンドマスター】
「おぅううあああううぉおう」
「ううおああううあああう」
新しく生み出した【ハウンド】二匹が発する、醜悪な叫び声。
彼らは主人の指示を受けると「ぺと、ぺと」という音を立て、開けっ放しにした引き戸を抜けて四つん這いで廊下へ歩いて行き……そして壁の向こうで、「共食い」を始めたのだ。
「何であんなにキメェんだ……」
その断末魔を聞きつつ【ハウンドマスター】……海堂竜二は、忌々しげに呟いた。使用者本人ですら、あのデザインを好意的には受け入れていない。
「こんなの視聴者にウケるのかねえ」
軽くパーマが当てられたミディアムウェーブの茶髪を撫で上げつつ、溜め息をつく。
「まあでも、キモいバケモンをイケメンが使うってのは、ギャップで映えるかもしれねーな」
へっ、と鼻で嗤う。
確かに、海堂竜二は自負に足るだけの美形だった。
背は高く細身で、足も長い。今着ているような地味な茶色ブレザー制服でも、彼が着こなすとファッション誌の一ページのように思える。長い前髪、丁寧に整えられた眉毛。よく観察すれば、髪の隙間からピアスも見えるだろう。彼は、そんな垢抜けた男子高校生だ。
そしておそらく小夜子が海堂を見たならば、渋面を作り彼の印象を一言で語るに違いない。
……「チャラい」と。
◆
病室のベッドに腰掛けたまま、腕を組み呟く海堂。
「これで今出ている『ハウンド』は、えーと、四体か」
アンジェリークから相手が「能力無し」であることは聞いている。
【ハウンドマスター】の能力は最大で二十匹もの【ハウンド】を同時展開することができるが、そんな相手にそこまでする必要もないだろう。
「まあ五、六匹で十分だろうな」
何せ新しい「ハウンド」の召喚には、一分程度の間隔が必要なのだ。わざわざ二十匹になるまで準備していては、時間がかかり過ぎる。
対する【スカー】は何の特殊能力も持たない、ただの高校生。
正直なところ一匹目が倒されたことには驚かされたが、それでも二匹いれば十分過ぎる相手だろう。人間の手は、阿修羅のように沢山生えているわけではない。
五、六匹というのは、彼なりに保険をかけた上での慎重な算段であった。
「時間が来たかな」
手を肩ほどの高さにかざし、精神を集中する。すると何もないはずの床から白い塊が盛り上がり、醜い叫びと共に二体の「ハウンド」が出現した。
「念のため、もう一匹」
二匹を廊下へ向かわせ、「共食い」を命じる海堂。不愉快な断末魔が、再び彼の耳に届く。
(不愉快といえば)
昨晩、八百長対戦を組まれた相手……アンジェリークの友人が担当しているという【ライトブレイド】。あれは、実に不愉快な男だった。
大人しそうな顔に野暮ったい髪型、アクセサリーもピアスも何の特徴もない、ファッションとは無縁の地味な学ラン男子高校生。どう考えても学校ではその他大勢に埋もれているような、目立たない無個性高校生だ。海堂の価値観では、特に見るべきものもない下等な男であった。
(なのに、何でアイツはあんな目をしていやがったんだ)
汚らわしい物でも見るかの如き瞳。嫌悪感を露わにした、あの表情。心底軽蔑している、というそんな視線で少年は海堂を見ていたのだ。
(八百長だって言われてなければ、【ハウンドマスター】で食い殺してやったのに)
後でアンジェリークから聞いたところ、【ライトブレイド】は彼の監督者であるミリッツァの言うこともきかず、協力も拒む戦闘狂の問題児らしい。彼女らにとっても計画に不安定要素が加わるため困っている、という話であった。
何故わざわざ、自分が得をする要素を拒否するのか。【ライトブレイド】の行動を、海堂は理解することができない。
(馬鹿なんだな)
そのため彼は、その一言で【ライトブレイド】を片付けることにした。どのみち海堂も、あの地味少年を理解するつもりはない。
(まあでも戦闘が面白いっていうのは、分からなくもないぜ)
今までの対戦を思い出し、目を細める海堂。
【ハウンドマスター】は「ハウンド」に意識を同調させることもできるのだ。追い詰められ、怯え、命乞いをする対戦相手を一方的に食い殺す「戦い」というのもは……彼には中々に愉快で、爽快な体験なのであった。
◆
結局【ハウンド】を八体まで出したところで、海堂は再攻勢を始めた。
「そろそろやるか」
精神を集中。八匹のうち一匹に意識を同調させリーダー格とし、他の七体を追随させる。
同調すると音は消え、周囲は闇に沈む。そして臭いを形に投影したものだけが、闇に沈んだ視覚の中に、鮮やかな色となって浮かび上がるのだ。召喚主の視覚に投影される、嗅覚のヴィジョンである。
(さーて。何処に隠れているかな)
まだここからでは臭いは辿れないが、彼女の位置は見当がつく。そして先ほどの接触で、その臭いも判別済みだ。
ましてや一本道のこの戦場に、逃げ場はない。海堂の「ハウンド」隊は、Uの字のもう一端へ向け進めば良いだけであった。目の見えない「ハウンド」らは先程一番個体が歩んだルートをなぞり、廊下を這っていく。
(よし、行け、行け)
彼は今までの戦い、こうやってずっと身を隠し、高みの見物を続けてきたのだ。
アンジェリークから教えられた通りに「ハウンド」を増やし、そして大量に送り込めば相手は簡単に噛み殺せる。また組まれた対戦カードも【ハウンドマスター】の能力で与し易い相手のみが選ばれており、おかげで海堂に危険が及んだことは一度もない。
海堂にとっての対戦とは観戦と同義であり、体験型エンターテイメントでしかなかったのだ。
(フフ、せいぜい抵抗してみろよ)
嗅覚ヴィジョンを上下に揺らしながら、「ハウンド」の群れが四つん這いで進む。だが中央エレベータホールを抜け東棟に差し掛かったあたりで、海堂は異変に気がついた。
東棟の廊下が、異様な臭気に包まれている。それこそ廊下に何かが撒き散らされているかのように、あちこちから強い臭いが漂っていたのだ。
彼は、舌打ちした。
(【スカー】め。俺の「ハウンド」が臭いで探知していることに気付いたな)
おそらくは、そこかしこに備え付けられた消毒液やナースステーションに置いてある薬剤、トイレの洗剤……そういったものを、片っ端からぶちまけて回ったに違いない。
(三勝ってのは、運だけじゃないのか)
短時間でよくそこまで考えて動いたものだ、と感心する海堂。実際彼の視覚に投影された嗅覚ヴィジョンは、様々な薬品が漂わせる臭気でぐちゃぐちゃになっていた。この只中では、【スカー】の臭いを嗅ぎ分けるのは難しい。
(これでこっちの鼻を潰せると思ったんだろう? でも所詮、単なる時間稼ぎさ)
海堂は「ハウンド」隊に命じ、【スカー】の臭いだけに対象を絞り探索を行わせた。鼻を鳴らしながらゆっくり通路を進んでいく、白い人型の群れ。だがそうするうちに撒き散らされた薬品の臭いは段々薄くなり、東棟の端まで行ったあたりではもう、廊下の臭いはかなり収まっている様子だった。
おそらくは焦りから、【スカー】が配分を考えもせずに薬を撒いた結果だろう……と推察する海堂。
必死になって薬品を振り撒き臭いを消すも、最後になれば手持ちが無くなってくる。そんな、姿も知らぬ【スカー】が慌てる様子を想像し、海堂はほくそ笑んだ。
……しばらくして、「ハウンド」の一匹が強く鼻を鳴らす。【スカー】の臭いを嗅ぎ取ったようだ。
(ビンゴ!)
それは一番奥の病室。その奥から漂う、【スカー】の臭い。嗅覚ヴィジョンは、そう表示していた。
(そのまま追い詰めろ)
「ハウンド」はさらに嗅ぎ続け、引き戸越しに病室内の様子を探っていく。すぐに部屋の中からアンモニア臭を嗅ぎとる、異形の鼻。
「ププッ」
吹き出す海堂。
彼は、これによく似た臭いを知っている。三戦目の相手【サンダーブレーク】が、追いつめられた時に漏らした臭気を、覚えているのだ。
「あはははははは! 【スカー】め! ビビってションベンチビリやがったな! あはははははは!」
知覚を「ハウンド」に同調したまま海堂は大声を上げ、腹を抱えてゲラゲラと笑う。
……ああ、おかしい。なんて無様なんだ!
色々やったって、結局お前は部屋の隅でガタガタ震えていることしかできないのさ!
そう嗤いながら「ハウンド」隊に攻撃指示を出す海堂。病室の引き戸は八匹の体当たりであっさりと壊れ、倒れた。
(あそこだ!)
部屋の隅にうずくまる【スカー】の臭い。それにむけて、八つの裂けた口が一斉に牙を剥き、襲いかかる。
視覚に投影された嗅覚ヴィジョンの中で、【スカー】の臭気を示す赤い表示が分断され、細かく分けられていく。おそらくその肉体は食い千切られ、噛み砕かれ、細かく分解されているのだろう。【与一の弓】の時も、【サンダーブレーク】の時もそうだった。
詳細の分からぬ嗅覚ヴィジョンだが……海堂としては内臓飛び散る現場まで見たいわけではないので、ある意味都合がいい。
(よっしゃ、今日もこれで終わり!)
今回も海堂は恐怖もストレスも感じることなく、相手を屠ったのである。いや、屠ったと「思った」のだ。
……ずぶり。
背中から脇腹にかけて、何かが突き立てられる感触があるまでは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます