第六日:04【御堂小夜子】
第六日:04【御堂小夜子】
『そして、ここからが本題なんだけど』
その声で、小夜子の意識は赤黒く湿った世界から引き戻される。
『ちゃんと聞いてるのかい、サヨコ』
「ゴメン。続けて」
『五回戦も終わって、残りの対戦者は君を含めて十三人。これからもあの三人は、身内同士のマッチングや不戦勝枠を利用して勝ち進めていくと思われる。生き残る期間が長いほど、試験の成績が加点されていくからね』
「まあ、そうでしょうね」
眼鏡を中指で上げ直しつつ、相槌を打つ。
『そしておそらく、君の存在も必勝枠として利用されるだろう』
「どうして私を? 私があいつらを狩るのよ?」
キョウカは軽く驚いた顔を見せたが、やがて『うん』と満足げに一人頷く。
『その意気だ、それでいい。それでこそ僕らの目的を達成できるというものさ……で、話を戻すけど……連中は、君が【能力無し】であることを知っている』
「犯人だものね」
『その通り。そしてそれはつまり、君が今残った対戦者の中では最弱スペック、しかも群を抜いて弱い対戦者であることを、彼女たちは理解している……いや、誤解していることを意味するんだ』
キョウカは画面を移動させて対戦者一覧を手前に寄せると、残った対戦者の枠を点滅させた。
『残りは十三名。おそらく全ての対戦が終わるまでに必要なのは、あと四日か五日だ。君はその中で、彼女らが勝ち抜くための消化試合に組まれるだろう』
「つまり、それは」
『残りの対戦。君は高確率で、あの三人の擁する対戦者とぶつかることになる。早ければ今夜にでも、だ』
ぞくり。
小夜子の心を、暗く湿った熱いものが塗り潰し始める。
「好都合よ」
『意気はいいが、連中はおそらく、強力な能力を割り当ててあるに違いない。さらにその上、能力に改竄を加えている可能性だって高いんだ。きっと、手強いぞ』
「いえ、それこそ好都合よ」
『どうしてさ』
「その強力な奴らが、えりちゃんよりも私と戦う可能性が高いのでしょう? これを好都合と言わずして、何と言うの」
小夜子の行動と意志、そして命はあくまで恵梨香のために捧げられている。一振りの刃を彷彿とさせる鋭いひたむきな同盟者の眼差しを、キョウカは敬意をもって見返していた。
『ハハッ! 頼もしいな』
「三人を一つずつ潰している間に、えりちゃんが残りとぶつかるのが心配だけどね……」
『まあそうだろうね。ただ、それに関してはあまり心配しなくてもいい、と考えている」
「どうして?」
『エリ=チャンの【ガンスターヒロインズ】はかなり強力なものだ。能力制限などの詳細は分からないが、そんじょそこらの相手に引けは取らないだろう。それはつまり、奴らのお抱え対戦者ですら、下手を打てば負けかねないってことだ』
小夜子の眼前に滞空しつつ、キョウカは言葉を続ける。
『ヴァイオレットたちが他の対戦者の能力を盗み見ているのなら、だからこそ「事故」を避けるため、エリ=チャンとの対戦カードは後回しにするはずさ』
「なるほど、それは朗報ね」
頼もしげに唇を歪める小夜子。キョウカももう一度頷き、それに応えるのであった。
◆
「そういえば、アンタたちの未来ってどうなってるの?」
ノートパソコンの画面に視線を向けたまま、小夜子は口にした。三十分に区切っていた面談時間に余裕ができたため、気になっていたことをふとキョウカへ尋ねてみたのだ。
『二十七世紀以降の未来ってことかい?』
「そう」
『いやぁ、分からないよ。だって未来だもん』
ベッドの上にあぐらをかいたまま、ぶんぶん、と首を振るキョウカ。
「えー? だってアンタらの時代はタイムマシンあるんでしょ? 未来にだって行けるんでしょ?」
『行けるよ。だってそうじゃなきゃ、この時代から二十七世紀に帰れないだろう』
「じゃあなんで分からないのよ」
『怒られるからだよ』
「【国際時間管理局】だっけ? そこに?」
『と言うより、僕らの未来の人に怒られるのさ』
「ああ、なるほど」
考えてみれば、キョウカたちにとっての未来人にも都合はあるわけで……その「未来の未来人」からすれば、過去からの観光客は煩わしくあっても喜ばしいものではないのだろう。
そのあたりの事情は小夜子にも容易に想像がつく。未来人が過去人と対等な付き合いをしないのを、彼女は身をもって学んでいた。
『タイムマシンの理論が完成した時、その一分一秒違わぬ同時刻。各国の元首に対し、未来からメッセージが送られてきたんだ』
「何て?」
『「君たちの時間軸より未来への移動は許さない。来ようとすれば、厳罰を加える」ってね』
まるで怪談のクライマックスを話すかのように、おどろおどろしく語るキョウカ。
「へえ。ちょっとしたホラーね」
『まあ実際、当時は都市伝説扱いされていたらしい。それから三年ほど経つまではね』
そして再び、話し始めるキョウカ。内容としては、概ね以下のような事柄であった。
……「時間の復元力」、という言葉が二十七世紀には存在する。
時間とは川底をなぞる水のようなものであり、多少の揺らぎがあろうと流れゆく方向は変わらない、という時間研究の定説に基づいた言葉だ。
例えば大虐殺を引き起こす極悪人を過去へ時間移動して暗殺したとしても、代わりの人間がその立場に成り代わって悲劇を引き起こすのである。歴史という舞台での配役変更やアドリブはあっても、劇の筋書きはそのまま。結末も変わらない。
キャストに代役が充てられることや、台本がそれに合わせて調整されることを、「時間の復元力」、もしくは「歴史の復元力」と二十七世紀人は呼ぶのである。
逆に小夜子らはどう計算しても代役にはなれず、そして代役候補に影響を及ぼすことすらない歴史の余り物……というわけだ。
「時間の復元力」は、過去への時間航行の自由にも繋がる。復元力のおかげで、歴史の流れに大きく変更が加えられる危険性は少ないのだ。というよりは、「復元力」の範囲を人の力で超えるのは至難なのである。
また一応時間犯罪などの定義と取り締まり組織は設けられたものの、当初から過去航行に関しては然程の心配はされていなかった。時間航行のための時空干渉は準備段階から容易に観測できることもあり、小物に密航されることもない。
だが未来に行くのというのでは、話が別である。未来人の思惑以前に、当世人の政治問題になるからだ。
動物と違い人類社会というものは、基本的に未来の文明に太刀打ちができない。未来のほうが当然、科学技術が発展しているためである。だから未来に行った者が技術を持ち帰り、「現在」のパワーバランスを崩す……というのは二十七世紀秩序の守護者たちにとって、到底受け入れ難いものであった。
それ故に真偽も定まらぬ「未来からのメッセージ」は、すぐに各国間の協議によって国際的な未来航行規制へと発展したのだ。
だがそんな中でも極東の超大国「中央革新人民共和国」は、未来人の一方的な通告に反発。他国からの干渉を実力で排除しつつ、未来へ航行する計画を進めていた。
しかし施設が完成し、計画が始められようという時……地下深くで堅牢かつ強固に守られた巨大研究基地は、深さ数キロメートルに及ぶ巨大なクレーターを残し、瞬時に次元の彼方へと消失したのだ。消えた質量と範囲を計算すると、二十七世紀に実用化されている次元兵器に比べ、その威力は数億倍でもきかぬのだという。
再び未来からメッセージが届けられたのは、その翌朝だ。『我々は「打診し、指導し、監視し、警告し、攻撃する」システムだ』と。
彼らの名乗り通りであった。共和国には以前から打診と指導があり、監視の上で警告され、そして最終的に攻撃を受けたのである。【システム】からの苛烈な制裁は、一夜にして共和国の姿勢を百八十度転換させていた。
そして未来航行の禁止は国際的協調による取り決めというだけではなく、未来の絶対的な力により監視、制裁されるという、より実効性を有した条約となったのである。
『……というわけで、今では未来に行こうとする奴なんていないのさ』
えっへん、といわんばかりにふんぞり返り、渾身の講義を終えるキョウカ。
「ほーん」
それに対し小夜子は、綿棒で耳を掃除しながら生返事をした。
『ちょ!? 君って奴は自分から聞いておいて、なんだよそれ!』
「いやー、だって何か難しくて飽きちゃって……えりちゃんならそういう歴史っぽいの好きかもしれないけど、私にはちょっと……」
『このファッキンナー』
ド、と言葉を続ける前に、ふっ、とキョウカの姿が消失した。おそらく設定していた三十分の制限時間が来たのだろう。
「何か悪いことしたけど、まあいいか。対戦終わったら謝っとこう」
ノートパソコンの電源を落とし、伸びをして椅子から立ち上がる。固くなった体がほぐされたことで、思わず欠伸が出た。どうもキョウカの話を聞いていて、眠気が誘発されたらしい。
「さて、夜に備えるかな……っと」
ベッドに横たわった小夜子はSNSで恵梨香に《おやすみ》とメッセージを送り、アラームを設定して眠りにつくのであった。
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