第六日:03【御堂小夜子】
第六日:03【御堂小夜子】
帰宅し玄関を開けた小夜子は、足下の革靴に気付いた。父が、出張から帰ってきているらしい。
「そうか、今日だったわね」
小夜子は靴を脱ぎ家に上がると、鞄を持ったまま居間へ向かう。そこでは出張から帰った父親が、ソファーに身を預けながらテレビを観ていた。
「ただいま」
座ったまま、父が振り返る。
「おかえり」
「お父さん、お仕事はもういいの?」
「今回のはな。明日からは九州だ、始発のバスで出るよ」
「そう。大変ね」
「帰りは来週の木曜になると思う」
「わかったわ」
「夕飯は寿司を買ってきてあるから、それを食べよう。冷蔵庫に入れてある」
「そう。今日は帰りにスーパーに寄るのを忘れていたから、丁度良かったわ」
着替えるために部屋に戻ろうとする小夜子を、父が呼び止める。
「小夜子。父さんがいない間、特に何もなかったか?」
娘は足を止め振り返り、
「何もなかったわ。父さん」
そう言い残して、二階の自室へと上がっていくのであった。
◆
キャスターが、今日起こった交通事故のニュースを読み上げている。それを聞き流しつつ、小夜子と父はテーブルで夕食をとっていた。
「学校はどうだ」
「まあまあ」
「勉強の方は」
「正直、微妙ね」
「いじめとかは受けてないか」
「大丈夫じゃないかな。多分」
「長野さんの家の恵梨香君には、仲良くしてもらっているか」
「毎朝一緒に、学校に行ってるわ」
そうかと短く返し、食事を再開しようとする父だが。
「ねえ、お父さん」
「何だ」
「再婚とかしなよ。私のことはもう、いいからさ」
父は一瞬呆気にとられた顔を見せるも、すぐに不愉快そうに眉をひそめる。
「子供が何を言っとるんだ。下らん」
「そうね」
父親よりも早く食べ終えた小夜子は、寿司のパックをゴミ箱へ入れ、
「ごちそうさま。ありがとうね、お父さん」
と告げて二階の自室へ向かった。
(言っておくべきことは、言った)
だからこれでいい。後でこの言葉を思い出し、あの人が母と自分から解放されれば、それでいい。
(そして、多分……今日でさようなら。お父さん)
◆
部屋に戻りノートパソコンで調べ物をしていると、二十時丁度にキョウカが現れた。
『こんばんは、小夜子』
「こんばんは。キョウカ」
同盟者同士、挨拶を交わす。一階にいる小夜子父へ配慮し、普段よりも小声で。
『いいのかい、パパさんのほうは』
「いいのよ。多分このほうが、あの人にはいいはずだし」
小夜子の家庭事情については、キョウカも概ね察している。『そうかい』と短く流し、未来妖精は会話を切り替えた。
『昨晩の対戦記録も見たよ。大したものだね。ベトナム戦争時代のゲリラに生まれていれば、君の才能はもっと生かされたかもしれない』
「全然嬉しくないけど、ありがとう」
昔に恵梨香と観た名作ベトナム戦争映画のDVD。終盤に登場した女ゲリラを思い出し、小夜子は「ふっ」と小さく笑う。
「ま、微笑みデブよりはマシか」
『なにそれ?』
「いや、何でもない」
頭を振って、これ以上の脱線を防ぐ。
『それよりも、今後のことについて話があるんだ』
真面目なキョウカの声。
「どんな?」
『まず、これを見て欲しい。【全日程】【対戦成績確認】』
キョウカと小夜子の間に、画面が六枚表示される。一枚は全対戦者の一覧で、残りは各日の対戦結果表だ。
『ヴァイオレット=ドゥヌエ。アンジェリーク=ケクラン。ミリッツァ=カラックス……この三名、が僕を』
僕をいじめている奴らだ、と続けようとしたキョウカの言葉を遮り、小夜子は
「アンタがこの間、注意しろって名前を挙げた連中ね」
と口にした。小夜子の配慮に気付いたキョウカは一瞬目を逸らしてからまた戻し、話を再開する。
『……うん。で、今からこいつらの分だけピックアップするから見てくれ』
未来妖精の小さな手が各日の記録を指し、幾つかの欄を点滅表示させた。三名の擁する対戦者の記録に絞って、抽出したのだ。
その内の一つに【ホームランバッター】が倒された記録があり、小夜子の気分を暗くした。
『何も知らなければ、ただの偶然だ。だがこの三名の関係を鑑みれば、確率論で片付けるにはちょっと偏っていると思わないか?』
点滅する枠を、三点まで絞る。
二回戦。アンジェリークの【ハウンドマスター】不戦勝。
四回戦。ヴァイオレットの【ハートブレイク】が【ハウンドマスター】と対戦。引き分け。
五回戦。ミリッツァの【ライトブレイド】が【ハウンドマスター】と対戦。引き分け。
確かに何も知らなければ、違和感は無いはずだ。ただ単に、アンジェリークが不戦勝のカードを引いていた。それだけの感想で終わるだろう。
だがこうやって三人に絞れば、まだ一枚しか出ていない不戦勝というラッキーカードや三人内での対戦が、たかだか五回戦の内に固まっているのはどうにも不自然に思えてくる。疑われないように「程々」で収めている意図まで、透けて見えるようであった。
『最初は予感に過ぎなかったけど、もう確信だな。連中は僕らに能力を割り当てないようハックしただけじゃない、対戦カードも操作している。多分、八百長以外の対戦……他の対戦者と組み合わせた分だって、何か計算に基づいて組んでいたのだろう』
「計算っていうと、他の対戦者の能力内容を知っていて、勝てそうな相性の相手を選んで組んだ、っていうこと?」
『その可能性は高い。身内で無気力対戦をするにも、彼女たち三人がでつるんでいるのは皆知っているからね。不自然な八百長対戦は程々で抑えておいて、相性だけで勝てる相手を組んでおくほうが、自然でバレにくいと考えたんだろう。学校やテレビ局に不正が発覚しても、ドゥヌエ家の威光で見て見ぬ振りなり揉み消されるのは確実だが……クラスメイトから疑いの眼を向けられるのは、三人だって痛いからね』
「インチキクソ女共ね」
背中の産毛が逆立つ感触。小夜子の瞳が、怒りで染まる。
(許せない)
【グラスホッパー】も、【ホームランバッター】も、【モバイルアーマー】も、【アクセレラータ】も。自分と同様、訳もわからぬ状態で理不尽に死地へ放り込まれ、戸惑い、足掻き、戦い、そして死んでいったのだ。
小夜子自身が手に掛けた者もいる。だが彼らは己が命を掛け金として、堂々と、懸命に、苦しみながら勝負に臨んだのだ。そのことは、誰にも否定することはできない。なのに、それを。
(汚された)
殺しあった相手のことだというのに、小夜子の全身を熱く暗い血が駆け巡った。
(【ハートブレイク】、【ハウンドマスター】、【ライトブレイド】)
その名前、覚えた。覚えたわ。しっかりと。
汚らわしい奴ら。最低限の掛け金すら用意せぬ卑怯者め。
許さない。私はお前たちも、許さない。
もし私が相見えたなら、相応の報いを受けさせてやる。
赤く、黒く、粘りを持つ何かに塗り潰された胸の内で、小夜子は誓うのであった。
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