第二夜:05【御堂小夜子】
第二夜:05【御堂小夜子】
(えりちゃんに会うためなら。あのヘボ打者から逃げまわるくらい、一晩中でもやってやるわ!)
立ち上がった小夜子はまず、周囲を見回した。
両脇には陳列棚がずらりと並び、レジ側通路から店の中央通路まで伸びている。中央通路を越えればまた別の売り場になり、やはり陳列棚が今度は店の奥側通路まで続いているようだ。奥側の通路越しには、惣菜売り場の表示が見えている。
一方背後、先程まで小夜子がいたレジ手前通路の向こう。カウンター群は半数近くが【ホームランバッター】の「打球」で破壊されており、残骸や破片が散乱している。
あの威力だ。直撃を受けずとも、かすっただけで負傷は免れまい。いや怪我どころか、下手をすれば一撃で動けなくなる可能性も高い。
打球を打ち分けることができない、と【ホームランバッター】は語っていた。今となっては真偽を確かめる術もないが、実際小夜子はその不慣れに助けられた形になったのだ。
(だから多分、アイツが狙いをつけられないのは本当)
もし先程小夜子を追って売り場側にきっちり打ち込まれていたならば、その時点で勝敗は決していただろう。
(でも、どうして続けて打ってこないのだろう?)
缶詰でも箱詰めでも、打つ物はその辺にいくらでも転がっている。流石にバットで打てないようなペラペラした物まで使えるかは分からないが、彼が次の「球」を探すのに、この店内で困りはしないはずだ。
(連続しては、撃てないのかもしれない)
大砲でも撃つかのような彼の能力であれば、その場で端から店内を掃射してやるのが一番安全で確実だろう。彼の精神が恐慌状態であるなら、尚更だ。それを行わないあたりから、小夜子は【ホームランバッター】の弱点推察を試みていく。
破壊力と貫通力はある。いや、それどころか即死級の攻撃力だ。だが連続しては攻撃できず、照準も正確にはつけられない。
ましてやここは大型スーパーを複製した空間だ。背の高い陳列棚がずらりと並ぶ売り場は、身長百四十二センチの小夜子が立っても、他から見えることはない。相手からの視線を遮るには、絶好の環境であった。
(……上手く隠れて逃げ続ければ、時間切れを狙える)
短時間の間に、小夜子は考えをまとめていた。
普段の内向的な性格、【ホームランバッター】と初めて話した時のような、おどおどした様子からは考えられぬ落ち着いた思考だ。
昨晩【グラスホッパー】に追い掛け回された時とも違う。まるで別人のような冷静さと分析、そして決断力。
夢ではなく、現実に死が差し迫る認識のせいだろうか。
いや違う。
小夜子が愛し崇拝してやまぬ女神。彼女と明日一緒に登校するためだ。
あの「至福の十五分」を、もう一日でも守りたいという思い。
それが少女の精神を、土壇場で奮い立たせていたのである。
ぐおん!
轟音とともに青い炎に包まれた何かが、小夜子の五メートルほど先、陳列棚の左側を猛スピードで貫通し、引き裂き、さらにやや奥側、中央通路すぐ手前の右側陳列棚へと突っ込み、砕きつつ飛び去っていく。
彼女から見れば左前方から右側さらに前方へと斜めに貫通していった形だ。線を結んで伸ばせば、飛んできた場所はおそらく【ホームランバッター】が先程いたレジカウンター群の端のあたり。飛来した物は、考えるまでもなく彼の「打球」であろう。
衝撃と風圧で転びそうになるのを、咄嗟に踏ん張って堪える小夜子。
「……くっ!」
【ホームランバッター】が打ち分けに失敗したのか、それとも位置を予測して打ったのかは分からない。だがとにかく今回も、攻撃は外れてくれたのである。
(まだ私の正確な場所は見られていないはず! 当てずっぽうで打っているんだわ)
とはいえ【ホームランバッター】が最後に小夜子を見た位置から推測し攻撃しているなら、次は第一打と今回の第二打の中間点に打ち込んでくる可能性が高い。つまりそれは、小夜子のいる位置である。
(ここに隠れ続けるのは、危険だ!)
小夜子はすぐに移動を始めた。
移動先は第二打が陳列棚に開けた穴の先、さらに先。売り場を奥と手前に二分する中央通路を越えて、店の奥側の売り場を目指す。
もし【ホームランバッター】が場所を移動していなければ、陳列棚に空いた破壊孔から一瞬小夜子が横切る姿が見えてしまうが……これはもう、仕方がない。だが「バットで打つ」という相手の能力発動条件を考慮すれば、即応は困難だ。狙われる危険性は低いだろう。
小夜子が潜んでいると【ホームランバッター】が想定するこの列に留まり続けるよりは、店奥側半分の売り場へ移動したほうが位置の特定を困難にできるだろう。そしてタイムアップまでの時間を、より稼ぎやすくなると小夜子は考えた。いや、「決めつけた」。
たとえ間違った推察でも、そうと決めてかからねば動くことは叶わない。十分な検証をしている余裕など無い。とにかく今は素早く考え、決断し、動くことが重要……とこれもまた少女は「決めつける」ことにした。
(走れっ!)
駆け出し、陳列棚の破壊された部分を横切る。
一瞬破壊孔の向こう側へ視線をやると、やはりそこには【ホームランバッター】の姿。目が合ったような気もしたが、表情までは分からなかった。
小夜子はそのまま中央通路を越えて奥側の売り場へ駆け込み、彼からの視線を完全に遮る。そしてさらにその奥の惣菜売り場まで辿り着くと、右に方向転換して二列進んでから、列の端に設けられたカップ麺の新商品特設コーナーの陰へ身を隠す。
「はあっはあっ」
これで【ホームランバッター】からは、「店の奥側へ向かった」こと以外は分からない。
彼の位置からの視界では、小夜子の向かった先が奥の右側なのか左側なのかすらも特定は困難だ。
(いける。この調子で時間を稼ぎ続ければ、いける!)
上に積まれたカップ麺を崩さぬよう、ゆっくりと売り場端の特設台に身を寄せる小夜子。
乱れる鼓動を抑えこむように、少女は胸に強く掌を押し当てるのであった。
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