第四夜:03【スカー】

第四夜:03【スカー】


 地震ではない。


 ばきっ! めきめき!


 木が折れ、裂ける音。それらが聞こえる度に、足元から大きな振動が伝わってくる。小夜子は、すぐに状況を理解した。


(あいつ柱を全部折って、家を壊すつもりなんだ!)


 主要な支えを失ったのだろう。構造体に悲鳴を上げさせながら、二階が傾いていく。すぐさま小夜子は窓を開け、外へ身を乗り出した。受け身に邪魔な手持ちの瓶は投げ捨て、躊躇なく窓の手摺りを乗り越え、ぶら下がり、転がるように庭へと飛び降りる。


「……つっ」


 よろめきながらもどうにか立ち上がり、崩れる家から距離をとるべく歩き出す小夜子。だが所詮は日本の分譲住宅である。庭の幅は数メートル程度しかない。すぐに彼女の身体は、隣家を隔てるブロック塀へと突き当たる。

 先程【モバイルアーマー】が打ち砕いた塀と違ってコンクリートブロックで建てられているのは、道路ではなく隣家の敷地に面する部分だからなのだろう。


 ばらばらばら。

 ががががががが。

 がしゃん! がしゃん!


 傾いた屋根から、青い瓦が雪崩を打って滑り落ちる。そのまま地面に転がるものもあれば、先に落ちた瓦にぶつかって砕けるものもあった。

 行動が遅ければ、小夜子は瓦の雨に打たれていただろう。良くて打撲、下手をすれば頭蓋骨骨折で行動不能に陥っていたはずだ。


「危なっ……」


 ぞっとしつつ眺めていると、瓦の滝ごしに一階のガラス戸から視界に入る【モバイルアーマー】の姿。台所のあたりだろうか。丁度、目前の柱を殴打するところらしい。


 めきっ!


 彼の拳が柱を砕いた瞬間である。とうとう家は自重を支えきれなくなり、一階部分を丸々押し潰すような形で盛大に崩れたのだった。



 ずずずしん……。


(アイツ馬鹿だ! 自分で潰れやがった!)


 いくら上階の敵を燻し出すためとはいえ、自ら柱を壊して回りそれで押し潰されたのでは、笑い草である。そう。相手が生身であれば、笑い話で済んだのだ。


 だが【モバイルアーマー】は塀を打ち破り家屋に衝突しても、傷一つつかぬ強固な鎧を纏った能力者。加えて、家屋の壁を容易に破砕する力をも有している。これで彼を倒せる、いいや、ダメージを与えられると思うほうが難しいだろう。

 ならば、ここからは二択。瓦礫から脱出して来たところを攻撃するか、相手が下敷きになっている間に離脱するか。


(今のうちに、隠れなきゃ)


 小夜子は後者を選んだ。

 酒瓶、ボールペン、マイナスドライバー。あれほどの防御力を持つ相手に、現在彼女が持つ武器では全く歯が立たないのは明白である。ならば一度姿をくらまして時間を稼ぎ、対策を考えるべきだろう。


(流石に脱出には時間がかかるはずよ。今のうちに、隣の家の塀を登って逃げよう)


 小夜子が踵を返してブロック塀に手をかけた、その瞬間。


 ばきばきばきばき!


 という背後からの音。反射的に振り返ると、崩れた瓦礫の山が動いているではないか。

 いや正確には倒壊した家の一部が、横へと押し出されているのだ。埋もれた【モバイルアーマー】がまるで土砂を押し分けるブルドーザーの如く、瓦礫と化した家屋をまるごと横へ押し退けているのである。


「ウッソでしょ!? どんだけ馬力あるのよアイツ!」


 驚愕のあまり叫び声を上げる小夜子。

 しかしその間にも、瓦礫の山は動き続けていた。【モバイルアーマー】が押し分けて脱出してくるのは、時間の問題だろう。

 すぐに向きを変え直し、塀に手を掛ける。道に出ないのは、視界が開けすぎているからだ。もし道路に出たところを見つかってしまえば、あの奇っ怪な走りで追いつかれるのは間違いない。


(あの速度は洒落にならないわ)


 百メートルの距離を、数秒足らずで詰められるのである。そのことへの恐れが、車道へ出る選択肢を彼女から奪っていた。そのため、直接隣家へと向かうのである。


 ブロック塀の高さは、小夜子の身長よりも二十センチ程低い。上部に手を掛けつつ飛び上がり、よじ登る。足場がないため非力な小夜子は体を押し上げるのに難儀したが、それでも何とか、塀を乗り越えることができた。


 すぐに隣家家屋への侵入経路を探し始める小夜子。

 とにかく、一刻も早く隠れたい。モバイルアーマーが瓦礫から出てきた時に、視界外にいることが肝要なのだ。


(だめだ、雨戸が閉まっている!)


 防犯のために戸締まりされていたのだろうか。この家の窓は、全て雨戸が閉められていた。これでは、窓を割って侵入することなどできない。


 小夜子はこの家に隠れるのはすぐに諦め、もう一軒隣へと進んでいく。反対側のブロック塀とその向こうの生け垣をも乗り越え、二軒目の隣家に転がり込んだ。

 だが、その家も雨戸が閉まっているではないか。一瞬どうにかして開けられないかと考えたが、そんな時間も道具もない。


「ああもう! 雨戸ってホントに防犯効果があるのねクソ!」


 心の中で感心し毒づきながら、さらに隣へ進む。生け垣の隙間からこれまた隣の塀によじ登り、敷地へと侵入する。

 今度の建屋は北米風の小洒落た家だ。ツーバイフォー工法の輸入住宅だと思われるが、当然小夜子にそんな知識はない。ただ分かったのは、


(雨戸が無い!)


 ということである。輸入住宅のためだろう。その家のガラス戸にも窓にも、雨戸らしきものは見受けられなかった。


(二軒も間を空けてあるし、姿を隠すのには丁度いいわ!)


 おそらく今頃は、【モバイルアーマー】も瓦礫から脱出しているだろう。だが抜け出てきたとしても、彼は下敷きになっている間に小夜子を見失っている。どの方向へ逃げたかすら、分からないはずだ。

 仮にガラスを割る音が届いたとしても、これだけ沢山並んだ家々から、割れ窓を探して回るのは手間がかかる。つまりはかなり高い確率で、時間が稼げるに違いない。


(できるだけ道路から見えにくいトコを選んで……)


 傍目には完全に空き巣だが、四の五の言っている場合ではない。目星をつけた小夜子は庭の花壇に使われているレンガを拾って、ガラス戸の鍵付近を殴りつける。ばりん、と音がして穴が空き、透明な破片が飛散した。


「よし、これで入れる」


 だが小夜子が鍵へと手を伸ばすと同時に、


 じりりりりりりりりりりん!


 周囲に鳴り響く、けたたましいベルの音。

 窓に取り付けられていた、防犯装置の仕業である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る