第五夜:07【ハートブレイク】
第五夜:07【ハートブレイク】
青い力場に包まれ飛来したそれは、確かに河内樹里亜を直撃するはずであった。
だが手をかざした彼女の眼前にてその物体は細かく分解され、塵と化す。風圧だけがウェーブの掛かったセミロングの茶髪と短いスカートをなびかせ、揺らめかせた。
【ホームランバッター】の「打球」は、樹里亜の能力【ハートブレイク】によって分解されたのである。
(んー、ヴァイオレットの言う通り、あの攻撃は中の物を分解しちゃえば、周りのバリアも消えちゃうのね! なら、ダイジョブダイジョブ!)
唖然とする【ホームランバッター】へ向け、樹里亜はポーズをつけて、
「いえいっ!」
とウインク。
「気をつけてよねぇ~。そんなに風を起こしたら、ヘアスタイルが乱れちゃうじゃない?」
指で自身の前髪を弄びながら微笑み、言った。
「ち、畜生っ!」
それを見た【ホームランバッター】は自身を鼓舞するように唇をきつく噛むと、素早く間合いを確保する。死線をくぐった数度の戦いが、彼の精神を闘争へと順応させているのだろう。
「時間かかっちゃうから、逃げちゃダ~メ。汗をかくとメイクも崩れちゃうし~」
ぺろり、と舌を出す樹里亜。【ホームランバッター】はそれには反応せず、踵を返し素早く走り去る。
「ああん」
残念そうな声を上げつつも、焦る様子はまるでない。樹里亜はゆっくりと歩き出し、彼の後を追う。まるでファッションショーのモデルのように、一歩一歩を強調しながら……戦場であるグラウンドの端へ、緩やかに、そして確実に追い詰めるために。
「ねえ、待ってってば~」
距離を置き続ける【ホームランバッター】は度々「打球」を打ち込むが、樹里亜の【ハートブレイク】には全く通用しない。
一発。命中。霧散。
二発。外れ。
三発。命中。四散。
四発。命中。消失。
ぐるぐると回りながら何度も繰り返すうち、【ホームランバッター】はグラウンド際のフェンス、その角まで追い詰められていく。
「うっ……!?」
呻く少年。フェンスはこの対戦領域の端であり、乗り越えることはできない。越えれば即、死が待っている。
「ね、ハグしよ! ハグ! フリーハグって知ってる? あれやろうよ!」
ニコニコとしながら、両手を広げる樹里亜。それから目を細め、愉しそうに言葉を繋げた。
「……この位置ならもう、逃げられないからね」
それを聞いた【ホームランバッター】が、覚悟を決めたように目を見開く。そして彼は素早く右手で地面を掻くと、砂を掴み樹里亜へと跳ね上げたのだ。
ぶわっ。
広がって迫る砂。反射的に樹里亜は顔を背け、手と腕で自らの視界を塞いでしまう。本能的な反応を利用した、【ホームランバッター】の攪乱である。少年は土壇場でもなお踏みとどまり、反撃方法を探る精神力をこれまでの戦いで手に入れていた。
「きゃっ!?」
よろめく樹里亜。
それにより生まれた隙を、【ホームランバッター】は見逃さない。運動少年らしい瞬発力で駆け寄り斜め前にステップ、そこへもう一度ステップを重ねて、あっという間に樹里亜の背後へ回り込んだのだ。
そして彼女が顔を覆っている隙に、背中から全力で【ホームランバッター】の能力を樹里亜自体に叩き込む!
「これでッ!」
【スカー】との対戦時に発想を得た、【ホームランバッター】の奥の手である。当たればどんな相手でも一撃で勝負がつく、逆転の大技だ。彼はこの技で既に四回戦の相手【マンモスメン】を葬り、実証を終えていた。
「あんっ」
跳ね上がった砂が、空中でさらに細かく分解されていく。しかし樹里亜はまだ、顔を覆って動きを止めたままだ。完全に死角となった背後から【ホームランバッター】必殺の一打が襲いかかり……そして当たる直前に、金属バットのほとんどが消失した。
「なっ!?」
全力で空振りしたために体勢を崩し、膝をつくホームランバッター。そこへ樹里亜がくるりと向きを変え、
「つ~かま~えた!」
と右手首を掴み、引き寄せる。
次の瞬間だ。【ホームランバッター】の腕が塵と化し、四散したのは。
肩から血が噴き出す。肉と骨が露出する。今まで経験したことのない痛みに、少年は悲鳴を上げた。
「えいっ!」
続いて樹里亜は彼の右足へ手を伸ばし、同様に分解。【ホームランバッター】がまた、悲痛な声で叫ぶ。
「馬鹿な! そんな馬鹿な! 確かにっ! 確かにお前の能力はっ! お前のっ!」
それを聞いた樹里亜は「うふふ」と軽く笑い、彼へ向けて告げた。
「ゴメンね~、私は、スペシャルなの」
そして狂乱の声を上げ続ける【ホームランバッター】へ両手を差し出し、続けて呼びかけたのである。
「さあ。私とハグしましょ」
【ホームランバッター】の瞳に、残酷な笑みを浮かべて迫る少女が映っていた。
◆
『Bサイド【ホームランバッター】の死亡を確認しました! 勝者はAサイドの【ハートブレイク】! おめでとうございます、ヴァイオレット=ドゥヌエ監督者!』
AIアナウンサーの声を聞きながら、樹里亜はゆっくりと髪を掻き上げる。誇らしげに、自慢気に。彼女の耳にはまるで、勝利を讃える視聴者の歓声が聞こえているかのようであった。
(明日は不戦勝で休みだってヴァイオレットが言うから、ついつい張り切って視聴者サービスしちゃった)
でもしょうがないよね、と心の中で呟き続ける。
だって未来の人気者としては、番組を盛り上げる、こういうアピールはとーっても大事なんだもの。いやーん、なんて気配り上手なの、私!
「うん! やっぱり私ってば、とーっても、スペシャル!」
一人はしゃぎ続ける彼女の耳を、アナウンサーが読み上げる声が右から左へと抜けていく。
『六回戦は明日の午前二時から開始となります。監督者の方も、対戦者の方も、それまでゆっくりとお休み下さい。それでは、お疲れ様でした!』
終了を告げる、聞き慣れた通知。あと幾度か告げられる、約束の通知。
愉しげにポーズを決めていた樹里亜の意識は、やがて暗転し闇へと落ちていくのであった。
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