第五夜:06【スカー】
第五夜:06【スカー】
振りかぶって。
振り下ろす。
持ち上げて。
叩きつける。
繰り返し、それを行う。
その度に「ごきり」「ぐちゃり」という湿った音が、赤く照らされた周囲に響いていた。
まだか。
まだか。
まだなのか。
胃からこみ上げる熱いものを必死に抑えつつ、小夜子は「作業」を続ける。
ぱんぱかぱぱぱぱーん。
やがて、幾度目かの貧相なファンファーレ。
『Aサイド【アクセレラータ】死亡! 勝者はBサイド【スカー】! キョウカ=クリバヤシ監督者、おめでとうございます!』
(終わった)
ハンマーを下ろし、杖代わりにして体重を預ける小夜子。両膝はがくがくと震え、彼女自身を支えきれない。締め付けから解放されたかのように、肺腑が荒い呼吸を繰り返した。
(うまくやれた)
戦場に恵まれた。
夜間だったのは大きかった。
武器にも困らなかった。
罠の材料も、十二分に手に入った。
考察のため、相手能力を発動させることにも成功した。
何より、相手との相性が良かった。
(……とにかく、色々な条件が揃ったおかげだわ)
そのことに感謝しつつ、ハンマーを強く握りしめる小夜子。
途端、相手の頭蓋を打ち砕いた感触が手に蘇り、再び酸味が口まで押し寄せる。人を殺めた実感は、【モバイルアーマー】の時を遥かに上回るものであった。
『六回戦は明日の午前二時から開始となります。監督者の方も、対戦者の方も、それまでゆっくりとお休み下さい。それでは、お疲れ様でした!』
口腔まで遡ってきた胃液を感じつつ、小夜子の視界は暗転。意識は、闇へと沈みこんでいく。
◆
どくん。
心音に似た鼓動。復活する視界。嘔吐寸前で維持されていた感覚までが蘇り、小夜子の口は酸液で満たされる。
『サヨコ! 生き残ったんだね!』
部屋に帰還した彼女へ飛びつくキョウカに向けて、
「おぼるええるえええ!」
膝から崩れ落ちながら、吐いた。
『ファッキンマーライオン!』
叫びつつ吐瀉物を緊急回避するキョウカ。小夜子はそれに対し、
「……六百年後でも……マーライオンってまだあるの?」
息も絶え絶えに尋ねる。
『あるよ。シンガポールは世界大戦で核の直撃を受けず、健在だからね』
「あぁ、そう」
自分で尋ねておきながら、興味なさげに相槌を打つ小夜子。
そして少女はすー、はー、すー、はー、と数十秒かけて呼吸を整えた後、
「【対戦成績一覧】」
と荒く、低い声を発した。
すぐに小夜子の眼前へ、投影されるいつもの画面。生存者は白地に黒字の枠。脱落者は黒地に白字の枠。それらが、彼女には分からない規則性で並んでいる。
(少ない)
昨日見たものと比べても、生存者の枠はぐっと減っていた。そのことが、小夜子の不安を掻き立てる。嘔吐による消耗からではなく、恐怖と焦燥が彼女の呼吸を乱し、鼓動を早めていた。
一覧に【ガンスターヒロインズ】の名前はない。
小夜子は震える右手を左手で懸命に支えながら、画面を下へとスクロールさせた。
動かして、止める。視線を走らせて、また指でなぞる。それをもう一度。
「あっ」
対象を発見したのだろう。小夜子の視線が止まり……やや動いた後、大きく見開かれた。
そして、
「うううううう!」
悲痛な呻きを上げながら、少女は額を床に打ち付けたのだ。
口を押さえ、声を必死に殺しながら。涙を溢れさせて。
「嘘よ。嘘よ。嘘よ!」
何度も何度も何度も。彼女は、フローリングへ額を叩きつけていた。
尋常ではないその様子に、ある可能性を察したキョウカ。すぐさま小夜子の側へ飛び移り、投影された画面に視線を移す。
『まさか、エリ=チャンが!?』
慌てて一覧を上から順に確認し、ついにキョウカは対象へ辿り着く。
能力名【ガンスターヒロインズ】。監督者レジナルド=ステップニー。
その枠の色は……。
……白地に、黒の文字であった。生存を示す希望の配色だ。
キョウカはふぅ、と胸を撫で下ろし、床に伏したままの小夜子へ向けて言う。
『何だよ、エリ=チャンはちゃんと生き残っているじゃないか。質の悪い冗談は止めてくれよ!』
だが小夜子は顔を上げない。いやいやとでもいうかのように、床に額をつけたまま首を振る。そしてその姿勢で右手だけを上げ、画面を指差したのだ。
『だからエリ=チャンは生き残っているってば! 見間違えでもしたのかい?』
再び首を振る小夜子。指はまだ、画面を差している。
『ひょっとしてエリ=チャンじゃないのかい? じゃあ、何だっていう……』
そこまで言いかけたところで、キョウカはびくりと動きを止めた。もう一度一覧を注視して、気付いたのである。小夜子のその、押し殺された慟哭の理由に。
能力名【ガンスターヒロインズ】。監督者レジナルド=ステップニー。
対戦成績、一勝〇敗四引き分け。
……長野恵梨香が、人を殺したのだ。
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