第二日:04【御堂小夜子】

第二日:04【御堂小夜子】


『ありがとうねサヨコ! おかげで加点して貰えたよ! いやぁ、まさか生き延びるだけじゃなく、相手の自滅とはいえ、勝ち点を貰えるなんて思いもしなかった!』


 耳からではなく、頭に直接入ってくる声。大げさな身振り手振りを交えながら、まくし立てる姿。何から何まで、昨晩の夢と同じだ。


『もうこれで僕の試験はオシマイだと思って、あの後すぐ接続を切って不貞寝しちゃったんだけどさ! あ、でもちゃんと後で対戦記録は見ておいたよ! どうやら【グラスホッパー】は高く跳躍する力と、そして力場を発生させて落下の衝撃から本人を守りつつ周囲を破壊する能力だったみたいだね。彼女はそれを「相手を踏み潰す」という攻撃に利用しようとしていて、その運用は概ね正しかったのだけど、どうも力場は跳躍の上で落下という過程が必要だったらしくて、それで足を滑らせて転落したあの時には、力場の保護が働かなかったみたいなんだ! まあ、これは僕の分析なんだけどさ』


 興奮した様子で一方的に喋り続けるキョウカ。小夜子はそれに対し何も答えない。ただ蒼白な顔で、額を鷲掴みにしながら床へ座り込んでいる。


「どうしよう、こんなモノが見えるなんて。ついに私、どこかおかしくなったんだわ。そりゃあ前から自分がまともだなんて思ってなかったけど、こういう形でおかしくなるなんて、予想もしてなかったのよ。クソ」

『サヨコは相手の自滅を誘っての行動だったのかな? 「策士」ってやつ? ハハ、それはないかー。対戦記録を見ても、そんな感じじゃあなかったよね!』

「どこか病院に? いや、でもお父さんが帰ってきてからじゃないと……お願いしてどこかのメンタルクリニックに通わせてもらうとか……ああでも、そんなの嫌だわ」

『この調子で後何回戦か、逃げ延びてくれると嬉しいな! そうすれば僕の成績にも、さらに加点されるし。最終的に生き残る順位が高いほど、好成績高評価なんだ』

「それにえりちゃんにそんなのバレたら、何て思われるかしら。嫌。そんなの嫌」

『テレビ局からの賞金が増えるのも正直ありがたいね。でもまあ優勝しなければ大し……』

「黙れ羽虫!」


 振りかぶってハンガーを投げつける小夜子。

 だがハンガーはキョウカの身体をすり抜け、ベッド脇の壁に命中。小さな傷を作って跳ね返ると、音を立てて床の上へ落ちた。


『ヒューッ!』


 そうしてここにきて小夜子の様子にようやく気がついたのだろうか。キョウカは「にこり」とわざとらしい笑顔をみせてから、首をゆっくり横に振る。


『大丈夫だよサヨコ。君はおかしくなんかなっていない。僕が保証する』


 あやすように語りかける妖精モドキに対し、小夜子は「黙れ」と頭を抱えつつ拒絶する。


『いいかい、落ち着いて。これは現実のことさ。夢でも何でもないし、君のバイタルもメンタルも正常だ。観測数値にも出ている。まあ……ちょっと興奮状態にはあるけどね』

「うるさい」

『だから落ち着いて欲しいな。そうやって喚いても僕は消えないし、話を聞いておかないと、君は死んじゃうんだよ?』

「……うるさい」

『確かにこの時代の君らの発展途上な科学技術では、理解できない事態かも知れない。だけどちゃんと理由もあるんだ。聞いてみても、損はないんじゃないかな』

「……るさい」


 俯いたままの小夜子。声がか細い。

 その様子を見たキョウカは『やれやれ』と肩をすくめ、語りかけるのを止めていた。


 ……そのまま数分間を経て、ゆっくりと顔を上げる小夜子。


 顔を伏せ幻覚が消えるのを待っていた彼女だが……その期待を裏切るように、眼鏡越しの瞳には忌まわしい羽虫の姿が未だ映っている。諦めたような、溜め息。


『落ち着いた?』


 小夜子は顎を上げて天井を見上げ、三回の深呼吸の後で視線をベッドへと戻す。そして妖精へ顔を向け直し、答えたのであった。


「落ち着いたわ」



 台所の冷蔵庫から持ってきた五百ミリペットボトル内の炭酸ジュースを四分の一ほど一気に飲み干し、フローリングの床へどん、と置く。


「で、未来から来たって?」


 あぐらをかいた膝に肘をのせ、頬杖をつきながら尋ねる小夜子。


『そうだよ』

「いつの未来から来たわけ? 二十二世紀?」


 小夜子はまだ、これが自身の狂気が創りだした妄想という線を捨てきっていない。相手に対する態度は、ぞんざいだ。


『へえ、ヘルムートの奴が「この時代の日本人に未来から来た話をしてみな、高確率で二十二世紀って言うだろうぜ」って話していたけど、まさか本当にそう言われるなんてね! ハハハ!』


 何がそんなにおかしいのか、腹を抱えのけぞって笑うキョウカ。

 傍から見れば妖精がはしゃぐ愛らしい姿に見えなくもない。が、その声も笑いかたも、今の小夜子には全てが不愉快であった。


「なんでコイツこんなに偉そうなのよ……」

『……で、なんで二十二世紀なの?』

「さあね。未来デパートにでも聞いてくればいいんじゃない」

『デパートメント? ふーむ? また後で調べてみるか。ちなみに僕たちが来たのは二十七世紀。君の予想よりも、大分後だね』


 六百年程先の未来から来たのだと言う。


(六百年……こっちで六百年前なら鎌倉? いやあれは千百八十五年開始? だからえーと室町? 戦国? まだ鎌倉? ……まあ、そのあたりに私が行くようなものか)


 室町時代の人間に飛行機や自動車、インターネットやスマートフォンの話をしても、脳内に描いてもらうことすら困難であろう。

 せいぜい魑魅魍魎や天狗の所業と解されるのがオチだと思えば、遥か未来から来たと称するキョウカがどうやってこの状況を実現しているのか……ということに現在の知識で理解を試みるのは徒労ではないか。小夜子は、そう思えてきた。


(こいつらの時代からすると、私たちは未開の野蛮人扱いなのかもしれない)


 少ないやり取りだけをとっても対等に見ているとは思えないし、そしておそらく現実、対等の立場ではないのだろう。


「で、その未来人様が何の用事なの」

『これはね、学校の試験。授業の一環なんだ』

「あんた学生なの?」

『大学生だよ。まぁ飛び級しているから、君と大して年齢は変わらないさ』


 キョウカは、肩をすぼめてウインクしてみせる。

 その仕草に苛立ちつつも、小夜子は


(六百年先でも大学とか、普通にあるんだな)


 などとぼんやり考えていた。


『僕はファイスト州立大学で、教育運用学を学んでいるんだ』

「州? アメリカ人なの?」


 州による連邦制国家は世界中に沢山あるが、小夜子の知識ではアメリカ合衆国くらいしか分からない。


『うん? そうなるのかな? ああ、うん、そうだね。僕の時代だとユナイテッド・ステイツ・ノーザンっていうけどね』

「国名、変わるんだ」

『第四次、五次世界大戦で核兵器が使用されて、世界的に環境がかなり荒廃してね、北アメリカ大陸全土と西ヨーロッパ、あとアジアの一部が人類社会再建のために合流したのが、そのきっかけだそうだよ。もっとも僕が生まれる、ずっとずうっとずーっと前の話。歴史教科書の世界さ』


 さらりととんでもない未来図を語る。が、冷戦も核軍拡競争も知らない世代の小夜子は核戦争に対し特に思うところはない。これに関しては、大して興味を示さなかった。

 だがアメリカ人、大学生、授業、飛び級……これらは彼女の理解の範疇にある単語だ。時代や環境は大きく異なるかも知れないが、相手も同じ人間であるという再認識は、少女の精神を落ち着かせるのに大きく影響した。


「未来のアメリカ大学生が、わざわざテストをやりに二十一世紀の日本へ来たの?」


 小夜子の問いかけに対し、キョウカは勢いよく頷いて答える。


『うん! それと、テレビ局の番組撮影のためさ!』


 SFじみた世界から急激に下世話な話へ転落したことに、少女は軽い目眩を覚えていた。

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