第二日:05【御堂小夜子】

第二日:05【御堂小夜子】


「……テレビの番組?」

『うん。ほら、大学の研究室が民間企業と協力して研究、開発、商品化を行うというのは君らの時代でもあるだろう?』


 小夜子もそういう話には聞き覚えがある。食品だの化粧品だの医薬品だのに、大学で研究した素材を企業が商品化した、というニュースは今までにも何度か目にしていた。

 だが【教育運用学】……そんなものは聞いたこともないが……は、おそらく人間を使って何かをする学問なのだろう。そんなものが果たしてテレビ局にとって連携する意味があるのか。小夜子には、想像がつかない。

 率直にそのことをキョウカに伝えると、


『エンターテイメント! そしてヒューマンドラマだよ! 何の変哲もない少年少女たちが突如放り込まれる極限的状況! それを僕ら監督者が時には優しく、時には厳しく接し、勝利へと導いていく!』


 天井間近をくるくると飛びながら答えてきた。


「安っぽい、やらせのドキュメンタリーみたいね。テレビ番組でそういうのよくあるじゃない? ……ああ、テレビの番組か」


 苦々しげに感想を述べ、ペットボトルに口をつける。


『んー、僕もそう思うよ? そしてそれは視聴者の皆も思うことさ。ただ、これは大学の授業と連携しているからね。脚本があるわけじゃないし、君たちが勝ち抜くことで授業成績に加点されるから、僕ら監督者側も大真面目で取り組む。やらせじゃない、本気の競争、本気のドラマが観られるのさ』

「あのさ」


 唇から離したペットボトルを床に置いて、キャップを閉めながら小夜子が言葉を挟む。


「さっきから大学とか授業とか試験とか言ってるけどさ。それと私が何の関係があるの? 何で私が、アンタの成績に影響するの?」

『そりゃあ至って簡単、シンプルな理由だよ』


 ふわり、と小夜子の前に降りるキョウカ。


『対戦者の君が死ぬと、今回の僕の試験はそこでオシマイだからね』


 死ぬ。

 そのフレーズを聞いて表情を強張らせた小夜子に向け、キョウカが語り続けていく。


『サヨコ、君は昨日の晩の【グラスホッパー】との対戦が、夢だと思っているのかい? 夢だとして、今話しているこの僕と繋がりがないとか、まだ考えちゃうのかい?』


 脳裏に蘇る、昨夜の悪夢。

 対戦? あれは戦いなどと呼べるものではない。理不尽に襲われて、一方的に追い立てられて、そして相手は勝手に足を滑らせて、死んだのだ。

 そう、死んだのである。


 折れた腕から突き出た骨、曲がった首。頭蓋骨が砕けて膨らんだ頭部。どれも、小夜子が見てしまったものだ。

 その光景が夢扱いから現実の記憶へと変化した瞬間、少女の口から胃液と炭酸飲料が混じったものが「ぴゅ」と飛び出した。

 彼女は咄嗟に口を押さえて全てが漏れ出るのを防ぐと、部屋の角まで這いずってからゴミ箱に顔を埋める。


「おげぇぇぇ」

『汚いなぁ』


 堪えていた胃の中身を小夜子がゴミ箱へ吐き出し続けるのを眺めつつ……キョウカは腰に手を当てて溜め息をつき、やれやれといった体で首を振った。動きにあわせて、細かな光の粒子がショートヘアからキラキラと散らばり、消えていく。


『まだまだこれは続くんだよ? そんなことで、この先どうするのさ』



『落ち着いた?』

「……落ち着いたわ」

『何か、さっきも同じようなやりとりしたよね』

「アンタと話していると、また吐きそうだわ」


 ゴミ箱から顔を離し、キョウカの前までまた這いずって戻る小夜子。

 本来ならすぐにゴミ箱のビニール袋を縛って始末をつけたいところだが、そんな気力も湧かなかったし、「また吐きそう」というのは嫌味だけの意味ではない。部屋が胃液臭くなるのは、この際我慢である。


「説明、続けなさいよ。後でひっぱたいてやるから」

『それは無理だけどね。まあ【教育運用学】ってのは、人を如何に教育し人材として活用していくか、という学問なのさ。もっと端的に言えば庶民を上手く誘導したり、労働者をいかに従わせるかを学ぶ、そんな勉強だと思ってくれていい』

「えらっそーに」


 ティッシュで口周りを拭いながら、忌々しげに小夜子が呟く。


『偉いのさ。実際これを学んでいるのは富裕層、上流階級の子弟がほとんどでね。一般庶民じゃ余程優秀な遺伝子を持つか、政府や企業から推薦を受けるなり強力なツテでもないと、この手の学部を受験することすらできない』

「クソね」

『もう僕らの時代になると法律も金融も経営も軍事も、必要なロジックや知識は全て機械がサポートしてくれるんだ。人間が何年もかけて知識を詰め込んだり、一生懸命に条文の勉強をしなくても、機械がその辺を全て補ってくれる』

「いかにもな未来ね」

『そうかい? だが人間の扱いは、そうはいかない。心理的なものや情動的なものが絡むと、人工知能ではどうしても最適解を出すことができない。「できなかった」んだ』


 腕を組み、一人頷きながら妖精は話し続ける。


『一通り人工知能が発達した社会を経て人類が導き出した答えは、所詮、機械が生み出す言葉は統計と確率論に過ぎない、ということだったのさ』


 難しいものだ、と言わんばかりに肩をすくめるキョウカ。


『だから僕たちの時代で人の上に立つ階級の子弟は、人間のマメジネントについて学ぶのが常なんだ。【教育運用学】の学部は、人の動かし方について学んだり、実践したりするための、指導者育成コースの一つなんだよ』


 自慢気に上半身をのけぞらせながら、妖精姿の大学生は語る。

 そんな増長した羽虫を疎ましげに睨みつけながら、小夜子の脳内では一つの仮説が組み上げられていた。

 右手を挙げてキョウカの発言を制しつつ、口を開く。


「ひょっとして、いやひょっとしなくてもさ」


 あまりにも下衆で、とても醜悪で。しかし人類の歴史上で、間を置いて形を変えて、何度も類似のショウが行われてきたことは、小夜子でも知っている。


「アンタたちは学校授業の一環で私たちを戦わせて、その成績が試験結果として反映される。で、テレビ局はその戦いを刺激的なドキュメンタリー番組にして放送する、っていう馬鹿なことをしてるわけ? 【グラスホッパー】みたいな能力を持った者同士の殺し合いで、お茶の間を賑わせるつもりなの?」


 オゥ、と言いながら両手を挙げて、感嘆の意を表すキョウカ。


『察しがいいね! 君みたいなナード(オタク)ガールに、そんな洞察力があるとは思わなかったよ。んー、むしろナードだからこその想像力なのかな? いや失礼。馬鹿にしているわけじゃあないんだ。ちょっと驚いただけさ』


 望んでいなかった肯定を受け、小夜子の背筋を冷気が伝う。

 この自称未来人は、自分たちを玩具にするつもりなのだ。そして昨夜のように戦わせて、殺しあわせて……。


(殺しあわせて?)


 少女は再び込み上げてくる胃液を、喉元で無理やり押し返す。


「ちょっと待って。アンタたちが未来人だとしてもさ、未来の人間が過去に干渉するのはまずいんじゃないの? 私、漫画でそういうの、読んだことあるわ。過去の人物を殺したりすることで未来が変わってしまうお話。だからタイムマシンのある未来では、歴史を変えないようにタイムパトロールがそういうのを見張ってるんだって」

『タイムパトロールぅー? んー? ああ、勿論時間犯罪を扱う類の機関は今でもあるよ。過去の改変なんかできちゃったら、現代社会に影響が出かねないからね』

「じゃあ私たちを殺しあわせるなんて、問題になるんじゃないの!? アンタたち犯罪者よ!?」

『いやそれはない。これは犯罪には当たらない。むしろ僕らの行動は、君たちに救いの手を差し伸べに来た慈善活動と言ってもいい』

「なんでよ!?」


 声を荒げる小夜子の顔を見つめながら、キョウカは待っていましたとばかりに答える。


『君たちは、未来に繋がっていないからさ』

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