第二日:03【御堂小夜子】
第二日:03【御堂小夜子】
小夜子は、昼食は一人でとっている。彼女は二年一組、恵梨香は二年三組。学年は同じでも、クラスが違うからだ。
もっとも同じ組だったとしても、小夜子は幼馴染みに配慮して一緒に食べるのは避けるだろうが。
スクールカースト最底辺の小夜子が、学年最上位に位置する恵梨香と一緒にいて周囲の顰蹙を買うのも問題だが……それよりも小夜子のために恵梨香が気を遣ったり、周囲を牽制させたりするのを避けたい、というのが一番の理由であった。
万が一にも、恵梨香の立場を悪くする危険など冒せない。
そんな理由に加え根暗で内気な性格のせいで友人もいないため、小夜子は昼休みをいつも一人だけで過ごしていた。
もそもそとパンを口に入れ、流しこむようにパックジュースをストローで吸い込む。味気ない上に単調で不味い食事だが、弁当を作るのは面倒だし、そもそも作る技術がない。
学校にスーパーやコンビニの弁当を持参するのも流石に躊躇われるため、妥協点として毎日これで済ませているのだ。
「ミドブ」
そんな昼食を八割方終わらせた頃である。ショートボブの髪をした、やや目つきのきつい少女が小夜子の席へ近づいてきたのは。
大分類すれば美人のカテゴリーに収まるだろう彼女は、同じクラスの生徒で中田姫子という。小中を、小夜子や恵梨香と同じ学校に通った人物だ。
その後ろに立つのは佐藤と本田。これは高校に入ってからのクラスメイトだが、姫子と合わせこの三人でつるんでいるのがよく見受けられた。有り体に言えば、取り巻きである。
姫子は軽く小夜子の机の脚を蹴り飛ばすと、
「相変わらずショボい食事してるわね。何それ。『あさがおマート』で買ってきたやつなの? 弁当くらい、家で作ってもらいなさいよ」
にやにやと頬を歪めながら言い放つ。
ミドブ、というのは小夜子の姓の御堂にドブを引っ掛けた「あだ名」である。命名者は小学生の時の姫子なのだが……小夜子自身には特別ドブに関するエピソードは無いので、眼鏡の少女はそれをいつも不思議に思っていた。
具合が悪いのを我慢して登校し、学校で吐いたことは二度ほどあるので「ゲロ」ならまだ分かるのだが。単に、語感だけでつけたのだろうか。
何にせよ彼女らが小夜子に対し碌な感情を抱いていないことは、その物言いと態度から明白であった。
先程机の脚を「軽く」蹴ったのにしても、強く揺らして食事が撒き散らされでもしたら痕跡が残り問題になるため、という判断に違いない。その辺の狡猾さや性根の醜悪さも、小夜子にとっては不愉快以外の何物でもなかった。
勿論表面には出さない。そんな度胸も無いし、なにより問題化して恵梨香を心配させたくはないからだ。
「あ……う、うん。中田さん。ウチは母親いないから」
「ああ、男作って逃げたんだっけ?ごめんごめん」
心を抉る一撃をいれてやった、というしたり顔で姫子はふんぞり返る。
俯き加減の小夜子は相手の足元を、黙って眺めていた。
小学校高学年くらいからだろうか。
姫子が事あるごとに小夜子を罵り、威圧するようになったのは。
(大昔はえりちゃんと一緒に、私とも遊んでたのにな)
中学ではさらに露骨に嫌がらせをしてくるようになり、一度はクラスの女子に根回しして小夜子を学級ぐるみでいじめようとしたことすらあったのだ。
もっともこれは恵梨香に感付かれ、彼女が小夜子の援護に入ったことで逆に姫子が窮地へ立たされかけたのだけれども。
そのことで一目置くようになったのかは分からないが……恵梨香の知覚する範囲だけでは、不遜な姫子も小夜子へ手出しをしてはこない。だが今は不幸にも、別々のクラスである。
「ごめんねミドブ、思い出したくないこと思い出させちゃって」
高校入学以降は目立つ仕掛けをしてはこないものの、姫子の小夜子に対する敵意は年を追うごとに増しているようにすら思われた。
威圧と嫌味はほぼ毎日だ。今回の行動も、彼女の中で蓄えられた悪意の発露なのだろう。だが立場と気の弱い少女に過ぎない小夜子は、姫子から向けられる敵意に対し、ただ萎縮するしかない。
頭の中では色々と考えられても、現実に反映できるかどうかは全くの別問題なのだから。
「う……」
言い返す術もなく、眼鏡の少女がただ小さく呻く。姫子はそれを見て、気分良さげに取り巻きと去って行った。それを横目で見ながら、解放された安堵で小さく溜め息をつく小夜子。
悪意を振りまくことに熱心な人間というのは、実際いるものだ。
◆
午後の授業も終えて、帰り支度を始める小夜子。
朝と違い、帰りは恵梨香と待ち合わせをしない。
恵梨香は生徒会の仕事で遅れる時もあるし、そのまま塾に行く日もある。それに他の生徒たちが誰かしら一緒にいるため、小夜子がそこへ割り込む余地は無いのだ。
帰りのタイミングを恵梨香に合わせ、家の近くの「十五分ゾーン」で一緒になるよう後をつけていくことも可能だが……いざやってみると、これはなかなか難しかった。
かといって放課後の学校で恵梨香を待つ居場所は、小夜子には無い。図書室で待つのもいいが、それだと恵梨香の下校時間が分からない。SNSやメールでタイミングを教えてもらうというのも、結局気を遣わせることになる。
かつ今日の恵梨香は生徒会の集まりがある様子なので、小夜子はそのまま大人しく帰宅することにしたのであった。
スーパー「あさがおマート」に寄り道して夕食の弁当とレトルト食品、翌日昼食用のパンを買う。ルーチンワークに近い、いつもの行動。
身体には良くないし面白みも無いが、手間が掛からないということで目を瞑っておく。そもそも健康に気を遣うといっても、小夜子は自身に未来があるとは思っていないのだから。
昨晩の夢のような理不尽な死に方は御免被るものの、残り時間は一年半だけなのだ。恵梨香と一緒にいられる一年半。それだけ生きていられればいい。
小夜子は、そう考えている。
◆
小夜子は「ただいま」とは言わない。ただドアを開けて、家に入るだけ。小学生の頃から、何度も繰り返された光景だ。
靴を脱いで揃えもせず上がり、廊下を通って台所へ。スーパーのビニール袋をテーブルの上に置き、弁当を取り出して冷蔵庫へ入れる。パンはテーブルの上に放り出し、レトルトはビニール袋に入れたまま放置した。文句を言うであろう父は、出張でしばらく帰ってこない。
留守電をチェック。録音無し。これもいつも通り。
それからトイレを済ませて二階の自室へと向かう。階段の五段目と八段目が妙に軋む音をたてるが、毎度のことだ。
二階の自室前、ドアを開けて入る。勉強机の脇へ通学バッグを置く。
そして制服を脱ぐ前に壁のフックにかけてあるハンガーを手に取り、ベッドの上に放り投げる……いや、放り投げようとした。
「えっ」
寸前で小夜子の動きは、ぴたりと止まってしまう。ベッドの上にいつの間にか座り込んでいたあるモノに、気付いたためだ。
それはぼんやりとした光に包まれた、羽の生えたこぶし程の人型であった。
『やあ、お帰りサヨコ!』
見覚えのある姿が聞き覚えのある声を上げ、ひらひらと右掌を振っているではないか。
昨晩の夢で登場した、キョウカと名乗る妖精モドキだ。
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