第七夜:01【スカー】
第七夜:01【スカー】
どくん!
鼓動。そして小夜子の視界に、光が戻り始める。
(今度の戦場は、昼間か)
陽で照らされたアスファルト道路の上に立つ小夜子。普通の、ありふれた片側一車線の道路である。少し先に十字路、反対側やや遠目にも交差点があるようだ。
道路の脇には自動車修理工場や金属部品関係の小さな工場、他には倉庫とおぼしき建物や、建機を敷地内に揃えた建築会社らしきものもある。大きなトラックを何台も駐車場に並べているのは、運送会社か。
どうやら比較的小規模に用地は区切られていて、看板を見るに地場企業が多く入っているらしい。高校生の小夜子には縁の無い……建築業や工場、運輸業向けに用地を整備した、工業流通団地。その一角のようであった。
『空間複製完了。領域固定完了。対戦者の転送完了』
頭の中に響く、アナウンスの声。
『Aサイド! 能力名【スカアアアア】! 監督者【キョウカ=クリバヤシ】!』
小夜子の能力名、【スカー】が浮かび上がる。戦績は「四勝〇敗二引き分け」。
『Bサイド! 能力名【ハァァトブレェイク】! 監督者は【ヴァイオレット=ドゥヌエ】!』
(当たりね)
予測通り、組まれていたのは【ハートブレイク】との対戦だ。
相手の対戦成績は、「四勝〇敗一引き分け」。小夜子より一戦分ズレているのは、昨夜の不戦勝によるものだろう。
『対戦領域はこの団地の一角です。領域外への離脱は即、場外判定となります。目印となる壁面が無いので、各自でご確認下さい。対戦相手の死亡か、制限時間四時間の時間切れで対戦は終了となります。時間中、監督者の助言は得られません。それでは対戦開始! 両者の健闘を、お祈りしています!』
ぽーん。
いつもの間の抜けた音が、対戦の開始を告げる。
◆
「【対戦エリア表示】」
小夜子の視界に、オレンジ色の場外バリアが表示される。
領域はかなり広めのようだ。おそらく、三百から四百メートル四方はあるのではないか。最初に見回したように建物も多く、隠れる場所には困るまい。
それは勿論相手にも同様だろうが、奇襲を必要とする小夜子にとっては、なおさら重要な要素であった。
(まずは武器を手に入れないと)
視界内に【ハートブレイク】がいないことを確認し、手近な建物へまず向かう。
……どうやら、自動車の修理工場らしい。
日中の営業時間内に空間が複製されたのだろう。工場のシャッターは開けられており、侵入は容易であった。
中に入り少し見回しただけでも、作業中の車の脇にも、工具置き場にも……そこかしこに工具やら部材があり、武器としての調達、転用が期待できそうである。
まず小夜子が手にとったのは、バール。そこそこの重量で、攻撃力に加えリーチもある。もし逃げる場合には放り捨てるつもりで、手にしておく。
次に見つけたのは、中型のモンキーレンチ。握って、殴りやすい形状。スペア武器として、これも入手しておいた。
とても武器にならなそうな小さなスパナも数本、ポケットに入れる。投げれば【アクセレラータ】戦のように相手の能力を探る役に立つかもしれない、との戦訓だ。
他にも大小のハンマーなどがあったが、重量と収納の関係もある。とりあえずは、見送りか。
……と軽く物色したが、まだまだ工具は残っている。武器を消耗した後にまた来ても、他の道具で再武装ができるだろう。
(流石にこういう場所は、凶器には事欠かないわね)
他にも工場はあるので、今回の戦場では武器の調達で苦労せず済むかもしれない。これは小夜子にとって、前向きな材料であった。
(次に考えるべきは、相手の能力)
能力名、【ハートブレイク】。
作戦を立てていた小夜子は、事前に名前から内容を推察できないか、と辞書で調べもした。だが翻訳すると、能力名の意味は「失恋」。残念ながら、その名から性能を推し当てるのは難しかった。【ハウンドマスター】戦ではそこまで思い至らなかったが、あるいは三人娘は、能力名についての制約すら緩くしているのかもしれない。
(推理できなきゃ、探るしかないわね)
そう、一昨日の【アクセレラータ】戦のように。
小夜子自身は隠れながら相手の能力発動を促し、そこから対策を考えるべきだろう。
(そのラインでいくしかないか)
だがその時だ、女の声が聞こえてきたのは。
「【スカー】、みーつけた!」
はっとして、振り返る小夜子。
「なっ!?」
「はぁ~い、来ちゃった」
小夜子が物色している修理工場の前……道路の上に、一人の女子高校生が立っていた。
ウェーブのかかったセミロングの茶色い髪、少女でありなら厚めのメイク。スクールシャツにはベージュのカーディガンを羽織っており、グレーとホワイトを主体としたチェック柄の制服スカートは、少し風が吹けば下着が見えそうな程に短い。
そんな娘が手を振りながら小夜子へ向かい、歩き、迫ってくるのだ。
「【スカー】でしょ? 【スカー】よね~? だって、他にいるはずないものね~?」
そのあまりに無警戒な姿で、小夜子は一瞬、相手と自分が殺し合いの場にいることを忘れた。だがすぐに頭を振って呆けた自分に活を入れると、急ぎ修理工場の奥へ後退を始める。
(クソが! いきなりなの!? なんかこういうの多すぎない、私!?)
心の中で毒づく。
しかし小夜子は他の対戦者と違い、まず武器の探索と調達という準備行動が必要なのだ。そのため索敵について相手が先行する展開は、必然と言えるだろう。
「ねえ~、何か言ったらどうなの~?」
【ハートブレイク】はまっすぐ迫ってくる。
事情からいって彼女は小夜子が【能力無し】であることを知っているはずだ。とはいえこれはあまりにも無防備で、かつ強気過ぎる行動であった。
「ねえってば」
その足は止まらない。ついに、修理工場建屋の中にまで踏み込む【ハートブレイク】。
「ねえ」
小夜子と彼女の間には、様々な自動車部品や機材が置かれ、障害物となっている。【ハートブレイク】が小夜子に肉薄するならば、それらを迂回するか、間を縫って接近する必要があるのだが……しかし、彼女はそのどちらも選択しなかった。
乗用車、そして中型トラック用のインパクトレンチや各種ソケットが整理され並べられた作業机。現在それが最も、【ハートブレイク】に近い場所にある障害物だ。彼女は歩調を若干緩めはするものの、避けもせずそれに向かう。
そしてゆっくりと机に近付いた瞬間。
作業机も、上に並べられたインパクトレンチもソケットも、整理するためのプラスチックの箱までも。彼女の動きに合わせて文字通り粉々に……いや粉となり、足下へと崩れ落ちていく。
「はあああ!?」
小夜子の目が、驚愕で大きく剥かれた。顎が外れんばかりの口から漏れる、情けない声。
その様子を見て、【ハートブレイク】は気を良くしたのだろう。「フフフ」と愉しげに嗤い声を上げた。瞳には、嗜虐の光が湛えられている。
それから彼女は両手を小夜子に向かって広げ、ちろりと唇を舐めると……甘い声でささやくように、告げたのだ。
「さあおチビさん。私と、ハグしましょ?」
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