第七日:05【御堂小夜子】

第七日:05【御堂小夜子】


 帰り道の途中、あさがおマートで今夜と明日の食事を買い込む小夜子。いつもの、お決まりのルーチンパターンだ。

 しかし今日は一人ではない。新婚夫婦さながらに腕を組み、恵梨香と並んでのお買い物である。近所の奥様がたの視線が突き刺さるが、「私の面の皮は毛皮です」とでもいう気分で、彼女は無視をすることにした。


「ふんふんふーん」


 小さく鼻歌の恵梨香。食事の話題が出たところ、買い物に付き合うと突如言い出したのは彼女なのである。そのため当初は弁当やカップ麺、あとは精々野菜ジュースで済ますつもりだったものが、恵梨香の説教でサラダや惣菜、ヨーグルトまで追加されることとなったのだ。

 不健康なのか健康志向なのか、よく分からない夜食になる予定である。


 実は長野家で夕食を一緒にとまで誘われたものの、小夜子はこれを丁重に断った。

 恵梨香と母親の時間は明日の日曜日までしかない。母子のその大事な時間に、割り込もうとは思わない。


「もぅ……さっちゃん? 私がいなくても、ちゃんと野菜をとらなきゃ駄目だからね?」


 何気ない言葉。だが「私がいなくても」という言葉の裏に隠された真意を想像すると、小夜子の胸は突き刺されたように痛む。


 ……終始べったりしながらの買い物を終え、家の前で別れ、帰宅する小夜子。予定より大分増えた買い物を、袋から冷蔵庫やら棚やらに移し、ようやく一息。

 そして調べ物をして、普段よりもやや豊かな食事と風呂を済ませ……キョウカが接触してくるのを、待つのだった。



『昨晩の記録も見せてもらったよ。やはり君のセンスは凄いな。生まれた時代や地域を、間違えているとしか思えない』

「嬉しくない……」


 キョウカの賛辞に、素直には喜べない小夜子。

 別に意地を張っているのでもなく、ひねくれているのでもない。恵梨香を助けるのに必要とはいえ、単純にその適性を喜ばしくないと考えているだけだ。別段、好きで人殺しをしているわけではない。


『まあ聞きなよ。人は、誰しも何らかの才能を秘めているものさ。ただ、誰もがそれを発揮できるわけじゃない』

「分かるような、分からないような」

『持っている才能が発揮されるかどうかは、その人物の人格や環境次第だからね』

「うーん?」

『例えば、ある男がいるとする。彼には万の軍勢を率いる大将軍の才能があるが、生まれたのは平和な時代の農家だ。しかも彼は穏やかな性格で、争いを好まない。だとしたら、彼の才能はどうなると思う?』


 授業中に突然生徒へ質問を投げる教師のように、キョウカは小夜子に問いかける。


「そりゃあ……一生活かす機会は無いでしょ?」

『そう! そうなんだ。それなんだよ。人間っていう生き物の能力からすると、「才能」というべき適性自体は、別段珍しいものじゃないんだ。むしろホモサピエンスの脳容量と可能性、そして多様性からすると、誰にでも何かしら向いている物事がある、と言ってもいい。問題は、本人の人格と環境がその「才」を活かせる状態にあるかどうか、ということなのさ。それが適合した状態を、一般の人は「才能に恵まれた」とか「天才」と認識しているだけなんだよ』


 熱を入れて語り続けるキョウカ。


『サヨコ、君はこの僕らの考査において、この時代この地方では絶対に届くはずのない条件を満たした。それにより、本来なら開花することなく終わるはずだった「才」が発揮されたんだ。これは【教育運用学】の観点からすれば、まさに本懐の一つともいえる現象だ。対象者の才能が発揮される事柄を発見できるなんて、ね』

「ああ……そう」


 生返事。


『そうさ。僕が保証してもいい。サヨコ、君には才能がある。敵を倒し、生き抜く才能が』

「人殺しの才能があるって言われてもねぇ」


 小夜子の自嘲。だがキョウカは、それを無視して言葉を続けた。


『だから大丈夫だ。残りの戦いも、君なら勝てるさ』


 右手を胸のあたりまで上げ、拳を「ぐっ」と握る。フィストパンプ……ガッツポーズのつもりなのだろうか。


『勝てるさ!』


 繰り返しての強調。ここまで来てふと、小夜子は気が付く。


(キョウカの奴、ひょっとして私を励ましているつもりなのか、コレで)


 講釈から、今の言葉に続けるまでの流れ。おそらく彼女なりに考えての、自然な語りのつもりなのだろうが。


(……強引な流れよねえ)


 それでも面談時間が来るまで、一生懸命にキョウカが色々とスピーチを考えていたのかと思うと……自然、微笑ましい思いで頬が緩む小夜子であった。


『何がおかしいのさ』

「いいえ。何もおかしくなんかないわ。何も、よ」


 それからしばらく、三十分に区切った面談時間が終わるまで。小夜子はキョウカの回りくどくたどたどしい励ましを、心地良く聞き続けていた。



 ベッドの脇に置かれた、「十一月一日 日曜日 午前一時五十九分」と時刻を示す時計。


 面談後の仮眠と休憩を経て、小夜子は対戦開始の時を待っていた。おそらく訪れるであろう、最強の能力を持つ対戦者との戦いを。


「そろそろね」

『ああ、そろそろだね』

「じゃあ行ってくるわ。相棒」

『……まあ、戦果を期待しているよ』

「おう、まかされて!」


 小夜子のサムズアップに、キョウカが首を縦に振る。


『それと……さっき注意しておいたこと、忘れるなよ』

「ええ。気をつけておくわ」


 そう頷く小夜子の視界を、黒い闇が一気に塗り潰していった。

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