第八日:01【御堂小夜子】
第八日:01【御堂小夜子】
「十一月一日 日曜日 午前十一時」
表示されたスマートフォンから、古いロボットアニメの曲が流れている。小夜子が設定した、アラームの音だ。
うつ伏せに寝ていた彼女はもぞもぞとそれを解除し、
「もう、昼前か」
と、上体を起こして大きく伸びをした。
画面を見れば幾つかSNS通知が表示されていたため、アプリを起動してみる。
《おはよう》
《お母さんと買い物出掛けてくる》
《『アリ男』って映画観るよ》
入っていたのは数件のメッセージ。全て、恵梨香からのものだ。
《おはようございました。楽しんでらっしゃい》
返信し、立ち上がる。
(おばさんとの時間、いっぱい楽しんでね。えりちゃん)
そしてもう一度伸びをした彼女は、昼に設定したキョウカとの面談に備え……昼食とシャワーを済ませるため、着替えを持って一階へと降りていく。
◆
『昨晩の対戦記録を見せてもらったよ。何度も同じことを言っている気がするけど、本当、大したものだ』
「一応、ありがとう」
肩を竦めながら、苦笑いする小夜子。
「今夜は【ライトブレイド】が相手ね」
『うん、まあ確定だろう。ヴァイオレットは相当頭にきているだろうからね。報復としてミリッツァに君を仕留めさせようとするに、違いない』
「アンタも、仕返しができたわね?」
『まだ【ライトブレイド】戦が残っているさ。そこで負けたら、何の意味もない』
キョウカが、ちっちっちっ、と舌打ちしつつ人差し指を左右に振る。
「あら。私は負けないわよ?」
『ん? 僕だって、負けるなんて思ってないさ』
視線を交えて、ふふふ、と笑い合う二人。
『で、次の戦いなんだが。今度は相手も、君のことを弱兵と侮りはしないだろう。むしろ強敵という認識で、対戦者にもそう説いているかもね。【ハートブレイク】ほど【ライトブレイド】が無茶な能力者だとは思えないが、舐めてかかってこない分、罠にはかけにくい、と認識しておいたほうがいい』
「そうね」
今まで敵を倒すことができたのは、相手が小夜子の能力を誤認しているか、甘くみていたのが大きいだろう。そういった油断を突くことが叶わない分、次戦はもっと思い切った戦術をとる必要があるかもしれない。
『じゃあとりあえず【ライトブレイド】の能力予測から始めてみるといい。今までの対戦履歴から、どんな名前の相手を打ち破ってきたかで能力の手がかりが掴める可能性が……ん?』
キョウカの言葉が、止まる。
「どうしたの?」
『いや、おかしいんだ。三十分の面談時間に合わせてタイマーを設定しておいたんだけど、タイマーが、カウンターが減らないんだ。ずっと、当初の残り時間を表示したままなんだよ』
「何それ、時計壊れたの? それともバグ?」
『分からない。こんなの、初めてだよ』
腕を組み、首を傾げるキョウカ。それに合わせて、小夜子も頭を傾ける。
そしてそのまま数十秒が過ぎ……ふっ、と二人の間に浮かび上がる画面。
一覧名簿や対戦成績ではない、何かの映像投影である。
「キョウカ、何かした?」
『いや、別に』
画面に映っているのは白い部屋だ。壁も備え付けの家具も、白く、柔らかそうな素材でできている不思議な部屋。
部屋の中央には椅子とベッドの中間の如き形状をした器具が備え付けてあり、そこには、長い金色の髪をした少女が横たわっていた。
小柄で細い手足。肌の色からいって、白色人種だとは思われる。頭部には上半分へすっぽりとヘルメットのような器具が被さっていて、顔はよく見えない。
横たわる彼女の薄い胸部は緩やかに上下へ動いているため、生きてはいるようだ。しかし動かないのは意識がないためだろうか。もしくは、眠っているのか。
『僕の部屋だ……』
わけが分からないという表情で呟き、画面を見つめるキョウカ。
「え!? これアンタなの!?」
『うん……』
「杏花なんて名前だから、もっと日本人っぽいかと思ってたわ」
『君たちの時代から六百年後だぞ? 二十七世紀に人種もへったくれもないよ。僕の家系は滅んだ日本がルーツだけど、日系の血なんてもう何十分の一かもわからない程度さ』
「日本滅亡してんの!?」
『うん、前の前の世界大戦でね。色々あって今はユナイテッド・ステイツ・ノーザンのファイスト州さ。でもそんなことより、どうしてこんな映像が流れてきたんだろう』
……ぷしゅ。
画面の中で、部屋のドアが開く。
そこから入ってきたのは、四人の人影だ。女性が二に、男性二である。
『ヴァイオレット!? それにアンジェリーク!? 何でテイラーにマッケインまで僕の部屋に!?』
驚愕の声を上げるキョウカ。
タイミングを同じくして女性の片方、栗色の長い髪をした人物が画面のほうに向きを変え、まるでキョウカと小夜子へ語りかけるかのように、口を開く。
『キョウカ=クリバヤシ。自分の分も弁えずにこの私に恥をかかせた報い、いえ、ご褒美かしらね』
うふふ、といった風に嗤う。
『それを、貴方にあげに来たわ。有り難く受け取りなさい』
ヴァイオレットが親指で合図すると、画面視点が、横たわっているキョウカのほうへぐぐっ、と寄る。
クローズアップされたのは、キョウカの胸元だ。そこにハサミのような器具をもった男の手が伸び、指がスウェットに似た衣服を掴む。
そして前を、つつつ、と切り裂いたのだ。自然、服の下から少女の痩せた裸身が現れる。
『おい馬鹿やめろ! ヴァイオレット! やめろ!』
キョウカが叫ぶ。
『あ、ちなみにそっちで何か言っても、私たちには聞こえないからね。でも画面だけっていうのも可哀想だから、こっちの肉体が感じる感覚は、そっくりそのままあなたの意識にフィードバックするようにしておいてあげたわ』
『やめろおい! 何するんだ!』
半狂乱になって叫ぶ妖精アバター。
「キョウカ、早く身体に意識を戻して逃げなきゃ! 助けを呼ぶのよ!」
『違うんだサヨコ! 戻れないんだ! 戻れないんだよ!』
キョウカは悲痛な面持ちで、小夜子を見上げる。
『ファック! 何か細工されてる! クソッ、僕が、アバターに同調して無防備になる瞬間を待ってたんだこいつら!』
今度はキョウカの下半身にまで伸びる、男たちの手。ゆっくりと、それも脱がされた。もうキョウカが身につけているのは、下着一枚だけとなる。
『やめろよ! おい! ヴァイオレット! アンジェリーク! テイラー! マッケイン! やめてくれ!』
『あ! そうだ。言い忘れてた』
叫び続けるキョウカを他所に、ヴァイオレットが再び嗤う。
『あなたの記念すべき卒業行事は、ちゃーんと撮影しておいてあげるから、心配しないでね。二十七世紀に戻ったら、全世界のみんなにも、こっそりと公開してあげましょう』
『ヴァイオレット!!』
『ああ大丈夫よ。勿論、私たちだって特定できないように細工しておくから。人気者になるのはキョウカ、貴方だけよ……良かったわね?』
『やめろおおおおおお!!』
そしてとうとう、最後の一枚にも指が掛けられたのだ。
◆
画面には、醜悪な光景がずっと映し出されている。
『痛いよ、痛いよサヨコ。助けてよ、サヨコ』
キョウカは啜り泣きながら、悲痛な声を上げ続けていた。
小夜子が彼女をすくい上げ抱きしめようとするが、その手はキョウカのアバターをすり抜けるのみ。触れることも叶わない。
「キョウカ……!」
『気持ち悪いよお、吐きそうだけど吐けないんだ』
「私がいるわ、ここにいるわ」
『痛いよ、すごく痛いんだ、お腹が、お腹が痛いんだサヨコ』
「見ちゃ駄目よ、目を閉じていなさい」
『助けてよ、助けてよサヨコ』
「……キョウカ」
キョウカを身体で覆い隠すように、這いつくばる。それが、小夜子にできる唯一の行動であった。
画面の中ではヴァイオレットが行為を囃し立て、愉快そうに嗤っている。その光景が小夜子の中の赤黒い凶暴な「何か」を、再び熱く蠢かせていく。
……結局。
ヴァイオレットらによる「制裁」が終わるまでには、一時間以上を要し……その頃にはキョウカはもう、物言わぬ人形のようになっていたのである。
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