第七日:01【御堂小夜子】
第七日:01【御堂小夜子】
時計を見る。表示は、「十月三十一日 土曜日 七時三十分」。
二人が決めた待ち合わせ時間には、まだ早い。だがそれでも小夜子は手早く身支度を済ませると、玄関から外へ出る。待ち合わせ場所である、両家の中間点。既にそこでは、恵梨香が待っていた。
足音か、気配か。歩いてくる小夜子の存在に気付き、
「おはよう、さっちゃん」
と手をひらひらとさせながら微笑み、挨拶する恵梨香。
その顔に、やつれた様子は無かった。肌の血色も良く、目の下のクマももうほとんど分からない。何より昨日とは違い、生気が感じられる。
……だが、小夜子は素直には喜べなかった。
(慣れてきたのね)
自分でも、心当たりのある感覚である。
恵梨香が。あの優しい恵梨香が。
人としての枠を踏み外しつつあるのだと理解し……小夜子は自らの心臓が握り潰されるような痛みを感じていた。
だがそれでも、それでも
「おはよう、えりちゃん!」
無理矢理に笑顔を作り、挨拶を返す。
(いいの)
そして恵梨香に歩み寄り、その腕にしがみついた。
(あなたが、今日もこうして生きていてくれるのだから)
◆
手を繋ぎ、指を絡め、並んで歩く二人。ゆっくりと。普段よりもゆっくりと。
会話は無い。重なる手の温もりだけが、感じられる全てであった。
何処となく楽しげな恵梨香の横顔を横目で眺めつつ、小夜子は溜め息を吐く。
(残った対戦者は、あと七人)
六回戦開始前に十三人いた対戦者は、昨晩でほぼ半減していた。
キョウカの予想通り不戦勝枠に入っていた【ハートブレイク】を除き、全ての対戦が引き分けなく決着をつけていたのである。
対戦者が減っていく。それは小夜子にとり歓迎すべき状況ではあるが、そこに至るまでの経緯を想像すると、暗い気分にもなった。
(……もう「相手を殺す」対戦者しか残っていないのね。私や、えりちゃんを含め)
もう一度息をつき、頭を振る。
(でも、そんなことよりも)
思い出されるのは、対戦から戻った後に聞かされたキョウカの言葉だ。
『【ハウンドマスター】を倒したことにより、今夜の対戦相手は高確率で【ハートブレイク】になるだろう』
未来妖精のアバターはそう語っていた。
残った対戦者は七人なので、今夜は不戦勝枠が一つ発生する。だが【ハートブレイク】は既に昨晩不戦勝で六回戦を突破しているため、恐らく次にその枠が割り当てられるのは【ライトブレイド】になるだろう、というのがキョウカの予想であった。
『連中の今までのパターンから考えて、二回も不戦勝を同じ人物に割り当てるとは思えないからね』
【ハウンドマスター】を下しているとはいえ、小夜子が【能力無し】であることに変わりはない。ただの餌とは最早思われないにしても、七回戦まで勝ち抜いてきた他の強豪に比べれば、ずっと与し易い相手であるのは間違いなかった。
(そりゃあそうよね。誰だってそう思う。私だってそう思うわ)
【ハートブレイク】の担当監督者はヴァイオレット=ドゥヌエ。キョウカの話によるなら、三人娘のリーダー格だ。
『だから多分【ハートブレイク】の能力は、全対戦者の中でも特に強力なものが設定されているに違いない。いや間違いなく、最強のはずだ』
というのが相棒の予想だった。何の能力も持たぬ小夜子が、それを打ち破らねばならないのである。
(好都合だけどね)
そんな「最強の能力者」が、今夜は恵梨香に向かわずに済むのだ。かつ三人娘が擁する残りの【ライトブレイド】も、今夜は不戦勝枠の可能性が高い。そして【ハートブレイク】を倒せば、明日の晩はこれまた高確率で小夜子へ【ライトブレイド】がぶつけられてくるだろう。消化試合としてではなく、報復のために。
恵梨香を守るという観点からすれば、これほど都合のいい展開はない。
(でもそんな「最強の能力者」相手に。しかも私には「能力が無い」ことを知っている相手に。勝てるのかしら)
一瞬浮かんだ弱気な思考を、頭を振って打ち払う。
「……そうじゃない。やるのよ」
決意が、思わず口からこぼれ出た。
「ん? どうしたの? 何するの?」
それを聞いた恵梨香が、首を傾げて尋ねてくる。しまった、という顔で小夜子は、そっぽを向いて顔を隠した。
が、すぐに。
「こうするんだよォォォッ!」
と言い放ち素早く指をほどくと、恵梨香の胸を両手で思い切り揉みしだいたのだ。追加攻撃に親指で、突起があろうあたりをぐりぐりと蹂躙する。
ずごん!
かなり強いチョップ。その上で、思い切り耳を抓り上げられた。
「あだだだだだ。すんません、ごめんなさい。堪忍して下さい! もうあんまりしませんから!」
許しを得るのに、三十秒程の制裁を要した。
その後結局恵梨香は昨日と同じように、小夜子が手を放すのを認めず……学友たちに囲まれたまま、二人は今日も手繋ぎで下駄箱まで歩くこととなったのである。
◆
きーんこーんかーんこーん。
土曜四限目の授業が終わり、終礼も済んだ。恵梨香からは「今日も一緒に帰ろう」と言われていたので、席を立たずに座ったまま待つことにした小夜子だが。
ぴろりん。
スマートフォンに、恵梨香からのSNSメッセージが入る。
《さっちゃん、ごめんね。吹田先輩と話があるので、ちょっと待っていてもらっていい?》
生徒会の吹田先輩。恵梨香の彼氏。
(そういえば、彼のことはどうするのだろう)
心配する小夜子ではあったものの、実際何もできることはない。彼女らは敗北と同時に死ぬこととなる上、もし勝ち抜いたとしても、この時代にはとどまれないのだから。どう足掻いても、交際を続けることなど不可能である。
(……辛いだろうな、えりちゃん)
強い羨望と身を焦がすような嫉妬はあるものの、吹田の人格自体には悪い印象を持っていない。それ故に小夜子は、なおさら二人の境遇が不憫に思えた。
(私のことなんか放っておいて、一緒にいればいいのに)
胸に痛みを覚えながらも、そう思う小夜子。
だが恵梨香からのメッセージは「先に帰って」ではなく「待っていて」との御要望である。女神の信奉者として、その意向に逆らうつもりはない。
《終わったら教えてね》
とだけ返し、小夜子はスマートフォンで資料漁りを始めた。
ぽち、ぽち、ぽち。
しばらく調べ物を続けるうちに級友たちはほとんどが帰宅し、教室内も閑散としてくる。
その頃合いを見計らったのだろうか。中田姫子に加えてその取り巻き、佐藤と本田が小夜子の席までやって来たのだ。
「ミドブ、ちょっと付き合いなよ」
顎に手を当て「ふむ」と考えこむ様子を見せる小夜子。しかし彼女はやがて姫子へ顔を向けると、その誘いに答えるのであった。
「いいわよ中田さん。でも私忙しいから、早めに済ませてね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます