第7話

 そのときだ。


 聖堂の中に、四人の若者が飛び込んできた。いよいよ勇者の登場だと、一目でわかった。


 「くっ、遅かったか!」


 最初に飛び込んできて忌々しげにそう叫んだのは、銀色に光る鎧兜に身を固めた男で、どうやらリーダー格らしい。鎧でかさ上げされなくてもはっきりとわかる筋骨隆々の巨体に、斬り裂くよりはハンマーに代用した方が向きそうな、先端がやけに太い巨大な剣を背負っているから、重戦士と呼ぼうか。


 「教区長め、性懲りもなく何をやらかした! あのおぞましい魔物はいったい……。だが何が来ようと、決して退かぬ、負けぬ! 我が剣の錆にしてくれるのみ!」


 重戦士は、剣の柄を握りしめ鞘から力強く引き抜くと、見得を切るようなあるいは演舞の型をなぞるような大げさな剣さばきでぶんぶんと振り回し、「ぬぉぉぉぅ!」と暑苦しい気合いを入れてから、剣を構えた。


 続いて姿を現したのは、対照的に小柄で軽装の、三つ編みお下げの少女で、こちらも斬り裂くよりは縫い針に代用した方が向きそうな細っこい剣を持っていた。左手の甲には小さな盾、頭には兜をかぶっているが、なのに鎧がほとんど体を覆っていなくて、首筋も太ももも丸出しだ。あれで本当に防御してるっていえるんだろうか。兜には白い羽根飾りがついていて、どうやらヴァルキリーを模しているようだが、なんで北欧神話が中途半端に混じっているのだろう。


 「気をつけて! あいつの能力が全然わからない! これまで、この魔晶鏡で見通せないことなどなかったのに!」


 ひとつ特徴的なのは、目に何か、ガラス質のアクセサリーをつけていることだ。相手の能力を見定めるマジックアイテムらしい。スカウ……いやそれは言わない約束か。


 「だったらあれが魔王ゴルマデスってことっしょ! 異世界から召喚されてきた魔王には、魔晶鏡も通じないのさ!」


 三人目は白いローブ姿に錫杖を持っていて、飛鳥さんがつかみ上げる血まみれ男と、色以外は似たようななりだった。正統派神官の装束だが、神官というにはやけに軽い口調のイケメンで、髪は天然パーマのようにぼさぼさだ。


 「こいつぁ大ごとになりそうだ。回復しとくよ! ホーリースピリット・ベネディクション!」


 杖を床にだんと突くと、彼らの周囲に、きらきら輝く光の渦が巻き起こった。これは彼らが聖霊の助けを借りて使う魔法で、味方全員の体力を最大まで回復できるのだと、僕の得た世界知識は教えてくれる。はて、体力の最大って、何?


 最後に現れたのは、他の三人より少し年齢が上に見える、杖頭が星のかたちの杖を持ち、三角帽子をかぶった、黒ずくめの女性だった。……と思ったら、裾の長いマントが翻ると、その下はやけに露出が高く、メリハリのついたボディがなまめかしい。


 「本当にゴルマデスを召喚するとは……その知識と技術はぜひ学びたいものですが……しかし、なんという禍々しいオーラ……」


 感心したように言う。先の三人と比べ、どうも緊張感に欠ける感じがする。


 彼女は胸元に手を入れると、下げていたペンダントを引っ張り出した。ペンダントトップに紅い宝石が埋め込まれている───ことよりも、胸元がやけに開いていて、その白い谷間がまぶしくて、健康な男子高校生にはあまりよろしくない光景だ。


 「今こそ、賢者の力を見せましょう! 大地神よ、ご加護を!」


 賢者って自分で言ったぞ。見目はどうにも魔法使いで、それにしても賢そうには見えないのだが。


 ……と、魔法使いは宝石を天に掲げたが、何も起きない。


 「えっと……どうするんでしたっけ……」


 「先に、大賢者様から教わった呪文!」ヴァルキリーが叫んだ。


 「そうでした」


 魔法使いはもにゃもにゃと呪文を唱え始めた。大丈夫か、この人───と思ううちに、今度はちゃんと、宝石が赤く光り始める。すると、重戦士の大剣、ヴァルキリーの細身の剣、神官の錫杖、魔法使いの星の杖もまた、それぞれに同じ色の光を発し始めた。


 「聖なるルビーか。こしゃくな」魔王ゴルマデスがつぶやいた。


 その名も、得た世界知識の中にある。世界の何人が知りうるかもわからない、大賢者にしか取り扱えないようなそんな情報まで伝わってくるのはなぜなのだろう。ともあれ、大地神の加護を受けた聖なるルビーの輝きを浴びた武器は、邪悪を打ち払い悪魔を調伏せしめる力を付与されるのだという。これを使われると、魔王ゴルマデスの鉄の鱗とて、無事では済まないだろう。


 ぶら下がったままの黒司祭は、顔を掴まれていて、何も見えなかったようだ。勇者たちの声を聞いて、手足をじたばたさせながら、火がついたようにまくし立てた。


 「貴様ら! 貴様ら! 貴様ら! さっきはよくもやってくれたな! だがおまえらの悪あがきもここで終わりだ。魔王ゴルマデス様が降臨なさったのだ、この私の呼びかけによってな! もはやこの世は我らのもの、ゴルマデス様の大いなる力をもってすれば貴様らの命など風前の灯火かげろうの羽露にも等しごふ」


 飛鳥さんが手にぐっと力を込めた。ゴルマデスのごつい手がぎゅっと握られ、めきゃっと鈍い音を立てて黒司祭の頭骨は砕けた。頭部が歪んだ体から血や脳漿が溢れてしたたり落ち、床にどろりと広がった。糸が切れたように手足から力が抜け、だらりとぶら下がる。


 僕は言葉を失った。


 「飛鳥さん───今、人を殺したの?」


 「ああ」飛鳥さんは平然と答えた。その頬には、血しぶきが飛んでいた。「いつものことだから。別に、何とも思わないよ」


 「え?」


 「だからあたしは魔王なんだって。世界を滅ぼしたことも一度や二度じゃないからね。一億二億はフツーに殺してる」


 僕は言葉もなかった。


 「いいから、黙って見てろって」


 飛鳥さんは───魔王ゴルマデスは、黒司祭の死体を、勇者たちに投げつけた。おまえたちもいずれそうなるのだと、脅しつけるように。しかし、くたりと折れ曲がり、もうぴくりとも動かない黒司祭の肉塊を前にして、勇者たちはぴりりと緊張感をみなぎらせた。


 「貴様ァ! 人の命を何だと思っている!」重戦士が激昂した。


 「むごいことを……」ヴァルキリーが嘆いた。


 「こっちも殺すつもりでやり合った敵とはいえ、やるせねぇな」神官は苦々しげだ。


 「戦いましょう、あの者に慈悲などないのでしょうから」魔法使いが冷静に宣言した。


 そして四人はてんでに武器を構える。それぞれの武器がまとう赤い輝きが、彼らの気迫に応じていっそう増し、熱を帯びた。


 「ふん……我に刃向かうつもりか」魔王ゴルマデスが言った。「その勇気は誉めてやろう。聖なるルビーを見いだすほどだ、知恵も、力も、すがるだけのクズとはワケが違うな。認めよう。おまえたちはよくやった。だが」


 飛鳥さんは、髪を数本抜き、宙に投げた。───すると魔王も、その動きに合わせて、首の周りでぬらぬらとうごめく、しゃれこうべを持つ触手を四本引きちぎり、虚空に撒き散らした。


 「それが何だというのだ」


 触手は、しばらくは重力に引かれ落ちていったが、やがて光を発して宙に留まると、クレイアニメーションのように姿を変えた。はじめは芋虫のようだったものに、コウモリの羽が生え、指の先が刃と化した折れそうに細い手足が伸びた。頭部となったしゃれこうべには、口に鋭く尖った牙が生えそろい、眼窩にギョロつく紅い目玉が生まれた。骸骨というにはあばらも骨盤もなく、なんとも名状しがたい。強いて悪鬼とでも呼ぶか? いずれにせよ、そうした奇妙な四体の怪異がその場に作り出され、コウモリ羽で舞いながら、魔王ゴルマデスの前に整列したのだった。


 その整列に満足げなニヤニヤ笑いを浮かべつつ、飛鳥さんが僕に言った。


 「こういうときはね、いきなり自分が戦うんじゃなくて、まず四天王にあたらせるというのがセオリーなんだ」


 「四天王? セオリー?」


 僕の疑問符には応えることなく───飛鳥さんは今度は魔王として、その悪鬼どもに命じた。


 「行け」


 号令一下、四体の悪鬼は、牙を剥き、爪をふるって勇者たちに襲いかかった。


 前衛の重戦士とヴァルキリーが彼らの爪の攻撃を受け止め、二人に衛られながら、神官と魔法使いが何やら呪文を唱え始める。


 魔王ゴルマデスは、その戦いを見守りもしなかった。


 「貴様らごとき我が相手をするまでもない。こいつらと戯れておるがよかろう」


 そんなセリフを残すと、天井を見上げ、背に生えた翼をぐわと広げて激しく羽ばたいた。聖堂の中に烈風が巻き起こり、激しく砂煙が巻き上げられる。それにも耐えて戦闘を継続する勇者たちを尻目に、魔王の姿は宙へ舞い上がる。


 「ついといで」


 飛鳥さんの姿も、ともに空へ向かってゆく。

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