第60話

 次のハンドも同じ事が起きた。校長チームはひたすらレイズを繰り返し、校長に大量のチップを献上した。


 このまま、魔王のおぞましい捕食を放置していていいのか……と誰もが思った、その次のハンド。SBはババア、BBは和尚。


 プリフロップで再びレイズが三回繰り返された後、BBの和尚はこれにコールした。


 フロップは ♠J♢3♣5。SBのババアがベットした後、和尚はコール、その後レイズが三回、和尚は再びコールした。


 ターン ♠8。ババアがこれまで同様にベットしたところで、和尚は満を持してレイズした。彼は多分ジャックを持っているのだろう。ターンになってベット額が上がってからレイズするのは、フィックスリミットでの戦術のひとつだ。


 校長チームはまるで動じなかった。そこからは誰もレイズせず、全員が示し合わせたようにコールしたのだ。やはりプログラムに従っているかのようだった。……これはよくない、と僕は直感した。


 そしてリバーに、無情に ♢K が落ちた。くっ、とうつむいて、和尚はチェックした。校長チーム五人のうちに、キングを持つ者がひとりでもいれば、おそらくはその者の勝ちとなるからだ。そしてその可能性は極めて高く―――にんまりと笑ってベットしたのは、まさに校長だった。校長チームはこれにもコールしていく。


 和尚は悔しそうな顔をしたが、悩んだ末にコールした。負けは確信したろうが、ショーダウンまで持ち込むことで、校長の作戦を明確にすることを選んだのだ。


 和尚は ♢A♢J。校長は ♠K♣2 という、普通ならまずフォールドする手札だが、勝ちは勝ちだ。和尚の出した分も含め、校長のチップはさらに一四〇〇$増え、わずか三ハンドで八〇〇〇$近くに達した。


 これは、観衆にもはっきりとわかったらしく、あぁ~と落胆の声が漏れた。校長は満足げに笑った。もはや何を忍ぶこともなく、声を挙げて高らかに笑った。「はっはっは、頭はこうやって使うものだよ!」




 それからまた二ハンド、校長の部下どものチップ献上が続いた。和尚のように五人がかりで潰されてしまいかねないから、うかつに手が出せない。僕らは校長のチップがみるみる増えていくのを、指をくわえて見ているしかなかった。


 第六ハンド。SB桐原さん、BB校長、僕がUTGだ。


 素人集団である校長チームのもたもたしたプレイのせいもあって、第五ハンドが始まった頃にはもう一〇分が経過していた。ストラクチャの第一レベルが終了し第二レベルとなり、ブラインドの額は、二〇$/四〇$、倍額に上昇した。


 計算上、このハンドでまた校長チームが全レイズすれば、他の四人のチップを校長がほぼすべて手にし、魔王の血肉に変わる。


 このままじゃまずい。なんとかしないと……。


 僕は強く念じた。来い! いい札来い! いい札来い!


 ―――!


 ♡K♠K! ホントに来た! エース二枚の次に強い手だ。これなら、ボードにエースが出ない限り、ひたすら強気で押していい。


 でも和尚のときは、彼がレイズして強気を示したら、校長チームはみなコールに転じてしまった。ポットを増やすなら、彼らに勝手にレイズさせておくのがいいのか。僕がコールして入ると、左隣のグラサンはためらいもなくレイズし、例によってキャップまで繰り返された。


 フロップに残った僕を、下りた他のみんなが不安げに見ているのがわかる。プリフロップだけでポットは既に九八〇$。ブラインド上昇によりベット額が上がった分、これまで一ハンドで動いていた額の半分近くが、一ラウンドで動いた。


 ―――そして、僕はフロップを見て目を見張った。そうか、こうなるのか。


 ♣K♢K♣7。


 僕の手は、現時点でクァッズフォーカードが完成した。めったにないことだ。


 ターンで ♡2。誰かがストレートフラッシュを引く可能性も消え、僕のハンドは、リバーで何が来ようと誰にも負けない最強手ナッツになった。そうとも知らず、校長チームはひたすらレイズを続けている。僕もコールを続けた。


 リバー ♢A。もしも僕がいなければ、そして今まで通りなら、校長チームは二人までレイズ、校長にキャップさせて、他の全員はフォールドする……というアクションを取るはずだが。


 BBの校長がレイズ。僕はコール。グラサンが二回目のレイズ。陸上部、ババア、校務がコール。


 校長の手がしばらく止まった。僕がコールして残っているのが不審なのだろう。このボードで、コールだけを続けてリバーまで残るのなら、普通はクラブのフラッシュドローを想定する。リバーでそれが成立しなかったにもかかわらず、なぜ最初のレイズで下りなかったか……考えた末、「コール」校長は、勢いを緩める選択をした。


 むろんここで止めたりしない。「レイズ」僕がキャップした。もちろん僕の手はフラッシュドローなんかじゃない。クァッズだ。誰が相手でも勝てる手を持っている。このハンドは僕が獲る。誰の目にも、その意図が明らかなレイズだ。


 今度はグラサンの動きが止まった。「校長の勝利のため、彼にチップを献上する」目的を正しく理解しているなら、彼はフォールドして、僕が獲得するチップ量を少しでも減らすのが賢い選択のはずだ。


 ……だが、彼らはやはりプログラム通りにしか動けなかった。僕が強気に出たから、彼はコールした。その結果彼は、すべてのスタックを吐き出した。陸上部、ババア、校務も、鏡に映したように同じ行動を採った。校長は、「けっ!」と悪態をついて、自分だけはフォールドした。


 ショーダウン。


 クァッズをオープンすると、ポーカー部の面々だけでなく、観衆からもいっせいに歓声があがった。飛鳥さんも、どこかほっとした顔をしていた。


 むろん、校長チームの誰ひとりとして、まともな役を持つ者はなく、そのまま僕の勝利となった。ブラインドが上がってベット額が跳ね上がったのも功を奏し、僕は、一気に四七四〇$ものポットを獲得した。


 一方で、チップをすべて失った校長の部下たちは、席を立った。講堂を去る前に、校長の席まで来て頭を下げていた。「けっ! ……ちょっとは頭を使え!」小声の罵倒が聞こえた。自分の作戦が行き届かなかっただけなのに、自分は頭を使っていて、他人は使ってないと言ってのけるのか。ずいぶん勝手なことだ。


 魔王に利用されるだけ利用され、すべて吸い尽くされて、ゴミのように捨てられた、四天王の末路。……とでも言おうか? 意志なき四つの背中が、観客席の間の通路を抜け、だらだらと講堂を去っていく。現代の高校生に決して見せてはいけないものがあるとすれば、それはポルノでもスナッフでもない。ああいう大人の背中だと、僕は思う。

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