第59話

 いよいよ、勝負開始だ。


 経過時間やブラインドの額を知らせるクロックが、動き出した。


 最初のSBスモールブラインドは陸上部顧問、BBビッグブラインドは飛鳥さんだ。最初のブラインドは、一〇$/二〇$(フィックスリミットでは、スモールベット・ビッグベットという別の表現を使用するのが一般的だが、ここでは簡便のためブラインド額で記述する)。ブラインド支払いの後、二枚ずつ手札が配られた。


 僕は手札を見た。♣A♣Q だ。いいのが来た。Axは気をつけろと言われたが、ポジションもいいし、これなら自分の手番でレイズしても―――と思った矢先だった。


 「レイズ」


 UTGアンダーザガンの―――BBの左隣、プリフロップで最初に行動するプレイヤーをそう呼ぶ―――ババアが、いきなり甲高く声を発した。最初のレイズ額は、ビッグブラインドの倍、四〇$となる。ババアは、チップを数えながらポットに一枚ずつ投げ入れた。素人の所作と見て取れた。




 それにしても、いきなりレイズ? よほどいい手が入ったのか? そう思った矢先だった。和尚がフォールドした後、校務が無表情に、また「レイズ」と言い、六〇$ポットに差し出した。


 同じチーム内で、ふたり連続でレイズ? 何かおかしい。……いや、これが作戦か! 最初から無条件にそうすると決めていたってことか。


 桐原さんがやや怯えた様子で、そぉっとカードを押し出すようにフォールドすると、最後に、それはそれは悪意で顔を歪めながら、「レイズ」校長が八〇$をポットに投げ入れた。飛鳥さんの表情が苦悶に歪んだ。


 フィックスリミットでは、ベッティングラウンドごとにレイズは三回まで。三回目のレイズをキャップという。キャップされると、もう誰もレイズできず、コールかフォールドしか選べない。


 僕の手番だが……普通なら、下りる手ではないのだ。だが、校長たちがどんな作戦を立てたのか、僕は直ちに理解し、ゆえにフォールドした。これは―――巻き込まれてはいけない。


 グラサンがコール、勇も状況を察してフォールド、陸上部顧問がコール。

 飛鳥さんは……フォールド。カードを差し出す手がかすかに震え、表情がこわばっていた。


 ポーカー部は全員フォールド、校長チームが全員コールして八〇$ずつポットに入れ、飛鳥さんのブラインドと合わせ、ポットの合計は四二〇$。


 フロップが開く。共通札ボードに彼らは目もくれなかった。SBの陸上部がベット、そこから先はレイズ、リレイズ、キャップ。各ベッティングラウンドでベット可能な最高額をポットに積み上げた。プリフロップとフロップで各自八〇$、五人合わせて四〇〇$、ターンでは倍になって各自一六〇ドル、五人で八〇〇$。


 そしてリバーで、彼らはレイズ順を調整し、各自が一二〇ドル積み上げた後に、最後に校長がキャップするようにした。そして他の四人はフォールド。


 結果、ポットのすべてを校長が吸い上げた。総額二二六〇$、うち校長本人のベット額が四八〇$だから、校長はいちどきに、スタックを一七八〇$増やしたことになる。




 ルールをあまりわかっていないであろう観衆が、ぽかんとしているのがわかる。


 「これはどういうことでしょうね」「さぁ……」少し離れたところで、映像を見ながら大宅実況・城市先生解説で中継しているはずだが、彼らもまだ不慣れだ、まともな解説にはなっていないだろう。


 校長の意図は明らかだ。「チーム戦」を向こうから提示してきた時点で、予想してしかるべきだった。彼は、仲間のチップをすべて自分に献上させ、その後独りで戦うつもりなのだ。上手いプレイヤー一人と下手なプレイヤー四人が三〇〇〇$ずつ持っているより、上手いプレイヤー一人が一五〇〇〇$持っている方が有利だからだ。そして、チップを最も多く持つ者チップリーダーとして卓上の主導権を握る。このままいけば、一〇ハンドに満たずして、校長はその意図を達成する。


 あぁ。マンガやゲームにも、こんなシーンがあるだろう。凶悪な魔王は、自分の手下さえ、命を命とも思わない。彼らを食らい、力を吸収して我が物とし、パワーアップするのだ。狂信的な手下どもは、魔王様の血肉となれるならと、喜んで我が身を差し出す。それと同じことが、いま目の前で起きている。


 飛鳥さんも……そうすべきなのだろうか。


 「最近は、私まで揶揄して魔王と呼ばれるのだがね」


 校長が口を開いた。ハンドとハンドの間、カードが配られていないタイミングなら、多少の私語は許容されている。


 「王ならば、ひとりで十分だと思わんかね?」


 当てつけのように言った。


 「……あたしも、ずっとそうだと思っていたよ」


 下唇をかみしめながら、飛鳥さんは答えた。

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