第77話

 今年の関東地方は春の到来が遅くて、入学式の当日に桜の満開が重なった。


 美しく咲き誇る桜を見て、私は・・突然違和感を覚えた。―――桜って、春に咲くものだったろうかって。


 入学式に桜が咲いている事実は、あるべき摂理に沿わぬねじ曲げられたルールに従った結果に思えて、私にはその美しさが疑わしかった。


 なんでそんなことを思ったのだか、わからなかった。




 常識離れした突飛な思考など、私にはこれまで縁がない、はずだった。


 私―――飛鳥ひとりさくらという名の、一五歳の少女は、平均的な知性と体格を持ち、平均的な家庭に育ち、特筆すべき才能も、大きな事故や事件に遭遇した経験もない。平均値が服を着て歩いているような、ごくごく普通の人間だ。


 いくつか特別な点があるとすれば―――ポーカーが趣味というのは、自分の世代では珍しいかもしれない。できれば、同好の志を集めて、部活動でも立ち上げられたらと思っている。


 それから、子供の頃から髪が白かった。それを揶揄されるのが嫌で、他人と接することに消極的だった。けれど最近、不思議と黒髪が増えてきた。何か大きな重しが取りのけられたような感覚があって、気分もすごく楽で、向き合うものごとすべてにわくわくしている。―――白髪が重しだったのか、それとも、白髪になってしまうくらいの大きな重しがあったのか、どちらが先かよくわからないのだけれど。


 だから、これから、いろんなことをするんだ。白髪が黒髪になるように、私も色づいていくんだ。まだ色のついてない私は、誰かに色をつけられてしまうかもしれない、という漠然とした期待に、心が昂ぶっていた。




 ブレザーの制服をまだ着こなせていない集団が、南極のペンギンみたいに覚束ない足取りで、無秩序にしかし一方向へ進んでいく。私もそのひとりになって歩いた。


 誰も彼も、いよいよ始まる高校生活への期待に胸ふくらませていた。それが宝物みたいに、壊れることなんかないみたいに。表情は明るかったり固かったり様々だけど、そうした昂揚感の連鎖だけで世界すら変えられるような、そんな気がした。



 大丈夫。私は、大丈夫。そう思える。何の根拠もない。何の根拠も要らない。


 心の底から笑みが、湧き上がる、こぼれる、ほとばしる。



 誰かに教えてもらった気がする。いつ誰に教わったかは思い出せない。


 けど。


 私は、愛されることを知っている。だから、愛することも知っている。


 もらった愛を、返したい。希望の未来を、伝えたい。





 私の世界に、いろんな人がいることを確かめながら、新たなクラスメートとともに教室に入る。窓の外に咲き誇る桜について語らううちに、ふっと私の口から言葉が漏れる。


 「秋に咲く桜って、なかったっけ」


 いくらか否定の声が挙がる中に、奇妙に捻じ曲がったような声が混ざり。


 「いいんじゃないの、それで。俺は好きだよ、そういうの」


 その邪悪としか言いようのない笑みにたまらなく惹かれて、私にも心からの笑みが浮かぶ。どうしてだろう、抑えられない。


                               <終>

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