第33話

 新たな世界に転移すると、今回ははじめから空中に飛び出していた。雲の上だ。重力はあるのに、無視して空に浮いている。アルガレイムのときと同じ? いや、ちょっと違う。


 この世界―――魔晶界クリスタデルタは、魔法が世のことわり。あらゆる生き物が魔力を有しており、誰でも自在に空を飛べるのだ。溢れる魔力ゆえに何が起きても不思議ではなく、だからそうした魔法生物どもがみな美少女の姿を有していたとしても、むろん何ら不思議ではない、そういう世界だった。


 そして、相変わらず傍観者な僕はともかく、飛鳥さんは霊魂状態ではなかった。最初から自分自身が討って出て、魔力でもって宙に浮いている。この世界では、魔王さえ美少女でよいから、いかにもワルなおどろおどろしいアバターは不要なのだ。―――まったくもって、この美少女ばかりの世界にあっても飛鳥さんはぬきんでて美しいと、僕の主観が判断していることを申し添えたい。


 ただ、服装は現実世界と違っている。三角帽子に、裏地が赤い濃紺のローブ、そしてホウキに斜め座り。魔女、というよりは、魔女っ娘のコスプレって感じだ。顔に歌舞伎のくまどりみたいな炎揺らめく紋様が浮かび上がっており、どうやら「闇堕ち」な設定を示すものらしい。



 そんな闇魔女モードな飛鳥さんが登場したとたん、雲の上だのに世界は暗黒に塗りつぶされ、闇の中に幾度も稲妻が閃いた。厄災の前触れだという恐怖感が空間全体に伝わって、妖精チックな姿の愛らしい生き物たちが、ことごとく逃げ惑っている。


 だが、ただひとり立ち向かう者がいた。


 純白の千早と緋袴の裾をはためかせ、金色の髪留めで生え際をまとめた長い黒髪も風にたなびく、空飛ぶ巫女だ。普通の巫女と違うのは、背中から光る白い翼が生えていることだが、魔力だけで空を飛べる世界に必要とは思えないから、単なる飾りだろう。


 切れ長の目で眼光鋭く、とても凛々しい顔立ちをしている。はて、あの切れ長の目、どこかで見た気がするのだが、どこだったろう―――いずれにせよ、同じ切れ長でも、悪意のこもる飛鳥さんと違い、冷徹ですべてをつまびらかに見通す、そんな理知を感じさせた。


 巫女の表情は引き締まり、まっすぐに飛鳥さんを見据えている。飛鳥さんはニヤニヤ顔でその視線を受け止め、どこからでも来いと言わんばかり。すでに、一触即発な緊張感が漂っていた。……そういえば、「ガチャガチャ言われただけ」の誰かがいたっけな。前置きはもうすんでいて、いきなり最終決戦が始まるものらしい。


 ひとことだけ、予定されたように、言葉が交わされた。


 「ふん―――性懲りもなく、うっとうしい女だ。おかげであたしの機嫌は最悪だ。消え失せろ、これ以上あたしの邪魔をするな!」


 「そうは参りません。あなたの悪意が世界を闇に覆う前に、すべてを終わらせましょう!」



 さぁっと雲が流れ去り、地表が見えた。クリスタデルタの中心、深き森と呼ばれる領域だ。大木が鬱蒼と生い繁っているはずだが、そこだけぽっかりと穴のように空き地になっていて、その円形に添うように、ルーンだかカバラだかよくわからん奇妙な模様の魔法陣が描かれ、怪しい光を放っていた。


 巫女が半身に構え、腰巻きからくびれた棒状のものを抜いて一振りすると、それは見る間に鎌倉武士が持つような大振りの和弓に変貌した。矢はどこにあるのかと思いきや、彼女が弓弦をきりりと引き絞るだけで、まぶしい電光を放つ光の矢が、つがえられた状態で現れた。


 巫女はためらいもなく矢を放った、目にも留まらぬほどの高速連射で! さらには、一度弓弦を弾くたびに、一本の光の矢は一〇本以上に分裂し、雨か嵐かと見紛う大量の矢が、まとめて飛鳥さんに襲いかかる。


 飛鳥さんは、それらを避けようともしなかった。よく見れば、彼女の周囲は薄青い光の球体で覆われていた。要するにバリアだ。光の矢は何かに当たると消える代わりに、一定のダメージを対象に与えられるようなのだが、そのバリアは、矢の雨が降り注いでもまるでびくともしなかった。


 それでも弓弦を弾き続け、バリアを破壊しようとする巫女に対し、飛鳥さんは悠然とホウキを振り回した。


 「ソバヤソバーヤ! いでよ、ゴーレム!」


 声に合わせて、魔法陣の輝きがいっそう増した。陣の内側で、バリバリと稲妻が乱舞した。


 「ひぃやーはははは! 出て来い! 来い! 来い!」


 闇魔女飛鳥さんが恍惚として笑う声の響く中、陣の下から―――そこは地面があるはずなのに、まるで奈落が備わっているかのように、視野すべてを埋め尽くすほど巨大な人型の石像が、せり上がって姿を現した。


 ゴーレムというからには、ただの石像ではない。石同士の擦れるゴリゴリと鈍い音とともに動き出すと、両手を広げて巫女の前に立ち塞がり、何者も通さぬ盾となってすべての矢を引き受けた。


 さらには、肩を軸に腕をぐるぐる回し、子供が暴れるように殴りかかってくる。当たったら痛いどころの騒ぎではすまないだろう。だが、石像だけに動きは遅く単調で、巫女はたやすく避け、ゴーレムの頭部へ迫った。頑丈な岩壁に、光の矢は効いているやらいないやら、しかし巫女は委細構わず矢を放ち、すべてをゴーレムに叩き込んだ。


 突然、ゴーレムが口をぱっくり開けた―――そう表現するのが妥当だろう。その頭部は、眼窩に似た二つの窪みの奥が鈍く光る以外はつるりとのっぺらぼうだったが、その表面が割れて上下に二分したのだ。そして、人間なら喉の奥にあたる部分が、何やらまぶしく白熱し始める。あっと思う間もなく、ゴーレムは口から極太の光条を吐いた。……要するにビームである。


 そのままぐるんと顔を振るゴーレム。ビームを浴びて森の木々が燃え上がり、辺りは一瞬で火の海になった。凄まじい威力だった。


 巫女はどうなった? 驚いたことに、まるで気にする様子がなかった。彼女はゴーレムの鼻先に密着していて、口からのビームには影響を受けなかったのだ。背後がごうごうと炎を上げて燃え盛っても、唇をきゅっとへの字に結んだまま一心不乱に射掛け続ける姿は、ビームよりも荒々しく、鬼気迫っていた。


 やがて、ゴーレムの岩の肌にぴしりとひびが走った。その割れ目にも執拗に矢が突き刺さり、破片がボロボロと欠け落ちる。ひびは枝分かれを繰り返し、どんどん範囲を増していき―――ついにゴーレムは動きを止めた。


 そして、全身に広がったひびから、何やら光がほとばしったかと思うや、小さな爆発を繰り返しながら、ゴーレムはガラガラと砕けて崩れ落ちた。岩塊に光も爆発もありえないと思うが、この世界では、魔力の暴走なり過負荷なりで説明がつくのだろう。


 地に転がった岩塊は魔法陣の中に溶けるように消えていき、かくして巫女とゴーレムの戦いは、巫女の勝利で幕を閉じた。

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