第34話

 だが、闇魔女飛鳥さんは今なお健在だ。ゴーレムが倒されても平気な様子で、不敵に笑っている。


 巫女も、ことなしたりという面構えではない。寸暇を惜しまず、再び飛鳥さんに接近し、彼女に向けて猛然と矢を放った。


 彼女を包むバリアが、はじめは空のように青かったのに、光の矢が当たるたびに少しずつ赤みを増し、紫色に変化していた。安全色が、危険色へ―――あれが真っ赤になったとき、きっとバリアは破壊されてしまうのだろう。


 だが飛鳥さんは落ち着き払ったものだ。バリアの中で、飛鳥さんはホウキを握り直し、今度は二回振り回した。


 「ソバヤソバーヤ! いでよ、ドラゴン! たーまやぁーーーっ!」


 魔法陣の輝きが増し、二度閃光を放ったかと思うや、乱舞する稲妻とともに、ドラゴンが二体立て続けに、打ち上がる花火のような勢いで姿を現した。ドラゴンといってもゴルマデスのようなごつい二足歩行型ではなく、蛇に小さな手足をつけ、二股に分かれた角を生やした、「坊やよい子だ」式の東洋龍だ。


 二体は、飛鳥さんの両翼にその顔面を並べた。先ほどのゴーレムほどではないが、飛鳥さんを見失いそうなほど巨大で、金属質で尖った牙や鱗が恐ろしげだ。


 そして彼らは、その牙めいた大きく割れる口をくわと開いた。すわファイアブレスかと思いきや、吐いたのは小さな光の球だった。ただし、その数は尋常ではなかった。また、驚くほど動きが遅かった。彼らの登場が打ち上げ花火だったとすれば、さながらそれが破裂して天に広がる映像をスローモーションで見せられているかのように、放射状に拡散する動きだった。


 さらに二頭のドラゴンは、標的を巫女と見定めて動き出した。光弾をとめどなく吐き続けながら、海蛇が海中をゆくように、うねりながら宙を舞う。放射拡散する動きと発射口自体の動きが重なり、猛烈な量の光弾は、奇妙な幾何学模様を作りながら、たちまちのうちに視野を埋め尽くしていく。


 いつものように、世界の知識は自然と僕の頭に入ってきている。あの弾すべてが危険な物体であること。ひとつひとつが、さっきのゴーレムのビームと同じくらいのエネルギーを有していて、直接触れたら、死ぬのだ。飛鳥さんはバリアを張っていて、破壊されるまではいくら光の矢を浴びても平気なのに、巫女はただの一撃で死ぬ。理不尽だが、それがこの世界のルールだ。


 そんな強烈なエネルギー弾が、空間を埋め尽くすほどの量で飛び交っている! 地雷原を避ける恐怖について戦争ドキュメンタリーは語るが、さしずめこれは空雷原だ。ましてそのひとつひとつが動いているときたものだ。


 これをかいくぐらねばならぬ巫女の恐怖はいかほどか。しかし彼女は顔色一つ変えず、小刻みに翼をはばたかせながら、拡散する模様の隙間を注意深く正確に避けていく。同時に、宙を舞う龍を確実に自分の射界に捉え続け、途切れることなく矢を射続けていた。



 やがて龍の鱗にひびが入り始めた。ゴーレム同様、これで破壊されるか、と思いきや―――鱗は宙にぽろりと剥がれ落ち、矢がそれを射抜いたとたん、砕け散った。その破片は、どうしたことか、光弾と同様の光を発して、蜂の群れのようにすべて巫女めがけて飛んでくるではないか。これも巫女は避けねばならぬ。


 鱗は何十枚とある。剥がれ落ちては砕け散り、次から次へと襲ってくる。だが巫女は、それでもその隙間を着実にすり抜けていく。いったいどんな目をしていれば見極められるのか、見当もつかない。


 どこに何があって誰がいるのか、まるでわからなくなりそうな光の弾の洪水は、電子ドラッグを見ているようで、触れたら死んでしまう恐ろしい空間のはずなのに、いつまでもそこにいたいと思えるような、奇妙な感覚があった。


 はっきりとわかるのは―――あぁ、そこにあるのは確かに命のやりとりなのだ。勇者は魔王を、魔王は勇者を倒すため、命を賭けて戦っているのだ。


 僕は―――僕はなぜ、傍観者のまま、ここにいるのだろう。


 僕もここにいるのに、なぜ、戦いに加わっていないのだろう。―――命を差し出す勇気もないくせに?


 でも、でも、なんとかして、僕は、この世界に―――飛鳥さんの戦いに、関与すべきではないのか?


 関わりたい。彼女の世界に、入り込みたい。


 そう思ったとき。


 何かが頬っぺたにぶつかって、「ぼへっ!」僕は情けない声をあげた。光弾のひとつが自分に当たったのだ、と察した時には、気が遠くなって、身動きできなくなって、僕は中空にとどまる力を失い、地面へゆっくりと落下していた。


 ―――え?


 これまで光弾が、いや、アルガレイムでもグレイテスト・マッスルでも、物体が僕に触れたことはない。僕には実体がなかった。ただふわふわ浮いて、傍観していただけだ。それなのに、今―――何が起きた?


 わからないまま、大の字で地に横たわった。ただひとつ直感的に理解したのは、あの光の弾に触れた瞬間に、僕は死んだ、ということだった。なぜかはわからない、だが僕は、クリスタデルタという世界のルールが適用される存在になったのだ。


 意識と感覚だけが残っていた。ただ空を見上げることしかできない。上空では、巫女と闇魔女の光弾の撃ち合いに、いよいよけりがつこうとしていた。



 巫女の表情は変わらない。だが、いつ切れるかわからない細い線の上で平静を保っていることは明白だった。ギリギリの緊迫感をはらみつつ、ドラゴンが吐く花火のような大量の光弾と、鱗が弾けて突っ込んでくる群れなす光弾、軌道の異なる二種類の弾を避け続けながら、矢を射続けていた。


 一体のドラゴンの鱗がすべて剥がれ落ちた。露わになった肌に矢を浴びせかけると、ついにドラゴンは動きを止め、その体からゴーレムと同じ小さな爆発を起こしながら墜落し、魔法陣の中へと沈んでいった。


 一体屠って、巫女は一瞬、張り詰めた糸を緩め―――てはいけなかった。


 もう一体のドラゴンは健在だ。さらに大量の弾を吐き始めた。鱗の破片の光弾もさらに速度が上がったようだ。二種類の光弾があっという間に巫女を包み、苦しい状態に追い込まれた、そのとき。


 「ソバヤソバーヤ! いでよ、ウィスプ!」


 飛鳥さんがホウキを三度振り回した。すると、ホウキの先から、龍が吐くものとも鱗が砕けたのとも違う、火の玉のように揺らめく新たな種類の光弾が生まれた。


 「死ぃねぇーーーっ!」


 飛鳥さんが指を突きつけると、それは高速に―――龍の吐く光弾も鱗の光弾も追い越して! ―――まっすぐに巫女に狙いを定めて、突き進んでいった。


 巫女は、強くはばたいて、距離を大きく取るように避けた。


 だが。


 その避けたところに、別の火の玉が迫っていた。……飛鳥さんはホウキを三度振った、つまり生まれたウィスプは三体。はじめから、三叉に放っていたのだ。避ける位置まで読み切って―――。


 巫女の表情がついに歪んだ。


 火の玉に触れた瞬間、一瞬で彼女の体は青い炎に包まれた。背中の翼が燃え落ち、巫女は飛行能力を失い―――え、あの翼は本当に飛ぶのに必要だったのか! そう思う間もなく。


 「あぁーーーーっ!」


 細い悲鳴を残して、彼女は森の木々の中に墜落していった。


 僕は動けなかったから、巫女がその後どうなったかは、知る由もない。



 すべてが済んだ後、飛鳥さんは地面に下りてきて、僕を助け起こしてくれた。彼女が触れた瞬間に、元の霊体のような姿に戻り、自由に動けるようになったのだが、飛鳥さん自身は、僕に何が起きたのか、まるで気づいていなかった。


 「大丈夫か、友納?」


 「うん、まぁ、……平気」


 「何でそんなとこですっ転がってたんだ?」


 「いや……その」


 飛鳥さんに、弾が当たったことをきちんと説明すべきだったろうか? なぜだか、話す気にはなれなかった。


 「……そんなことより飛鳥さん」


 「何だ?」


 「ケイブ弾幕とコナミ打ち返し弾に彩京3WAYまで混ぜられて生き残れる人は、この世にいないと思うんだ」


 飛鳥さんは目を白黒させた。


 「何言ってるのかさっぱりわかんないけど、褒め言葉だと理解しておくぞ?」

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