第56話

 梅雨も終わりに近く、強い雨が降る日が多くなっていた。毎日のようにゲリラ豪雨が降り、ニュースでは土砂崩れが起きただの水路が溢れただの、天変地異の前触れのように繰り返していた。


 そしてやってきた勝負の日は、魔王同士の戦いを祝福するかのように大荒れだった。特別教室棟の最上階の、体育館兼講堂は、コンクリート造りだのに雨音が鈍く響いていた。雷光が幾度も窓に閃き、続いてどろどろと雷鳴が轟いた。


 勝負の準備は、生徒会の大宅がおおむね整えてくれた。講堂の中央に、レンタルしてきた本格的なポーカーテーブル。一定の距離とパイプフェンスを隔てて観客席が用意されていて、そこには多数の生徒が陣取っていた。手元だけの競技であるポーカーを離れたところから見ても、ほとんどプレイの内容はわからないにも関わらず、魔王対魔王の決戦の場に居合わせたいと、彼らは望んでいた。


 大宅はそうした観衆に向け、放送部を巻き込んで、決戦をネット経由で実況中継する準備も整えた。これは飛鳥さんの指示でもある。


 一般的なポーカーの実況映像は、不正防止のため、生中継せず数分遅らせて送出される。トランプにICタグが埋め込まれていて、プレイヤーの手札の内容や勝率の情報をスーパーインポーズする、なんてハイテクも、現代の中継では駆使されている。


 大宅の持つ人たらし能力をフルに発揮すれば、そんな本格的な実況中継も可能だったろうが、飛鳥さんは生中継にこだわった。これは校長の側も、望むところだと受け入れた。お互い、一般生徒を納得させるには、可能な限り劇的に勝利を演出したいと考えていた。


 そこで大宅は、カメラをテーブルの真上にのみ吊り下げた。むろん情報のスーパーインポーズはなく、ボードの内容、各自のアクション、それによるハンドの勝敗といった、起きた事実だけを淡々と送り出すだけのものだが、それゆえ映し出される映像には確かな緊迫感があった。


 ディーラーも本職に来てもらっている。中立であることを確認済み、というか、普段は都内のアミューズメントカジノで働いているという優男のディーラーは、レクリエーションか何かだと思っていたのだろう、互いの命運を賭けているとは露知らず、淡々と仕事をこなしつつも異様な雰囲気に明らかに戸惑っていた。


 つまるところ、卓上もディーラーも疑う余地はなく、この勝負において一切のイカサマはない。


 当然ながら、ハンドサインやアイコンタクト、ハンド中の私語は禁じられ、もしもそれらがあれば、プレイを中断して指摘及び抗議してよい、というルールも設けられたが、その権利の行使による競技中断は、結局最後まで発生しなかった。




 今回の対決の概要を説明しよう。


 一〇人テーブル、五人対五人のチーム戦で行われる、フィックスリミットの勝ち抜きトーナメント戦。スタート時のチップ量スタックは三〇〇〇$。当然ながら、手持ちのチップをすべて失ったら敗者となり、テーブルから退場せねばならない。


 通常、ポーカーは個人戦であり、チーム戦はない。勝ち残った順に順位が決まり、その順位に応じたプライズや称賛を得る。


 とはいえ、一部にはチーム戦のあるポーカールームも存在する。多くの場合、優勝者のいるチームの勝利となり、優勝チームのメンバーには、順位に応じたプライズに加えて少しだけ上乗せがある。チップを奪うなら敵から、奪われるなら味方からが望ましい、という駆け引きは生まれるが、むろん、優勝者たらんと一つでも上位を目指す方が、得るものは大きい。


 今回、五対五のチーム戦をするにあたり、僕らの採用したルールも結局、「勝者総取り」だった。勝ち残ったプレイヤーがいる側が―――逆に言えば、相手チームのメンバーが持つチップを、すべて奪い取れば勝ちとなる。



 ブラインド上昇は一〇分ごとに行われることに決まった。これはかなりの上昇速度だ。ポーカーのトーナメントは、規模が大きければ数日間にわたって行われることもあるが、僕らは放課後の数時間で終わらせねばならない都合上、どうしても速く設定せざるを得なかった。


 同時に、通常のトーナメントなら、プレイを中断し休憩を取るのはおよそ二時間に一回だが、今回はブラインド三回分、つまり三〇分ごとに、五分間の休憩を入れることとした。その時間は、チーム内で会話してもよい。いわば作戦タイムを取れるわけだ。




 「相手は校長以外素人のはずだ。そいつらから確実に、取っていこう」


 今は、部室を控え室の代わりにして、開始前の作戦タイム。飛鳥さんが中心になって、円陣を組んで顔を突き合わせている。


 「大丈夫、やれる。あたしらは、必ず勝つ」


 メンバー構成は、飛鳥さん、僕、勇、和尚、桐原さん。つまりは、ポーカー部初期メンバー五人。


 できれば頭のいい大宅を加えたかったし、実際そのために彼をポーカー部に入部させはしたが、事件当時部員でなかった者が助っ人外国人のごとく参加するのは、さすがに拒絶された。代わりに彼は、生徒会代表として、今日の運営全般を引き受けることになった。


 城市先生は身を控えた。ポーカーの実力の問題もあるが、それ以前に、今回の勝負は多くの生徒に「生徒対教師」の構図だと思われていたから、メンバー全員が生徒であるべきだろう、という判断だった。


 期末試験で赤点があったら勝負は無効、の条件に、脳筋の竜崎先輩は「はっはっは」と声高く笑って屈した。射水さんも、彼女らしくもなくごめんなさいと手を合わせた。本人曰く「弾道計算ならできるのだけれど……」だそうで、それ以外の理系科目が壊滅的なのだ。特に生物がダメで、意外や意外、虫に触れないという弱点が判明したのだが、閑話休題。


 「本当に大丈夫? 落ち着いて、みんな、落ち着いてね!」


 「……まずあんたが落ち着け」


 円陣の外で城市先生がテンパっているのは、かえってみなを冷静にさせた。

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