第66話
ストラクチャ第七レベル。ブラインドは二〇〇$/四〇〇$
第三七ハンド。SB飛鳥さん、BB校長。
チップ量は、飛鳥さんが九五〇〇$、僕が六五〇〇$、校長が一四〇〇〇$。
校長がチップリーダーである状況には変わりない。だがトータルではポーカー部が上。思ったよりもしのいでいて、和尚が去ったときより状況はいい。
ブラインドが置かれ、ディーラーがカードを配った。
プリフロップで最初に行動するのは、僕。手札を見て、四〇〇$コールした。
すると飛鳥さんが、八〇〇$にレイズした。手札がよくないと愚痴っていた彼女が、もう融通を求める必要もないのに、僕のベットに対しレイズ。桐原さんが去った今、校長の直前でレイズした、ともいえる。残り三人とはいえ、これまでになかったアクションだ。
校長は、しばらく考えてコール。僕もコール。プリフロップはこれで終わった。だが後から思えば、このプリフロップの動きがすべてを分けたのだ。ポットは二四〇〇$。
フロップが並んだ。
♠A♠J♡10。
―――!
周囲で固唾を呑んで見守っている観衆に伝わったかどうか―――テーブル上に一瞬、電流が走ったような感覚があった。
フロップ以降、最初に行動するのはSBの飛鳥さんだ。彼女は、先ほどからまた表情を消している。しかし、何をすべきか困惑して無表情になったさっきとは違う。今度こそ、何も情報を与えまいとして作る無表情、本当のポーカーフェイスだ。……彼女は、しばらく考えてチェックした。
校長は、ふんと鼻を鳴らしてベットした。僕はコール。飛鳥さんがここで仕掛けてレイズ。チェックレイズだ。チェックという弱気なアクションで、相手を逆に強気にさせてベットを引き出すプレイだ。
すると、校長はリレイズした。ぎろりと飛鳥さんをにらむ。飛鳥さんもにらみ返す。それに巻き込まれないようにしつつ、僕はコールした。
飛鳥さんはしばし考え、リレイズにコール。校長がふむと息をついた。ポーカーフェイスの向こう側で、双方何か良からぬことを考えているように見えた。
これでフロップは終わり、三人とも一二〇〇$投じて、ポットは六〇〇〇$。
ポットが高額になってきて、観衆がざわざわし始めた。これは―――誰がこのポットを獲るかで、勝負が決まるのではないか?
そして、ここが本当に、魔王対魔王の雌雄を決する戦いの場なら、どんな奇跡が起きても不思議ではないのだ。
ターン ♠10。
ボード二枚目のテン。三枚目のスペード。
これは―――この勝負の、要だ。
校長がカードに置いた手に、かすかに力がこもった。僕が気づいたくらいだ、飛鳥さんが気づかなかったはずはない。
飛鳥さんが表情を消したまま熟考に入った。ちらりと、一瞬だけ僕を見た。彼女の決断は―――チェック。
校長はベットした。ターンになったから、一度に八〇〇$。
さぁ。
ここだ。
僕はレイズした。
ボードを再確認しよう。♠A♠J♡10♠10。
この状況で、強気になれる手札は何か、考えてみてほしい。
特に、今までただコールでついていっていた僕が、ここで急にレイズに転じたということは、
飛鳥さんが、また少し、考える。彼女は―――コールした。
校長の手に再び力がこもる。校長は力強く、リレイズした。
……決まった。
僕は軽く息をつき、天を仰いだ。
だが、まだだ。まだ勝負は終わっていない。
僕はレイズした。三回目のレイズすなわちキャップである。これ以上はレイズできない。
飛鳥さんがかすかに笑った気がした。彼女は黙ってコール分のチップを押し出した。
校長が勝ち誇ったようにコールして、このラウンドは終わる。全員が三二〇〇$を投じたことになる。ポットは一気に九六〇〇$増え、一五六〇〇$に達した。
ざわめきが強くなる。これで勝負が決まる。間違いない―――!
リバー ♢2。
おそらく、誰の手にも影響を与えないカードだ。それぞれ、今ある手で勝負することになる。
飛鳥さんはチェックした。校長はかさにかかるようにベット。
僕はレイズした。ここで僕はオールインになる。飛鳥さんはコールした。
校長が少しいぶかった顔をする。だがここまで来て、手を止める者はない。校長が二度目のレイズをする。
そして。
飛鳥さんがアクションを起こす前に、僕は自分の手札をテーブル中央に放り投げた。
フォールドだ。
校長が目を見開いた。ディーラーも驚いている。飛鳥さんすら、いっときは目を丸くしたほどだ。
先も述べたが、オールインしたプレイヤーは、ショーダウンまで自動的に残ることができる。オールイン前に賭けられた分のチップは、勝てば獲得できるのだ。僕はその権利を放棄した。
いったん手札を捨ててしまったら、絶対にフォールドは取り消せない。でもそれでいい。
納得し、そして悟っていた。
僕は、自分の役割がいったいなんであるのか、いま、完全に、理解した。
僕の持っていた手札を、不思議がりながらも、ディーラーが回収する。他のカードと混ざり、どこともわからないところへ、消えていく。
驚きが講堂全体を満たす中。
飛鳥さんが、ニヤリ笑って「レイズ」と発声し、チップを積み上げてその驚愕にトドメを刺した。
校長は混乱を隠せないようだが、ここにきて負けを認めることはできない。もうポットは二〇〇〇〇$以上に積み上がったのだ。彼はコールせざるをえなかった。
「ショーダウン」
ディーラーの声にかぶせるように、
「あたしの勝ちだ、エセ魔王」
そう叫んで開いた飛鳥さんの手札は、♡A♣A だった。
校長がぐっと歯を食いしばる。彼の手札は、♢A♣10 だった。
♠A♠J♡10♠10♢2 のボードに対して完成した役は、飛鳥さん校長ともにフルハウスだ。しかし、三枚ある札のランクが高い側、すなわち、エースを三枚持つ飛鳥さんの勝ちとなる。
ポットが飛鳥さんの元へ移動する。飛鳥さんは冷静にチップを回収し、積み上げた。驚愕が、じわじわと歓声へ変わっていき、やがて講堂を揺るがした。稲妻も雷鳴も聞こえなくなるほどだった。
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