第64話

 だが、第三三ハンド。SB勇、BB飛鳥さん。校長がまたしてもレイズ、ここで敢然と勇がリレイズした。勢いを折られて、校長はすんなりとフォールドした。


 そして第三四ハンド。SB飛鳥さん、BB桐原さん。UTGの校長は、残り四人を相手取るには手札が悪いと判断したようで、今回はレイズしなかった。おかげで久々に、ポーカー部の面々だけで戦うチャンスが生まれた。


 これまで、和尚と校長がぶつからなかったハンドでは、僕は何度か飛鳥さんにチップを融通している。しかし、勇と桐原さんがレイズして、その融通分を自分のものにする、という場面もあった。


 結果、僕もだいぶ削られて、第六ハンドを勝ったときには七五〇〇$近くあったスタックが、今は五五〇〇を切っている。残り三人は、飛鳥さんがおよそ三五〇〇$、さっきの校長への反撃が効いた勇がおよそ三二〇〇$で、桐原さんが二七〇〇$。




 さて―――僕は少し考えて、フォールドした。


 残るは、勇、飛鳥さん、桐原さん。


 勇がコールした。つまり、BBと同じ額、三〇〇$を支払った。


 無意味ともいえる行為だ。BBの桐原さんとは、もはや勝負する理由がない。理由があるとすれば―――間に、飛鳥さんがいること。


 すでにBBの半額を支払っている飛鳥さんは、手札の内容がどうあれ、フォールドしてSBを取られるよりも、コールしてフロップに参加した方がよい、そんな判断も可能だ。


 勇はむしろ、それを誘導しているように見える。「手札が悪くとも、勝負しろ」と。


 飛鳥さんはしばらく考えて、コールした。既に払ったSBに一五〇$を追加する。


 すると桐原さんが、即座にレイズした。BBの三〇〇$にさらに三〇〇上乗せ、計六〇〇$。飛鳥さんにこう言うかのように―――「本当に勝負するの? 引き返すなら今のうちよ!」


 勇は即座にコールし、勝負する構えだ。


 飛鳥さんは、しばらくじっと考え込んで、無表情に近い顔で、「コール」三〇〇$をポットに入れた。全員が六〇〇$ずつ賭け、ポットは一八〇〇$。




 フロップ ♢2♣4♠5。


 飛鳥さんの動きがしばし止まった。完全に表情をなくした。ポーカーフェイス? いや、手札が良かろうと悪かろうとニヤニヤするのが飛鳥さんのポーカーフェイスだ。こんな飛鳥さんを見るのは初めてだった。強いて言えば、「何が起きたかわからない、どうしていいかわからない」そんな顔で―――それでも、いま最初に行動せねばならないのは、SBの飛鳥さんだ。


 ポーカーでは長考は嫌われる。それに、囲碁や将棋のように長考して先を読めば勝てるゲームではないから、思考時間の長短自体が敵を利する情報となる。プロ級の人は、局面によらず必ず一定時間で行動するという。


 けど今、飛鳥さんは長考した。手を読んでいるのではない。行動すべきか、すべきでないか。一歩前に踏み出すか、怯えて留まるか、それを思惟しているようだった。


 目を閉じ、目を開けた。


 ゆっくりとチップをつかむと、三〇〇$ベットした。


 悩むくらいなら、チェックして残り二人の反応を見ていい場面だ。だが、飛鳥さんは攻めに踏み切った。表情が変わっている。目線が、鋭くなっている。


 桐原さんが反撃―――レイズした。勇はコール。飛鳥さんはまたしばらくじっと考えて、コールした。六〇〇$ずつ賭けて、ポットは三六〇〇$。



 ターンは ♣2。


 飛鳥さんは再び、自分からベットした。


 すると今度は、桐原さんがコールの後、勇がレイズした。飛鳥さんはこれもコール。スタックの残りが少なかった桐原さんは、ここでコールでなくレイズオールインに踏み切った。勇と飛鳥さんはコールし、ポットはおよそ八〇〇〇$。




 そして―――。


 リバーに ♠3 が落ちた。ボードに、2、4、5、2、3と低位の数字が並んだ。


 飛鳥さんが軽く、目をこするしぐさをした。まるで涙を拭うかに見えて―――その手が払われたとき、何か憑物が落ちたかのように、懐かしさすら感じるニヤニヤ笑いがよみがえっていた。魔王の、笑みだ。


 そして彼女は、力強くベットした。


 勇がふっと口角を上げた。彼もスタックが限界だ。応じるならば、オールインしかない。



 ショーダウン。


 飛鳥さんは ♣6♣8。


 勇は ♣A♣5 だった。


 勇がエース~5のストレートであるのに対し、飛鳥さんは2~6のストレートだ。この場合、最後の数値が強い方が勝ちになる。すなわち、飛鳥さんの勝ちだ。


 「フロップでの長考で、おまえが3持ちでOESDオープンエンドストレートドローになったと俺は読んだ。なるほど、ダブルガットショットだったか」


 フロップ時点で3を持っていた場合、ボードと合わせて2~5まで連続する。エースか6が来ればストレートになる。このように両側に待ちがある、麻雀でいうリャンメンをOESDという。一方、五枚のうち間が歯抜けている、麻雀でいうカンチャンをガットショットという。飛鳥さんはフロップの時点で、3と7のどちらかが来ればストレートになる、ふたつのガットショットを得ていた。


 「おまえの勝ちだ、飛鳥」勇は潔く席を立った。「後は任せた。友納もな」僕の肩を叩いていく。


 次に桐原さんが、自分の手札を開いた。途中でオールインした場合、自動的にショーダウンに参加ができる。オールイン後に賭けられたチップは除かれるが、もしも彼女が飛鳥さんのストレートを上回るハンドなら、大半のチップは彼女に渡る。


 彼女の手札は―――♡7♢7。


 結果はツーペアに過ぎないが、ひ、と飛鳥さんの口から苦笑が漏れた。3と7のどちらかが来れば、のはずの飛鳥さんの手―――しかし、7は桐原さんに完全に塞がれていたのだ。


 勇と桐原さんの命に等しいチップ、合計九〇〇〇$あまりが、すべて飛鳥さんの元へ移動した。


 「おめでとう、がんばって」


 桐原さんは、飛鳥さんに微笑みかけながら、やはり潔く席を立った。


 勇と桐原さんが、並んで退場していく。二人の戦士の背中に、暖かい拍手が送られた。

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