第35話
クリスタデルタから現実世界に帰還した後、僕らは急いで教室に戻った。
いるじゃないか。僕らのクラスに、頼りになりそうな人が。たとえそれが書き換えられた記憶だとしても。
自習になった五時間目の一―B教室に、果たして彼女はいた。誰も教科書など開かずまだ騒がしいままでいる中、廊下側窓際の席で、我関せずと静かに本を読んでいる。長い黒髪を、見覚えのある金色の髪留めで生え際からまとめた、切れ長の目の女子。
射水さんだ。
飛鳥さんは射水さんの席の前に、腕組みをして立ちはだかった。
「射水」
射水さんは本から目を離さずに答えた。
「何でしょう」
「現状どう思う」
「さっきの豚の件ですか? 気に入りませんね。実に不愉快です」
彼女の言葉のひとつひとつに、棘―――というか、研ぎ澄まされた鋭さがあった。飛鳥さんに劣らぬ強気さだが、挑発的という意味で人を惹きつける飛鳥さんと異なり、何者も寄せつけず弾き返す硬質さだった。正直、そりが合う感じがしない。今まで飛鳥さんと衝突せずにいたことが信じられない。
「なら、手を貸せ」
「どのように」
「あんたのスキルで、豚狩りをしてもらいたい」
飛鳥さんは遠慮も迷いもなく、上から目線で言い放った。
射水さんは、ぱたんと読んでいた本を閉じた。それから、きりっと太い眉根を上げて、上目遣いにぎろりと飛鳥さんを睨んだ。飛鳥さんは睨み返し、冷たい視線が交錯する。剣戟の火花が飛んできそうで、僕は慌てて水を差した。
「ちょ、ちょっと、それ、射水さんにオークキングを射殺せって言ってない?」
「まったくです」射水さんが言った。「弓は神聖なもの。人に向かって射るなど言語道断です。あなたの意趣返しに使われては、弓が汚れます」
「ほら、さすがに無理だって」
「ですが―――」
射水さんは席を立った。つかつかと、自分のロッカーまで移動し、中から何かを取り出した。黒光りする、大型の―――アタッシュケース? なんでそんなものを学校に?
かちゃりかちゃりと重たげな金属音を立てて留め金を外すと、中には機械の部品らしきものがいくつか丁寧に収められていた。とりわけ目立つのは、細長い金属筒で―――射水さんは、おもむろにそれらを組み立て始めた。
できあがったのは―――銃だ。M16アサルトライフル。
「―――弓でなければ、かまわんぞ」
射水さん、シューターだったぁ! でもそれなんか違う! シューターの意味違う!
「では、話を聞こうか」
大和撫子がすっ飛んで、いきなり口調まで変わった射水さんの、太い眉、切れ長の冷徹な目―――どこかで見たような気がしていたけど、思い出したぞ。床屋や食堂に、厚い単行本がずらっと並んでる。あれだ。
なんだかくらくら来て、足がよろめいた、とたんに、グーで殴られてぶっ飛ばされた。
「私の背後に立つな」
うっかり彼女の後ろに回ってしまったらしい。だからって何で殴られるんだ。理不尽だ。つーか彼女の座席は最後列じゃないのに、ふだん後ろの席の人はどうしてるんだ。プリント回すときとかさ。今まで何もトラブルが起きていなかったのは、奇跡だよ!
だが飛鳥さんは、まったく動じることなく、満足げにひとつふたつうなずいて、彼女の前の席にすとんと腰をかけて、言った。
「今回のビジネスについて説明する」
ビジネスなの?!
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