第36話

 やるなら早いほうがいい、という飛鳥さんの言葉に従い、その日の放課後、僕ら―――飛鳥さん、射水さん、僕の三人―――は部室に赴いた。見届けなきゃいけない、という義務感に駆られたのは、僕もすっかり参謀が板についてきたというところか。


 部室には、立入禁止の貼り紙がなされていた。


 投げ込まれたコンクリートブロックがサッシまで傷つけていて、ガラス交換だけでなく、窓ごと工事する必要があるのだそうだ。終わるまでの間、生徒は立入禁止で、当然ここでのポーカー部の活動も差し止められている。


 だが、鍵を持っている飛鳥さんは知ったこっちゃない。僕らは密かに室内へと滑り込んだ。最後に入った僕は、廊下を二度三度見回してから、静かに扉を閉めた。オークキングは見張りをつけていると言ったが、その気配は見当たらない。単なる脅しだったか、サボっているか―――まぁ、まじめに仕事をする雑魚オークってのも想像がつかない、か。


 割れたガラス壊れたサッシが危険だというので、窓が外されて代わりにブルーシートがかけられていた。うまい具合、外から室内は見えないが、シートの隙間から外が見える―――つまり、銃口を出して体育倉庫を狙撃しやすい状態だった。


 射水さんは黒いアタッシュケースを―――学生鞄と重ねると意外と目立たないものだな―――開き、早速M16を組み立て始めた。


 「えっと……念のため訊くけど、それ、モデルガンだよね?」


 僕がおそるおそる尋ねると、射水さんは怪訝な目で僕を見た。それから、あごをしゃくってブルーシートの向こうの体育倉庫を指し示した。


 「五〇メートル近くある。モデルガンじゃまず届かない。届いてもダメージにならん」


 そんなこともわからんのか、と言わんばかりに。


 「じゃあ、それは……」


 「実銃に決まっているだろう。少々米軍につてがあってな」どんなつてだよ! 百歩譲ってつてがあっても、学校持ってきちゃダメでしょそんなの!


 「えっと、えっと―――じゃあ、弾は? 模擬弾か何か……だよね?」


 すると射水さんの視線はさらに訝しく、侮蔑を帯びたものになった。ふ、とひとつため息をついた後、ケースから金ぴかの細長い弾丸を取り出す。銃弾というと先端が尖っているイメージがあったが、それは逆に先端が窪んでいた。「これはホローポイント。人体に命中しても貫通しないのが特徴だ。ダメージをすべて人体内部に与え、致死性が極めて高い。使うか、飛鳥?」


 もう、どうツッコんでいいかわからない。あーとかうーとか返答に窮していると、邪魔をするなと言いたげに、飛鳥さんまでが同じように冷めた目で僕を見てくる。


 極悪魔王と、任務を遂行すると決めたら成功率一〇〇パーなプロフェッショナルが手を組むと、こうなるのか! ふたりがかりで切れ長の目で、相手を見下すそういう視線を向けられると、この世のどこかには「ごほうびです」とか言う人もいるんだろうけど、僕はそうじゃないから!


 「ありがたい申し出だが」飛鳥さんはこう答えた。「あたしが見たいのは、奴が魔王の脅威を思い知り、絶望の淵でのたうち回る姿だ」


 射水さんは、ふ、と唇の端を上げた。「そうだろうと思ったから、発射機構は演習用のものに交換してある。弾もノンリーサルのゴム弾だ。着弾後はつぶれたゴム塊が残るだけだから素人には弾丸とはわからん。生分解性に優れた素材で、早ければ二週間で跡形もなく消える。地球に優しいエコでクリーンな弾丸だ」


 人間にはちっとも優しくない気がするが、ともあれ僕はほっとした。血の海は見ずにすみそうだ。元勇者の「都合のよさ」はよくわかった、あまり異論を差し挟むべきではないんだろうな。


 とはいっても。


 「威力はどんなもんだ?」飛鳥さんが尋ねた。「実銃で撃つには違いないんだろう?」


 「うむ。当たるとものすごく痛い。プロボクサーに殴られたくらいのダメージはあるそうだ。軍の演習でもマスクとボディアーマーを必ず着用する。運悪く眼球に当たると、脳まで貫通して死ぬ」


 簡単に言うし! おまけに、飛鳥さんの返答がこうだ。


 「あぁ、脳障害で半身不随ってのも、奴に物事をわからせるにはいいかもな」


 「飛鳥さん―――、口にしていいことにも限度があるよ」


 「だからあたしはあくに―――」


 「悪人でもなんでも、ヒトの矜持があるならば」


 「キビシーなぁ、参謀は」さっきからの銃談義で高まっていた緊張感を、飛鳥さんは苦笑で崩した。「でも正直、自分がその、人権だの人倫だのの内側にいる自覚はないんだ。やっぱり、あたしは魔王なんだよ」


 ―――少し寂しそうな顔。


 ふっと思う。さっきオークキングに啖呵を切った後、もしも元勇者たちの援護が得られていなかったなら―――飛鳥さんは本当にオークキングを撃ち殺して、今回の問題にけりをつけていたんじゃなかろうか?



 僕と飛鳥さんが言葉を交わすうちに、射水さんは狙撃の準備をすっかり整えていた。


 「セーラー服と機関銃」という映画が昔あったが。ブレザーとアサルトライフル。どうなのかなぁ、これ。


 射水さんは、窓辺に寄せた机に二脚を添えた銃を設置し、青いビニールシートの隙間から銃口を出した。肘をつき、肩に銃床を固定して、スコープを覗き込んで体育倉庫に狙いを定めて様子をうかがう。


 「いい具合だ」


 別の小型のスコープを手渡してくれた。促されるまま覗いてみると、体育倉庫の小窓は開きっぱなしで、オークキングの姿が見事に丸見えだった。跳び箱やマットを重ねて玉座のようにして、そのてっぺんでふんぞり返っていた。


 それは、こちらに注意を向ける者がいないという意味でもあった。ビニールシートのおかげで、向こうから部室の様子は見えないから、監視はやめてしまったのだろう。逆にこちらから狙っているとも知らず───。


 「やれ」


 飛鳥さんが厳かに、だがためらいなく言った。


 射水さんもためらいなく引き金を引いた。


 発砲は、たぁん、と、思ったより軽い音だった。


 スコープの向こうで、オークキングが、跳び箱とマットの玉座から転げ落ちるのが見えた。


 射水さんが、ぐっと親指を立てた。


 飛鳥さんも、ぐっと親指を立てて応えた。

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