第二部・「彼らの役割」

第17話

 僕と飛鳥さんが主従の杯を交わした翌日、僕らは「第一希望:ポーカー部(新設)」と書いた入部希望届を提出し、その後、城市先生に求められるまま、新規部活動を申請する書類を作成した。


 城市先生は、ポーカーなんて大丈夫なのかしら、と不審がっていたが、結果のみいうなら、直後の職員会議で驚くほどあっさりと認められた。


 「校長先生がねぇ、お好きなんですって」先生はにこやかに、意外な事実を報告してくれた。「若い頃はラスベガスやマカオに行って、荒稼ぎしていたそうよ」


 教師が? と思ったが、そりゃけっこう。


 だが、城市先生は続けて、僕らを落胆せしめることを言った。


 「でもね、ごめんね、部室は無理だったのよ。使えそうな部屋はみな確保されてて。私が管理してる一―B教室以外で活動するのは、ちょっと難しそうなの。下校時刻の延長はOKが出たから、しばらくは教室でやってくれる? 余ってるロッカー、使えるようにしとくから」


 えー、と飛鳥さんが顔を歪めた。彼女にとっては、うだうだできる部室が最優先だったのだから、さもありなん。


 「どこか空き部屋があって、そこを使う許可が得られればいいのだけれど……あなた方も探してみて?」



 そんなわけで、五月の連休明けから、ポーカー部は一―B教室で活動を開始することと相成った。放課後になると、小遣いを出し合いホビーショップで買い入れた道具を、僕ら専用にあてがわれたロッカーから持ち出し、カードを闘わせた。


 活動が始まって一週間ばかり過ぎた、ある日のことだった。その日も僕らは、SHRショートホームルームが終わった後、教室後方の机を島にして(飛鳥さんは自分で動こうとしないから、彼女の席が基準だ)、合繊のマットを広げ、チップを分配して準備を整えていたのだが―――。


 「すまん」


 勇がぴっと拝むようなしぐさをして、早足に教室を出て行った。


 「どこ行くのさ?」尋ねてみると、


 「今日はどうしても外せぬ、男の約束があるのだ」と、廊下の先から声が返ってきた。


 「おおげさだなぁ」桐原さんがあきれた。「しかたないね、じゃ、四人でやる?」


 そうだね、と生返事をしつつ、僕はある事実に思い当たっていた。今日は、仮入部期間が終わる日なのだ。新入生は各自、希望届ではなく、正式な入部届を出してどこかの部に所属せねばならない。


 逆に、各部の新入生勧誘活動も、今日を限りに終了だ。明日以降、一学期の間は、部の移動も原則禁止となる。いつまでも新入生につきまとったり、部員を他から引き抜こうとする悪質な勧誘がかつて横行したために、生徒会がそのようなお触れを毎年出すのだそうだ。……そういう話は、新部活を立ち上げた僕らには関係なかろうと思っていたのだが……。


 飛鳥さんが、僕にぴっと目配せしてきた。―――アレかな?


 僕も目配せで返した。―――たぶんそう、アレの影響。


 アレ、が何かはさておいて。


 「まほちゃーん」


 飛鳥さんが、教室を出て行こうとしていた城市先生を呼んだ。……子供を呼ぶような声に、まだ残っていたクラスメートたちからどっと笑いが起こる。


 「まほちゃんはやめなさい! じょういちせんせい、です!」


 乙女のごとく赤面するまほちゃん―――じゃなかった、城市先生に、飛鳥さんはもちろん配慮なんかしない。カードを空中でぱらぱらとシャッフルしながら、命令形で言った。


 「面子は多い方がいいんだ。やってけ、顧問」


 「私、小テストの採点が―――」


 「いいから来い」


 教師に向かってひどい物言いであるが、これが飛鳥さんの平常運転だと言う認識は、クラス全体にできあがっていた。城市先生は、すっかり舐められちゃったかわいそうな新米担任というわけだ。


 舐められてる―――いや、ちょっと違うな。ここで、まったくもう、とかぶつくさ言いながら、いそいそ参加しちゃうのがまほちゃんクオリティ。教師の威厳も何もあったもんではない。



 ともあれ飛鳥さんは、魔王主催の座興の席に、部下を従えて満足げだ。


 頃は五月中旬、午後三時半。暖かく穏やかな初夏の午後。


 窓からは爽やかな春風が入ってくる。運動部の活動も始まってグラウンドは賑やかだ。飛び交うかけ声を裂いて、学校の敷地に添う高架の上を、新幹線が駆け抜けていく。


 現実世界は、今日も平和な、よい日和ひよりだった。

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