第24話

 さて。テキサスホールデム、本日の二戦目。


 ディーラーは飛鳥さんに移り、ブラインドが和尚、ビッグブラインドが桐原さんとなる。ふたりはそれぞれブラインドを支払い、その後カードが配られた。


 城市先生はコール、僕もコールした。ディーラーの飛鳥さんが三BBレイズ。


 和尚がコール、桐原さんはフォールド、城市先生と僕もコールで応じた。桐原さんのビッグブラインドに加えて残り四人が三BBを賭けたので、ポットは一三BB。



 フロップは ♠2♠10♢A。


 和尚が八BBをベットした。城市先生はにこにこしながらコールした。僕もコール、少し考えて飛鳥さんもコールした。ポットは三二BB追加されて四五BB。


 全員にコールされて、和尚の顔が歪んだ。どうやらブラフ―――つまりたいした手札ではないのに、他の三人がフォールドすることを狙ってベットしたらしい。



 ターン ♣K。


 和尚はチェックした。城市先生もチェック。僕は三〇BBをベット。ここで―――飛鳥さんがすました顔で、「レイズ。六〇」


 げ! ここでレイズか。


 僕の手札は ♠A♡5 だ。共通札の ♠2♠10♢A♣K を合わせて作れる最高の手は、エースのワンペア。和尚がブラフなら、この手でも勝てるかもしれないと思ってベットしたけれど、どうだろうか? あと一枚、リバーに運を委ねる手もあるけど、一番有利になるエースが出ても、スリーカードまでだ。もう一枚スペードがあればフラッシュドローだけど、そうじゃないからなぁ……。


 飛鳥さんのレイズは、額の下限。レイズにしては少ないから、あまり強い手ではない、と見せている。コールして、リバーでエースや5が出るのを期待してもいいし、逆にレイズし返してもっと強い手のフリもできるが……飛鳥さんのことだから、そうやってこっちからチップを出すのを、誘っているようにも見えるんだよなぁ……。


 和尚はやはりブラフだったようで即フォールドした。城市先生はやっぱりにこにこしながらコール。僕は少し考えたが、結局あきらめてフォールドした。ポットは一五〇BB追加されて一九五BB。城市先生と飛鳥さんのヘッズアップだ。



 リバー ♠8。


 城市先生の顔がまたしてもぱぁっと明るくなった。明るくなって、ぺし、と一BBのチップをポットに入れた。


 飛鳥さんは一瞬ものすごく醒めた顔をした。一九五BBに一BBが追加されたところで、ほとんど状況が変わらないからだ。しばらく考えた後、「オールイン」手持ちのチップを、ポットに全部押しやった。


 城市先生はにこにこしながら、「コール!」チップを同じようにどかっと押し入れた。


 ショーダウン。


 飛鳥さんが開いた手札は、♠J♠Q。ターンの時点でテン~エースのストレートが成立し、リバーでさらにスペードのフラッシュへ発展している。僕の下りは正しかった。


 ボード上にペアがない場合、フルハウスやフォーカードの可能性はない。それ以上の役も、このボードの出目ではありえない。つまり、飛鳥さんの最終的な役 ♠Q♠J♠10♠8♠2 のフラッシュに城市先生が勝つには、♠Q より上、♠K♠A のいずれかを含むフラッシュしかない(僕が♠A を持っていたから、実際に可能性があるのは ♠K だけだ)。


 先生が開いた手札は、♡A♡8 だった。またしてもリバーでツーペアを作っていた、しかしもちろん飛鳥さんのフラッシュの勝ちだ。



 「あー、負けちゃったぁ。飛鳥さんすごいねぇ」城市先生はのほほんと言った。


 「当たり前だ、馬鹿ぁー!」勝った飛鳥さんが怒鳴って、カードを投げ散らした。勝ったのにチップを集めもせず、ふんと鼻を鳴らして頬杖をついた。「まぁ、そうだろうと思ったからオールインしたんだけどさぁ……」


 「なんで飛鳥さん怒ってるの? 勝ったら喜ばなきゃ」城市先生の方がうれしそうにしている。どっちが勝ったんだかわかりゃしない。


 「ダメだ、まほちゃんバクチに向いてねぇ」そっぽを向いて、飛鳥さんが投げ出すように言った。


 「さくらちゃん、教師がバクチに向いてたら、それもそれでダメだと思うのよ?」桐原さんがツッコんだ。


 城市先生は会話の意味がよくわかってないようで、笑みと同時に頭上に?マークも浮かべている風だ。解説は僕の役目だろう。


 「えーと、何で飛鳥さんが怒っているかというとですね、ポーカーというのは、役の上下を競うよりも、『チップを奪う』ことが主目的のゲームなんです」


 「はぁ」


 「プレイヤーそれぞれが、自分の手の強弱を、『賭けるチップの額』で主張する。つまり、相手のチップを奪うためには、自分のチップをリスクにさらさなきゃいけない。取るか取られるかってスリルが、ポーカーの面白さの核なんです。さっきの先生のように、何の主張も駆け引きもなく、コールしてプレイに参加し続けるだけ、というのは、ポーカーではフィッシュ―――日本語で言うところの『カモネギ』とみなされます。要するに弱いんです。弱い相手とやっても、飛鳥さん、つまんないんですよ」


 「よくわかんないけど、みんなが真剣にやってるのは理解したわ。いい部活の顧問になれたみたいで、先生うれしいです」


 「そんな評価いらねぇよ!」飛鳥さんの反応はもっともだ。いらだちを隠そうともせず、彼女は天を仰いだ。「つえぇ奴はいねぇのか強ぇのは!」


 「そうは言っても、経験者はさくらちゃんだけなんだし」桐原さんが言った。「みんなこないだまで、テキサスホールデムなんて知りもしなかったのよ?」


 「校長を呼んでこれないかな?」和尚が言った。「ラスベガスで稼いでた、みたいな話、あったじゃん」


 「どうかしら。お忙しい方だし、それに……」自分に不満が向けられたことをわかっているのかいないのか、城市先生はくすくす笑っている。「もしやったら、飛鳥さん容赦なく勝っちゃうでしょ。私はともかく、校長先生には面子メンツってものがあると思うのよね……」


 「一回や二回の勝負で面子がどうこう言うなら、それこそバクチに向いてねぇよ」飛鳥さんは、そっぽを向いたままでぼそりと答えた。





 それからまた数ハンド闘わせるうちに、グラウンドの方はいつの間にか静かになっていた。空もすっかり元通り晴れ渡って、いつもの運動部の練習風景が戻った―――と気づいた頃に、教室の引き戸ががらりと開いた。


 顔にあざをこさえた見目で入ってきたのは、勇と―――竜崎先輩だ。


 「というわけで、お互いに掛け持ちをすることで決着がついた。今日からポーカー部に所属することになった、三年の竜崎先輩だ」


 「オス! これからよろしく頼む!」


 一年生相手に深々と頭を下げる竜崎先輩に、飛鳥さんはあきれはてて額を押さえた。「……その結論に至るのに、なぜどつき合いが必要だったんだ?」


 「男には拳で語らねばならぬときがあるのだ」勇と竜崎先輩は揃ってぐっと拳を握りしめ、力強く言ったが、


 「ねぇよ」


 「ないわ」


 「先生、ケンカはよくないと思うの」


 女性陣がばっさりと切り捨てたので、厳ついガタイが並んでしょぼーんと肩をすくめる一幕があった、てのはさておき。


 和尚が尋ねた。「すると勝呂、おまえ空手部に行っちゃうの?」


 「行くわけではない、あくまで掛け持ちだ」勇が答えた。「通常の練習参加は免除してもらったから、普段はこっちにいる。だが、試合前や当日は空手部に出張ることになりそうだ。すまんな」


 「あたしが呼んだら必ず来い。そうでなきゃ好きにしててかまわん」飛鳥さんが、窓際の席で鷹揚に腕と足を組んだ。「で、バーターでその先輩がこっちの駒になるってか」


 飛鳥さんは、しばし竜崎先輩の面構えを眺めていたが―――。


 「ポーカーの経験は?」


 「ない!」


 「ブラフかますの平気?」


 「信義に反する!」


 二言かわして、諦めの境地に入った。


 「ダメだこいつもバクチ打つタマじゃねぇ」頭をわしゃわしゃとかいて。「パワー近接格闘系の脳筋野郎なんて、リアルで使うとこあんのかホントに……」

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