第15話
僕らはしばらく黙々と食った。しゃべる雰囲気でなかったのもあるが、食べるのに夢中で、言葉が出てこなかったのも事実だ。出てきた言葉と言えば、勇の「……おかわり」くらいだったから。「あんたのは最初から大盛りにしといたつもりだったんだが。……自分でやれ」飛鳥さんがあきれながら鍋ごと押しつけた。
「さて、肝心の話をまだしてないな」だいたいみなの腹も満ちてきたところで、スプーンを振り回しながら、飛鳥さんが言った。「どんな部活にするかって話」
最初に切り出したのが飛鳥さんというのは、意外だった。表情はいつものニヤニヤに戻っていて、部屋を覗いたことは、本当に気にしてないらしい。それより部活について、上から目線で何かもの申したいことがある様子───どうやら何か思いついているみたいだが、魔王が司会進行役をやります、というのも変な話だ。僕が買って出るのが筋だろう。
「そうだね、僕らの新たな部活の話をしよう」僕が割って入ると、飛鳥さんが、む、と表情を歪めた。また妙なことを言って引っかき回すんじゃないだろうな、と目が言っている。いいから任せておいてよ、と僕は目で応じた。「まず、条件を挙げた方がいいと思うんだよね」
「条件って?」桐原さんが言った。さすがに食べるのがいちばん遅く、カレーは皿にまだだいぶ残っている。
「みんなで新しいことやると言ったって、いきなりアメフト部作ったら、笑われるだけだろ?」
「何でアメフトがダメなんだ」勇が僕に小声で尋ねた。クォーターバックですと言って通じるガタイの勇は、僕がアメフトという単語を口に出したとき、うむ、と大きく頷きかけていた。すかさず和尚がツッコんでくれた。「アメフト何人でやるか知ってるか?」
僕は、思いつく条件を提示してみた。
「従来の部活にないこと。学校の部活として認められうること。五人で事足りること。初期投資が少なくていいこと。そして最も重要なことは───」
僕はちらりと飛鳥さんを見た。飛鳥さんは察してくれたようで、ニヤニヤが深くなった。
「あたしが満足することだな、うん」
いかにも尊大な飛鳥さんのセリフに、三人がはぁっとため息をついた。
「念のため訊くけど」和尚が尋ねた。「飛鳥の満足ってどんなんだ」
「そりゃもう、ことあるごとにあんたらがゼツボー的な顔して、苦しんでのたうちまわるのを見られたらあたしゃ満足」
和尚は頭を抱え、「さくらちゃーん……」桐原さんがあきれ声をあげた。
だが、「わからんでもないぞ」意外にも、勇が同意した。「俺からもひとつ条件を提示したい。趣味で楽しむにしても、はっきり勝ち負けがつく勝負事であってほしいのだ。勝てば嬉しいが、負ければ悔しいし苦しいしのたうち回って、次は勝ちたいと努力や工夫を加える。そういうものでなくては、俺はつまらん」
なるほど。勝利にこだわるという点で、元勇者も魔王も、底に通ずるものがある、か。
「まぁそれなら、方向性は少しついたな」和尚が言った。「
「飛鳥さんには、部室でうだうだしたいってのもあるんだよね?」僕は飛鳥さんに振った。
「そうだよー、汗臭いのはごめんだ」
「じゃあ、インドアだ」和尚が続けた。「将棋とか囲碁とか、その類のアナログで知恵比べなゲーム」
「将棋部も囲碁部もあるよ?」桐原さんが言った。ちょうどそこでカレーを食べ終えて、ごちそうさまでした、と手を合わせた。
「例を挙げたまでさ。世界を見渡せばいろいろある。チェスなんてどう?」
「チェスは将棋部の中に研究会があるね」放課後にも見ていた、部活紹介の冊子を広げて僕が答えた。「それとは別に部活を認めてもらうのは、難しいんじゃないかな」
「今流行りのカードゲームとかは?」和尚が言った。
「さすがに遊び道具と思われるんじゃないかな。先生を納得させるのは難しいし、それにあれ、本気でやったらいくらお金があっても足りないよ」僕は答えた。
と、
「にっひっひっひ」
飛鳥さんが変な笑い声をあげた。不快な笑みでなく、彼女なりに愉快であるのが伝わってくる。どうやら、彼女の思惑通りの方向に話が進んだことが面白かったらしい。
「そこで、だ。ひとつ提案がある」
飛鳥さんはつと場を立った。立ち上がるときに、ぽんぽんと僕の肩を叩いた。司会進行ご苦労さん、という感じだった。
彼女はまずはカレー皿を片付けてキッチンのシンクに放り込み、それから、リビングの戸棚からトランプを、廊下途中の物置からじゃらじゃら音のする箱を持って来て、投げつけるように僕に渡した。
「これ、何?」箱を受け取ってみると、何やらカラフルな、プラスチックのコインめいたものが大量に入っている。
「ゴルフで使うマーカーという道具だよ。いろいろデザインがあって、父親が集めてるんだ。でも今はゴルフは関係ない。チップ代わりに使えそうだから持ってきただけさ。一〇個ずつ分けて配って」
言う間に飛鳥さんはトランプの方をケースから出し、小気味よくシャッフルを始めた。カードを二つの山に分け、端を同時にはじいて、山同士を噛み合わせていくリフルシャッフル。彼女はこういうのも器用で、うらやましい。
「なるほど、トランプか。しかしそれで部活というのは、通るかな」勇が言った。「遊びと思われないか」
「トランプで何をするの?」僕が尋ねた。
「ポーカーだ。ポーカーなら知的スポーツとして認知されてるし、世界選手権だってある。確率論のテーマとして、欧米じゃ学術的な研究も盛んだ、って言えば教師も納得するさ」
「確率論って、要するにバクチ……」和尚のツッコミを、飛鳥さんは黙れとデコピンで追いやった。「バクチの手管になるからいかんというなら、勝負事は全部アウトだろうよ」
「ポーカーじゃなきゃダメなの?」桐原さんが尋ねた。
「遊びじゃないって言い訳が効きそうなのは、あとブラックジャックかコントラクトブリッジくらいだ。でもブラックジャックはディーラーが必須だし、ブリッジはチーム戦になるのがめんどくせぇ。ポーカーは個人対個人のチップのぶんどり合いだから、話が早い」
「なるほど、そいつは俺好みの勝負事だな。条件にも合ってる───従来の部活にはないし、ふたりいればできるし、必要な道具はトランプと、せいぜいチップだけだ。ひとり頭千円もあれば始められるんじゃないか。面白い、やってみよう」勇が腕組みして頷いた。「俺らが飛鳥の望むゼツボー的な顔をするかどうかは、やってみなけりゃわからんがな。簡単には負けん!」
「そう来なくちゃ」
飛鳥さんはどこか満足げにしながら、全員に二枚ずつカードを配った。
「ともかく、あたしとしちゃあ、だらだら遊んでても文句言われないお膳立てがあればいいんだ。始めるぞ、ポーカーの役はわかるな? 知らなきゃググれ」
「ポーカーって五枚配るんじゃないの?」桐原さんが尋ねた。
「そりゃ、5《ファイブ》カード・ドローっていってね。日本じゃ一般的だけど、世界的にはもう廃れたルールだ。今の主流はテキサスホールデムつって、二枚の手札と五枚の共通札(コミュニティカード)の七枚から五枚を組み合わせて……」
僕らはそれから飛鳥さんにルールを教わって、しばしリビングで、ゴルフのマーカーをチップ代わりに、テキサスホールデムに興じた。最終的には、経験があるらしく駆け引きがうまく、かつ初心者に手加減する気など毛頭ない飛鳥さんが、すべてのチップをかき集める結果に終わった。が、みな楽しめたのは事実で、どの部活にも入る気がない五人が、隠れ蓑的なよりどころとするには最適だろうと、意見は一致した。
「決まり。ポーカー部作って、どっかの空き部屋部室に確保して、放課後はそこでうだうだしようや」
飛鳥さんがぱぁんと手を打ってその場を締め、お開きにした。午後八時を回り、窓の外はもう真っ暗になっていた。
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