第14話

 とはいえ。


 「あの性格で、勉強できて運動できて家事もできるのは……ちょーっと完璧超人過ぎないかなぁ……」思わず、口に出してしまっていた。


 「まったくだ」勇が頷いた。


 「なんか、弱みが一つ二つないと、かわいげがないよな」和尚も、頷いた。


 「誰にかわいげが要るって? あんたらはまたつまらん話してんな」飛鳥さんが豚こまにコショウを振りながら言った。「あたしに弱点なんかねぇよ」自信たっぷりだった。弱点を欲する元勇者どもに怖じる様子もない。


 「嫌いな食べ物とか、ないの?」探りを入れてみた。


 「特にない」


 「怖い話は?」


 「全然平気。スプラッタ大好き」


 「雷」


 「ここタワーマンションだから、夕立のとき外にじゃんじゃか落ちるのが見えるよ。なんかカッコイイ」


 「暗闇」


 「むしろフェイバリット」


 隣にいる桐原さんがいちいちびくんびくんと体を震わせている。今言ったの全部、桐原さんは苦手なのか。


 「いいかげんあきらめろ。あたしの弱点探って、どうしようっての?」


 「飛鳥みたいなのはどこかピンポイントで弱点があって、そこをいじるとすっげぇカワイくなると相場が決まっているんだ」和尚が言った。


 「アホか!」


 飛鳥さんはそう言い放って、豚こまを油を引いたフライパンに放り込んだ。ひととおり火を通すのだそうだ。じゅぅっといい音がして肉の焼ける匂いが漂い始める。


 そういえば、魔晶鏡には弱点は映し出されなかったのだ。飛鳥さんの弱点など、考えるだけ無駄なのかもしれない。……アルガレイムで、魔晶鏡に「料理が苦手」とか「怖い話が弱点」とか出てきてたら、それはそれでイヤだが。


 と、飛鳥さんが戸棚を開けていわく。


 「ありゃ。カレーつってんのに肝心のカレールーがねぇや。買い置きがあると思ってたんだけど」


 飛鳥さんはエプロンを外してくるくると丸め、着替え直後のもっさい姿に戻った。


 「下のスーパーで買ってくるわ。ちょっと待ってて。はるこん、それ炒まったら、そっちの湯を張った鍋に全部入れて煮といて。肉の灰汁取りも頼む」


 「それはいいけど、その格好で外に出るの?!」


 「いちいち気にすんなって、もう」桐原さんのあきれ声を意にも介さず、財布を持って飛鳥さんはさっさと出て行ってしまった───最後にこう一言残して。


 「あんたら、家ん中あんまりうろちょろすんじゃねぇぞ!」



 ―――鍋がコトコト音を立てる中、残された僕ら。


 和尚がぽろりと言った。


 「飛鳥の弱点の話だけどさぁ、逆パターンじゃね?」


 「逆?」勇が首をかしげた。


 「何かに弱いんじゃなくて、何か似合わないものに強い」


 「なるほど。たとえば?」


 「料理ができるんだから……、スイーツに超詳しくて、将来の夢はパティシエール。それもショコラティエール、とか」


 網杓子で灰汁をすくいながら、桐原さんがキッチンから答えた。「バレンタイン誰にも送ったことがないって言ってたよ。父親にも送らないから嘆かれてるって」


 「じゃあ、外見はアレでも、ランジェリーにはこだわる一点豪華主義」


 「パンツの柄が、イチゴとかクマさんとかか」そのセリフが勇から出てくるとは思わなかった。「確かめるのは困難極まるな。さすがに殺される」


 「いちおうさくらちゃんの名誉のために言っておくけど」桐原さんが、若干顔を赤らめながら、これもフォローしてくれた。「体育の着替えで見たけど、別に普通だよ。すごく地味」


 うーむ、と和尚が腕を組んだ。やがてぴんと来たらしく、指を鳴らした。


 「趣味がぬいぐるみ作り、てのはどうだ」


 「それは知らないなぁ。隠れてこっそりやってたら、わかんないかも」桐原さんが答えた。


 「フェルト人形、っていうぬいぐるみっぽいのを友達が作ってるところ、見たことがあるんだよね」和尚には人形を作る友達がいるのか。男か女かどういう関係か、……今は置いておこう。「あれさ、針でぶすぶすぶっ刺すんだよ。ちょっと怖くてさ。飛鳥があの面構えでやってたらすっげぇ似合いそう」


 「似合うとか。そんなこと言うもんじゃないの」桐原さんがたしなめた。「でも、確かにまだ、趣味とかはちゃんと教わってないから……。人形作りくらいなら、やっててほしいかも。うん、えっとね、あたしのイメージだと、人形は人形でも、ぬいぐるみじゃなくて職人芸の木彫。木彫りの熊!」


 「もっと素直に考えろおまえら」勇が言った。「あいつだぞ。人形を作るなら、悪魔の銅像か呪いの藁人形に決まってるだろうが」


 あははははは、と、なんだか笑い事にならないような話で笑い合い、それからふとみな押し黙った。


 ……自分が、いま何をすべきかを考えた。ちらりと、廊下へ続く扉を見る。───僕は立ち上がった。「ちょっとトイレ」


 「待て秋緒。何を考えてるかわかるぞ」勇に足をひっつかまれた。「俺も行く」


 「おれもー!」和尚が手を挙げた。


 「連れション?!」桐原さんが驚いて、……それから僕らが何をしようとしてるか察して、慌ててIHヒーターのスイッチを切る。「ちょ、ちょっと待って! ダメだよ、人の部屋勝手に覗くなんて!」


 「でも、桐原さんも興味あるでしょ?」僕は彼女を巻き込むことにした。「共犯共犯」


 「……そ、それはそうだけど……」


 そう言う間にも、そろってどやどやと廊下に出て、玄関のそばの、閉ざされた部屋の前に立った。ゴクリとつばを飲み込み、把手に手をかけた。鍵は、ついていない。


 「み、見るだけだよ! 人形が本当にあるか、ちらっと見るだけだからね! 中に入るのは禁止!」ブレーキをかけながらも、桐原さんがいちばん顔を紅潮させていた。


 僕らは、ゆっくりと、細ぉく扉を開けて、飛鳥さんの私室を覗き込んだ。


 ……そして僕らは深く黙り込んだ。本当に、「見るだけ」で十分だった。


 四・五畳ほどのフローリング、北側に磨りガラスの窓、無地の壁紙に囲まれた洋室。そこには、僕らが期待していた、お菓子の本もフェルトの刺し針も木彫りの熊も、悪魔崇拝グッズの類もありはしなかった。あるのは、クリーニング屋でもらえる黒いプラスチックのハンガーに掛けられた制服、必修品として配られた教科書参考書が並んだ学習机、どこにでもある格安ベニヤ貼りの洋服ダンス、簡素なベージュのカーペットとカーテン、縞模様の掛け布団のかかったパイプベッドに、無地のカバーが掛けられた枕───。


 それは、「何もない」のとほとんど同義だった。飾り気や女性らしさどころか、音も匂いも、個性を示すもの一切合切が欠けていた。まるでビジネスホテルの一室か、さもなくば───独房とでも言いたくなるような。


 学習机の引き出しを、あるいは洋服ダンスを開けば、何か出てくるのかもしれない。でも、この部屋に他に収納は見当たらない。生活必需品だけで、机もタンスも溢れそうだ。現代の高校生のあるべき個性が、これだけなのか。彼女には、何色かわからないけど、トビキリの色があるはずじゃなかったのか。


 僕らはしばらく、その場で呆然としていた。


 ───やがて玄関の扉が開いた。カレールーを買って、飛鳥さんが戻ってきたのだ。


 「だからうろちょろするなと言ったんだ」廊下に座り込んでいる僕らを見て、すべて状況を察したようだった。「覗いたりしなけりゃ、もしかしたらあたしはカワイイ女かもしれないと、今も妄想を働かせられていたろうにさ───ま、そういうことだよ。あたしには弱点がないって意味、わかったろ」



 後はルーを割って入れるだけになっていたから、カレーはすぐに完成した。むしろ、米が炊けるのを待たねばならなかった。


 「……普通にうまい」みなが漏らした感想に、


 「普通に、は余計だ」飛鳥さんは、ふん、と鼻を鳴らした。


 だしと醤油としょうがを加えて和風に仕立てた豚肉と白菜のカレーは、本当においしかった。辛さやコクはないが、白菜の甘さと歯触りが意外にカレー味と合っていて、メシが進むタイプの味だった。


 僕らはここで、「これならいつでも嫁に行けるな」とか茶化さなくてはいけないのだろうけど、さっきの部屋を見た僕らには、どうしても口に出て来なかった。

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