第50話

 じりじりと、差が開いていくのがわかる。探偵の表情が、強張り、引き攣り、見るからに追い詰められている。


 これがゲームなら、あるいは映画やドラマでのポーカー勝負なら、倒すべき敵は、わかりやすい「テル」―――手札や役を相手にバラしてしまうような、決まったしぐさ、癖のことをいう。要は、弱みだ―――を持っていて、それを突いて主人公は攻勢に転じるだろう。だが、飛鳥さんの魔王の本性は、そんなもの微塵も見せなかった。まして今は、人外の姿をしているのだ。どうやって見定めればいい?


 やがて終わりが来た。一時間経たずして、はじめ一〇〇〇$ずつ持っていたチップは、一五〇〇対五〇〇、つまり魔王オズブムが探偵の三倍のチップを持っている、というところまで開いていた。ブラインドは三$/六$に上がっている。


 魔王オズブムがディーラーポジションのハンド。探偵が先に行動する。カードを配ると、それを見た探偵は、一〇$へのレイズから入った。オズブムが三〇$へリレイズ。探偵はさんざん悩んだ後、コールした。ポットは六〇$。



 僕はフロップを開いた。♡9♡8♡2。


 すべてハートが並んだ。もしも手札がハート二枚であれば、フラッシュ確定。手札にハートが一枚でもあればフラッシュドローで、ターンとリバーのどちらかにハートが出ればフラッシュになる。


 少し考えて、探偵はチェックした。すると魔王オズブムは、オーバーポットベットした。つまり、今あるポットよりも多い額。一気に一〇〇$を放り込んだ。


 残り四五〇$強しかない探偵にはかなりの重荷であると同時に―――仮に探偵がフラッシュドローである場合、残り二枚でフラッシュになる可能性に賭けてコールするのは、確率的に期待値が低くなる不利な額だ。コールするくらいなら、オールインしてしまった方がいい。


 だが―――探偵は、コールした。双方が一〇〇$ずつ追加し、ポットは二六〇$。



 僕はターンを開いた。♠A。黒く、巨大な剣。


 探偵はチェックした。すると魔王オズブムは、叩きつけるようにポットベットすなわち二六〇$を放り込んだ。ここで探偵は、機を得たりとレイズオールインした。


 オールイン。手持ちのチップすべてを賭けての大勝負。勝たねばならず、追い詰められている今の探偵が、ここで仕掛けうる理由はただひとつ。探偵の手札はハートが二枚で、フロップ時点からフラッシュが成立している。


 だが魔王オズブムは―――その中にいる飛鳥さんは、そのオールインに対し、一瞬のためらいもなくコールを選択した。


 探偵は驚愕に目を見開き、下唇を噛んだ。



 双方オールインとなったので、二人は手札を開いた。


 探偵は、♡K♡J だった。予想通り、フラッシュが成立している。


 魔王オズブムの手札は、♢9 と、もう一枚―――禍々しく、♡A が開いた。


 フラッシュドローである。それも、もしもリバーでハートが出てフラッシュとなった場合、よりランクの高い札、つまりエースを持っている側の勝ちだ。魔王の勝ちとなるのだ。


 ハートさえ出なければ。探偵は一瞬、そう思ったかもしれない。残るハートは七枚。四四枚中、七枚。約一五%。


 探偵は、固唾を呑んで僕の手先を見つめる。


 最後の一枚、リバーは、赤か、黒か。


 僕はリバーを開いた。


 黒、だった。探偵は歓喜の声をあげかけて……「あああああ!」引きつった悲鳴をあげた。カードには九つ、非対称に三つ葉のクローバーが並んでいた。♣9だった。


 魔王の手札が ♡A♡9。共通札が ♡9♡5♡2♠A♣9。完成した役は―――9が三枚、エースが二枚のフルハウス。探偵の持つ、ハートのフラッシュに勝る。


 フラッシュドローだった飛鳥さんの手札は、ターンとリバーでフルハウスに変貌を遂げていたのである。


 僕は、そのヘラのような手で、チップをすべて魔王オズブムのもとへ押しやった。


 「こんな……こんな!」不運を嘆いたか、不正を主張したかったか、起きた結果を受け入れまいと狼狽する探偵に、魔王は冷徹に言葉を投げ落とした。


 「君のミスだよ、探偵くん。余は、フロップでのオーバーポットベットで、君がフォールドすると思っていた。あのハート一色のフロップ、かつハートのエースは余が持つ状況で、フォールドせずに勝負に出られる手は、フロップフラッシュ以外にない。あそこで強くレイズされていたら、余はフォールドしていたよ。フロップではワンペアに過ぎなかったのだからね」


 くぐもった声で、だが研ぎ澄まされた言葉が、おそらくは探偵の魂をもえぐっていく。


 「だが君は、少ないチャンスにできる限り稼ごうと、勝負を引き延ばすスロープレイを選択して、コールした。結果が、あのスペードのエースだ。余にはフルハウスドローがついて、勝利の可能性が広がったからね、フォールドよりも、君に全額出させたうえで逆転勝ち、の目に賭けるほうがよいと考えた。これは、そういう結果だ」


 僕も、打ちひしがれる探偵に向き直り、言葉を重ねた。


 「残念だったな、人間。オズブム相手によくやったが、ここまでだ」


 悪魔がふたりがかりで、邪悪な者どもの勝利を、高らかに謳い上げる。


 「さぁ―――君が賭けたものを、差し出してもらおう。君の、命を」

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