第28話
やがて静けさが戻る。
外にいた僕、桐原さん、和尚が、そろそろと入っていっても、勇と竜崎先輩は、仁王立ちのまましばらく姿勢を崩さなかった。
お参りでもしたい気分だ。お寺で騒いではいけない。僕らはしばし無言で、オークどもがいなくなり、食べかすやら吸い殻やらが散らばる小会議室を眺めた。
沈黙を破ったのは、竜崎先輩だった。
「いやぁ、たいした肝っ玉だ、感心したぞ飛鳥殿!」からからと笑って、先輩は言った。「確かに口は悪いが、真っ向からぶつかってやり込めたのだから、見事というほかはない。その胆力ならば、心技体というからな、きっと技も心得ておられよう。是非いちど手合わせ願いたいものだな!」
ごつい手で肩をばしりと叩こうとするものだから、飛鳥さんは飛び退いて避けた。「どういう理屈だよ?! 御免こうむる」
竜崎先輩はそんなふうに楽観的で、これでことが済んだと思っているようだったが、対して勇は、腕を組んで難しい顔をしていた。
「今のは、やり過ぎではなかったか、飛鳥」
「あれくらい言ってやんないとわかんねぇよ、あの手合いは」
「だが、あぁも怒らせては、間違いなく仕返しが来るぞ」
「八つ当たりが先さ」飛鳥さんは冷ややかだった。「犠牲になる雑魚オークのみなさんにはご愁傷様だが、知ったことか。手近なトコいじめて満足して、今日のことは忘れちまうってのが、あの豚頭にゃ一番の幸福だよ」
―――それはそうかもしれないが。
「豚って、幸福を探すかしら」
桐原さんが、ぽつりと言った。
「目の前だけに躍起になる生き物、ってカンジだが」
和尚も続いた。
「気にすんなって」飛鳥さんはそう言って、ひょいと議長机に座り込むと、机の上に置き去りにされていた鍵を、指でくるりと回した。「ともあれこれで、部室ゲット、だ」
かくして我らポーカー部は、あっさりと部室を手に入れたわけだが―――むろん、話はそれで終わらなかった。
不安は的中した。オークキングは、忘れたりしなかった。そもそも、追い払われたからといって、おとなしくおうちに帰るなり勉学に励むなりする輩なら、最初から群れなすオークになぞなってないのだ。
連中は、すぐに新たな根城を見つけて住み着いた。小会議室の南向きの窓からも見える、小グラウンドの体育倉庫の中だった。
体育倉庫の小窓は特別教室棟に向いている。ときおり、カメラか双眼鏡を向けているらしき、反射光が見えた。こちらの様子を、日々窺っているようだった。
……今は初夏だからいいけど、夏になったらクソ暑くなると思うんだけどな、あそこ。
また、彼らを追い払ったことは、別の事態を引き起こしてもいた。むしろ状況は悪化したといえる。
彼らを快適な小会議室にこもらせておればこそ、被害は少なかったのだ。飛鳥さんの行為は、いわば野蛮なオークどもを野に解き放ってしまっていた。
竜崎先輩や勇を恐れてか、特別教室棟には寄り付かなくなったものの、それ以外に彼らが態度を改めた様子はなく、ところかまわず傍若無人に振る舞って、「関わるとメンドクサイ」雰囲気を撒き散らしていた。
とりわけ迷惑を被ったのが、小グラウンドを普段の活動場所にしている、陸上部の面々だった。ハードルやマットを使う彼らは、倉庫に近寄ることすら出来なくなって、活動に支障をきたしていた。苦情を訴えても、顧問はまるで動かないらしい。
「これって元の木阿弥って言わない? 陸上部の子がかわいそうよ」桐原さんが、肩身狭そうに筋トレだけを続ける陸上部を窓から見ながら言ったが、飛鳥さんは取り合わなかった。
「ほっとけよ、連中が何やろうと知ったことか。あたしに逆らわない限りは、放置だ」
けれど飛鳥さんは、こう一言付け加えもした。
「……けど、あたしらのせいみたく言われるのは、不愉快だな」
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