第27話

 そこそこ頭の出来がよさそうな雑魚オークCが、葵の御紋をちらりと見て、言った。


 「なんか本物っぽいッスよ。まずくないスかこれ」


 「だから何だよ。オメェらの部屋じゃねぇだろ」


 オークキングの返答を、飛鳥さんは鼻で笑った。勝手に自爆したからだ。およそ自分の行動の範疇でしかものを考えられないオークの習性を、早速さらけ出した。


 「だったらなおさら、あんたらがいていい道理はねぇよ。学校の許可を得た者だけが入っていい場所だ。そしてこれがその許可だ」


 この理屈に、オークキングは論理的に答え―――られるわけがないから、「ふっざけったこと言ってんじゃねぇよテメェ!」あ、もうキレた。速!


 こめかみに青筋を浮き上がらせ、パイプ椅子を持ち上げて、飛鳥さんの足元、ぶつかるかぶつからないかギリギリのところへ叩きつける。グヮシャと大きな音が立ち、雑魚オークの多くがひるんで腰を引くところ―――。


 飛鳥さんは、歯を食いしばって、微動だにしなかった。


 ひとつ深呼吸をした後、「……それで逃げるような弱い人間しか相手にしてこなかったんだな、おまえは」彼女は言った。「だがお前が今相手にしているのは、人間じゃない。魔王だ。覚えておけ。オークキングがいくら吠えてもかなわぬ相手と知れ。片腹痛い」


 「んだとてんめワッケわかんねムッカつく女ぶっころ☆※♪くぁwせdrftgyふじこ」


 彼女が魔王の呪詛を発する間も、聞く耳持たず腕を振り上げてまくし立てたオークキングの言葉は、最後がもう人の言葉になっていなかった。飛鳥さんは意にも介さず、軽く両手を挙げて、言った。


 「かもぉん、我が下僕どもマイ・サーヴァン!」


 それが合図だった。


 引き戸をバンと音を立てて開けて、竜崎先輩と勇が室内に乗り込んだ。


 いちおう、まず話し合いをするという建前だったので―――飛鳥さんが話し合いをする態度だったかは、ご覧のとおりであるが―――ふたりは合図があるまで、今まで扉を細く開けて中の様子を伺っていたのだ。……様子を伺っていた面子の中には僕も混じっていて、桐原さんや和尚と一緒に今もなお廊下からこっそり見ているわけだが、それはともかく。


 これで、権力と腕力の合わせ技が完成した。まこと、飛鳥さんの言うとおり、力にもいろいろあるのだ。


 ふたりは、飛鳥さんの両脇に立った。肩を怒らせ、鼻息荒く、瞳に炎を宿し、くわとあたりを睨みつけるさまは、まさに阿形吽形のごとくで、語義通りの仁王立ちである。あるいは、本当にあの書類が葵の御紋であるならば、助さん格さんを従えているというべきか。


 ボスの剣幕に震え上がっていた雑魚オークが、さらなる魁偉の登場にもはや顔面蒼白になって、完全に腰が引けているのが見て取れる。


 ……腰が引けているのは、雑魚だけではなく。


 「竜崎……! なんでここに……!」


 同じ三年生だからだろう、オークキングは竜崎先輩の人物を知っていた。振り上げた腕を、肩を縮めながら下ろしてしまう。


 「掛け持ちでポーカー部に入ってもらっている」飛鳥さんがしれっと答えた。「だいたいさぁ、見張りはビビって逃げた、って言ったろ? あたしにビビったと思ったんなら、それはそれでどんなヘタレ飼ってんだよって話だよなぁ」


 言いたい放題の飛鳥さんに言い返せず、腰はガクガク、でも顔面は紅潮し血管が浮いたままのオークキング―――の眼前に、竜崎先輩が立ちはだかった。


 「あまり感心した態度ではないな」先輩は固く握り締めた拳を見せつけながら言った。「おとなしく立ち去ればよし、立ち去らぬなら、この場で成敗してくれる」


 「て、てんめぇ、俺に逆らったらどうなるかわかってんの……」


 オークキングは脅しめいたことを言ったが、竜崎先輩に効くはずもなく、拳をバキバキ鳴らして応じただけだった。


 「どうなろうも俺は逃げぬ! 臆さぬ! いつでも誰とでもお相手つかまつろう。さぁ、どこからでもかかってきたまえ!」


 先輩が肩を怒らせてずいと一歩前に出る、オークキングは一歩退く、ずいと出る、退く、それを二、三度繰り返した後。


 オークキングは、もとより醜怪な顔に、さらに醜く見えるしわを二度も三度も浮かべて、最後には、ちっと、舌まで見えるほどのわざとらしい舌打ちをして、部屋の扉へときびすを返した。


 「おぅ、おまえら、行くぞ!」


 雑魚オークどもを引き連れて、出て行こうとして―――最後にひとつ毒づいた。


 「覚えてやがれ!」


 あまりにお定まりの捨てゼリフだったものだから、飛鳥さんはそりゃもう痛快この上ない様子で、ひゃっひゃっひゃと邪悪な笑みを漏らした。


 「あぁ覚えといてやるともさ、負け子豚が一匹、ちょんもりしっぽをくるんと巻いて逃げてく不様な姿をさ!」


 「んだとゴルァ!」


 オークキングは再びブチギレて食ってかかろうとしたが、勇と竜崎先輩がやはり仁王のごとく間を埋めたし、雑魚オークどももボスを引き留めた。飛鳥さんの心底からの侮蔑と、オークキングの心底からの憤激が交錯するも、彼はあちこち蹴り飛ばしつつその場を退場していった。

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