第26話

 ―――そして、数日後の放課後。


 飛鳥さんは、特別教室棟小会議室の引き戸をがらりと開け、ひとりで中に足を踏み入れた。たむろしていたオークキングとその取り巻きの雑魚オークどもが、慌ててタバコをもみ消す姿が見て取れた。


 「おーおー、ヤニなんてつけてくれちゃって」


 飛鳥さんは、じろり室内をねめ回した。この会議室には、会議用の長机とパイプ椅子がいくつか並べられている他、窓際に、議長席とでもいうべき、大きめの事務机と一回り立派な椅子が置いてあった。その議長机に足をどっかと乗せている太った男子生徒が、オークキングに相違なかった。


 「なんだてめ……」


 扉近くにいた雑魚オークAを、


 「三下はすっこんでろ」


 一瞥で怯ませて、飛鳥さんは歩を進めた。ただひとり部屋の中央に立ち、雑魚オークどもに囲まれつつオークキングと対峙する、そんな構図が出来上がった。


 「なんだてめぇ?」


 議長机の向こうから、ぞんざいな態度のまま、オークキングがすごんだ。現れた異質物に露骨な不快感を示す、いらだちを含んだ声だった。


 一声聞いただけで、こいつには近づくべきじゃないと、神経が警告を鳴らした。恐怖とか威圧でなく、「面倒くさいことになる」というタイプの警告だ。いつでもキレる準備が整っている。


 そして彼は、そんな警告を周囲に発しておりさえすれば、未来永劫、自分の意思を押し通し世渡りができると信じている―――というか、それ以外に確信を抱くもの、とるべき手段を知らないのだろう。「有力者の息子」とかいう地位とは別に、そういう意味で向こう見ずな強さを誇る、無敵のこどもだった。


 飛鳥さんに濁った視線を向けた後、彼は立ち上がり、まずは近くにいた雑魚オークBを蹴り飛ばした。「見張りはどうした?」


 飛鳥さんがすかさず答えた。


 「ビビって逃げたよ。人望ねぇなあんた」


 「あんだとぅ?」


 唾が飛ぶほどの声を意にも介さず、飛鳥さんはオークキングの真正面に立ちはだかった。


 オークキングの身長は、勇に近いくらいある。まして、縦以上に横幅がハンパない。体格差は一目瞭然だった。


 だが、飛鳥さんは悠然としたものだ。巨大なゴルマデスや屈強なキャプテン・ブラッドはここにはいない、けれど、変わらぬ態度で振る舞っている。


 「この部屋は我らポーカー部の部室となった。今後は我々が使用する。抵抗は無駄だ、鍵を置いてさっさと出ていけ」


 「何ワケわかんねぇこと言ってんだ、テメェ?」


 わかろうとする努力なしに毒づきながら歩み寄ってきたオークキングに、飛鳥さんは落ち着き払ったまま、葵の御紋・・・・を突きつけた。



 まほちゃんの魔法、とは―――城市先生を通して、この部屋を正式にポーカー部の部室にすることだった。


 部活動の顧問のみによる職員会議があり、部室はそこで承認される。校長は、建前上最終責任者だが、その会議には出席しない。有力な部活以外の議題には目も通さず、決定事項を追認するだけで、議長が校長印を拝借して決裁する、なんてのもまかり通ってるそうである。


 そこで飛鳥さんは、城市先生に「魅了チャーム」の魔法を使わせた。要するに、「お願いっ」させたのだ。城市先生は職員室でも人気者だから、彼女の要望を断る教師、とりわけ男性教師はまずいない。ポーカー部の設立があっさり通ったのも、それと無関係ではなかろう―――本人にあまり自覚がないのが困ったものだが。


 え、あの部屋は……と疑問を呈する教師も少なからずいたろうが、城市先生は「部員が自分らで何とかすると言ってますんで」と、にこにこ顔で押し切ったようだ。


 議決の内容をそれっぽく書面にし、城市先生と校長の印がされた、逆らうこと能わぬ「葵の御紋」に仕立てたのは、飛鳥さんの指示だ。彼女はこれを手に、小会議室へ乗り込んでいったのである。

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