第58話

 今のは、緊張をほぐす大宅流のジョークかと思ったのだが、彼は大いにショックを受け、しょぼくれつつ僕らを誘導した。本気で、「レディース・アーンド・ジェントルメェン!」をやりたかったらしい。


 そういうわけで地味な入場だった。とはいえ、ピンスポットを浴びつつ、簡単な選手紹介はあった。僕らは拍手で迎えられ、講堂B入口から入ってきた校長チームには、早速ブーイングが投げつけられた。蛙の面に何とやらで、先頭でニヤニヤ笑いてらてら禿頭を光らせる校長以外は、まったく無表情に静々と、講堂中央の楕円形のポーカーテーブルへ足を進めた。


 校長チームの編成は事前に知らされていたが、実際に並んでいるのを見ると、違和感が強い。見事に校長のイエスマンで固められていて、「ポーカーができるかどうか」が二の次のようなのだ。


 数学教師のグラサンはわかる。校長の忠臣としても名高く、妥当な人選だろう。しかし、あとの三人は、どう見てもポーカーに必要な論理的思考を持ち合わせていない。


 オークキング第二の巣を放置してまほちゃんとやりあった陸上部顧問は、竜崎先輩以上の脳筋に筋金入った、上下関係絶対の体育会系で、かつ、長いものには積極的に巻かれて安心するタイプだ。


 空調があっても蒸し暑い講堂で、溶けかかった厚化粧の能面は、校長の愛人という噂もある事務室の経理担当だ。自分に甘く他人に厳しく、遅刻魔で定時に窓口が開いたためしがないが、行列ができていようが定時で窓口を閉める。そのくせ出納が締め日を一日でも遅れるとグチグチ嫌味を言うので、利用者からはなべて嫌われており、「ババア」という蔑称以外で呼ぶ者はいない。


 最後の一人は校務で、こいつは校長どころかオークキングの使いっぱさえ嬉々として受け入れ、あずかれるおこぼれはないか、浅ましく嗅ぎ回っていた男だ。


 いずれの面構えも貧相だ。覇気が感じられない。駆け引きがまともにできるかどうか、疑わしい。彼らにできることがあるとすれば―――校長の考えた作戦を忠実に実行するだけ、と思えた。しかし、個人戦であるポーカーで、彼らを有効に活かす作戦なんてあるのだろうか?




 席順は、校長側五人と僕ら五人が交互になるのを前提に、事前にくじ引きで定められた。最初のディーラーポジションも、勇と決まっている。


 優男ディーラーが立つテーブル中央部から見て、次の通りだ。



 校務→桐原→校長→僕→グラサン→勇→陸上→飛鳥→ババア→和尚



 僕は校長とグラサンの間というめんどくさい位置に腰を下ろしつつ、飛鳥さんの様子を伺った。彼女は緊張の糸を張り詰めていた。無理もない。飛鳥さんの席は、楕円のテーブルのいちばん端、そして逆の端に向かい合うかたちで座るのは、校長だ。


 魔王対魔王。ふたりは、始まる前から厳しい表情で睨み合っていた。


 どっしりと鷹揚に構える校長に、飛鳥さんは唇を固く引き結び、若干呑まれているように見えた。


 飛鳥さんがちらりと僕を見た。助けを求めているような、すがりついてくるような、怯えの表情を一瞬見せて、次の瞬間にはきりっと立て直して校長を睨みつけ返した。必死に自分を鼓舞しているようだった。


 冷静に立ち回ってくれるだろうか。少なくとも、周囲が見えている感じではなかった。それ以外の面々が、やはり無表情にただ静かに座っているこの異様さを、どこまで認識しているだろう。校長の選んだメンバーには、何かある。




 全員が席に着くと、観衆のざわつきが自然と収まり、講堂内は静まり返った。激しい雨音が再び外から伝わってくる───それをかき消すように、大宅の声が響き渡った。


 「シャッフルアップ・アンド・ディール!」

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