第57話

 ルールの話に戻ろう。今回のルールの最大のポイント───ノーリミットでなく、フィックスリミットであること。


 校長室での対決直後、桐原さんも戻って部室に久々に全員が揃ってから今日まで、僕らはフィックスリミットルールでのトレーニングを、純粋に積み重ねた。




 普段僕らがプレイしている、そして現在世界的に主流となっているテキサスホールデムのルールは、ノーリミットだ。つまり「無制限」―――何に制限がないかといえば、レイズ額だ。


 ノーリミットでは、手持ちにある限り、いくらでもレイズしていい。いちかばちかで全額をベットする、オールインが可能だ。


 だが、レイズできる額が決められているのがフィックスリミットだ。一ラウンドに三回までしかレイズできない。基準額の二倍、三倍、四倍にするまでで、それ以降はコールかフォールドしかない。フロップからターンに進むタイミングで基準額が倍になるため、ターン以降は高額の勝負も多くなるが、いずれにせよ、オールインを戦術的に用いることはできないのだ。


 「簡単に言えば、必殺技を封じられたんだよ」と、飛鳥さんはそう表現した。


 「それは、地味だな」勇がうなった。


 「そうだな。逆にいえば、ひとつひとつのレイズが全て駆け引きだ。運の要素が少なく、実力差が如実に出る。校長は、自分の方が実力が上だと思っていて、そういう勝負なら勝てると思っているわけだ」


 そして、もっと重要なファクターがある。ノーリミットが主流になったのは二一世紀に入ってからなのだ。


 なぜ主流になったか。それは、アメリカで高額を賭けてオールインをぶつけ合うような、射幸心を煽るテレビ番組がウケたからだ。それまでは、テキサスホールデム自体がポーカーの中のマイナージャンルで、フィックスリミットが主流だった。今でも海外のカジノでは、射幸心を煽らないよう、ノーリミットのゲームを禁じているところも多いという。


 つまり、若い頃からラスベガスやマカオに行っていたという阿久津校長は、フィックスリミットのプレイヤーだ。自分の経験値が高いところに引き込む、そういう抵抗を見せたのだ。


 飛鳥さんはこう言った。


 「フィックスリミットなら喜んで勝負を受ける、ってんなら、喜ばせておけばいい。賭けに乗った時点で、あいつは窮地に陥ってる。それには変わりないんだ」




 「序盤はブラインドも少ないからコールレンジは広めでいい。でも、過剰なレイズにはついていくな」


 勝負直前、部室内での円陣。飛鳥さんによる細々とした注意が続いていた。これまでのトレーニングでも何度も言われた説明を、あらためて繰り返している。


 「ノーリミットよりポットが少ないからと気安く手を出すと痛い目を見る。ただ、五枚役での勝負になりやすいから、Axローキッカーはあまり強気になるな。逆にスーテッドコネクターは積極的に。待ち広めのドローを引けたら、こっちから打っていかないとポットが増えない」


 ひととおり話し終えた後、飛鳥さんは、ふぅ、と大きく息をついた。


 「もうない? 大丈夫?」勝負に参加しない城市先生が、相変わらずいちばん心配そうにあたふたしている。


 だが、先生が心配になるのも何となくわかる。飛鳥さんが妙なのだ。勝負を控え、ここしばらくずっと、冷静で、真剣だ。魔王ではなく「チームリーダー」のように振る舞って、みなのトレーニングの相手を続けていた。校長に見せて以来、ニヤニヤ笑いが影を潜めている。いいことのようにも見えるけど、彼女らしくない。表情が硬い。余裕を失ったようですらある。


 今も正直、言葉こそしっかりしているが、飛鳥さんの表情はぴりっとしない。


 象徴的だったのは、最後に言った言葉だ。


 「そうだな……後はもう、運だよ」事実には違いないが、最後のアドバイスにしては、あまりに頼りないじゃないか。「いい札来いって、念じていろよ」




 「おぅい、そろそろ入場の準備をしてくれ!」


 今日の進行役を務める大宅が僕らを呼びに来た。


 「いつでもいいぞ」勇が答えると、


 「なら、講堂のA入口に移動してくれ。それから……入場のテーマはこれでいいか?」唐突に、大宅は小型スピーカーをつけた携帯プレイヤーで曲を流し始めた。


 「入場のテーマ? ……」聴いてみなは黙り込んだ。音数の少ない、ファミコン時代みたいなシンプルなテクノサウンド。だが力強く、勢いがあって、そしてどこかで聞いたことがある、「長州力……」とつぶやいた和尚を、「誰が短足だオラァ!」と、なぜか竜崎先輩がつかみ上げたことはさておく。


 大宅はなぜか昂揚して、ぺらぺらとまくしたてる。「スモーク焚くから足下に気をつけろ。カクテルライトがまぶしくても目を閉じたりするなよ。それで、選手一人一人入場時にMC入れるから、ちゃんとリアクション入れてくれ」


 みなが同時に答えた。


 「そういう演出はやめ」語尾は「ろ」が五人、「て」が二人、「なさい」が一人。


 あぁ。飛鳥さんの様子はちょっと心配だが、みなの心は間違いなくひとつだ。いいことではないか。

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