第41話
翌朝も、雨はやまなかった。
登校してきた生徒はみな、校内の掲示板に貼られた一枚の文書の内容に目を疑った。
その事態を、誰も予想していなかった。
でもそれは、当然の帰結、ともいえた。
開け放たれた窓から降り込む雨を避けようともせず、飛鳥さんは座り込んだままうなだれていた。
「友納―――思った通りの結果になったよ。最悪だ」
これまでに見たことのない、今にも泣き出しそうな顔だった。
「これが、世界の変化かよ。勇者の魂が引き起こす世界の変化ってのは、こういうことなのか……っ!」
悔しそうに、唇を噛む。そして教室を見回す。和尚は飛鳥さんの前の席にいて、憔悴した顔でスマホと戦っている。射水さんは自分の席で本を開いているが、視線は動いていない。そして、勇の席と、桐原さんの席は、始業のチャイムが鳴っても、無人のままだった。
「いや、わかっちゃいたんだ。勝呂と春子が飛び出してきた瞬間に、この世界はあたしの望まない方向に変化するって。なんでしゃしゃり出て来たんだ! 衆人環視で、何の言い訳もできない状況であたしに傷を負わせれば、あいつは一発でジ・エンドだった。あたしの世界から永遠に排除できたんだ。なのに、どうしてこうなった!」
「飛鳥さん―――わざと殴らせるつもりだったんだね、最初から。なんで、そんな危険なことを」
「危険が何だ! 魔王になった瞬間から、傷つけるのも傷つけられるのも覚悟の上だ。あたしを殴ればあいつが滅びるんなら、殴らせもするさ! 悪行を重ね、死体の山の上に立って我を通すからには、あたしには、傷を受けてなお立ち続ける義務がある。どんな痛みにも耐える義務がある!」机の上で拳を震わせ、引き絞るような叫びをあげながら、飛鳥さんは確かに痛みに耐えていた。自分で背負うはずだった痛みが、存在しない苦痛に耐えていた。そして、友に重荷を背負わせたという、心の痛みも、また。
「傷つく覚悟を、勇者がしていないとでも? 勇も桐原さんも、きっと後悔はしていないよ。むしろ、飛鳥さんに、そんな覚悟を望んでいなかった。もちろん、僕もね」
「情けをかけるな! あたしは……あたしは、魔王だ!」
掲示版に貼り出された、A4一枚の紙切れ。飾り気のない明朝フォント。校長と、生徒指導つまりグラサンの連名で、簡潔に、次のように、書かれていた。
告
以下の者を二週間の停学処分とする
一―B 桐原春子
一―B 勝呂勇
事由
校内での暴力行為
様々な声が漏れ伝わってきた。前日の立ち回りを直接見ていた者も、話を間接に聞いた者も、一様に怨嗟と絶望を訴えていた。
―――校長の指示だって。
―――オークキングは無罪放免だってさ。今日も普通に学校に出てきてる。
これまでは、事なかれ教師の取りなしで日の目を見ぬまま消え失せていたオークキングの悪事は、飛鳥さんと和尚が仕掛けた拡散によって、今や全校注目の話題だった。噴出したオークキングへの不満は、爆発寸前にまで膨らんでいたのだ。それゆえ昨日の顛末で、誰もが邪悪なるオークキングに断罪が下ると信じていた。
蓋を開ければ、こうだ。
確かに、暴力を振るったのは勇と桐原さんのほうだ。でもああして止めなければ、殴られていたのは飛鳥さんだった。
正当防衛なのか過剰防衛なのかは、客観的にみて議論すべきかもしれない。誰が正しくて誰が間違っていたのか、罪を負い罰を受けるべきは誰なのか、僕らには自明でも第三者には説明を尽くさねばならないかもしれない。いろんな論点があって、いろんな言葉が用意できるだろう。
だけど、全部切り捨てて導き出された現実が、こうなのだ。
すべては、ねじ伏せられた。
校内の雰囲気は、逆に一気に冷え込み、恐怖と呼ぶべきものに変化していた。
そうなのだ。オークキングは校外では問題を起こさない。校外では校長の庇護が受けられないからだ。なら、校内における校長の存在とは何だ。
―――これじゃ、まるで神様だ。
―――神様は、こんなひどいことしない。悪党の背後にいるんだから、悪魔だ。いや、魔王だ!
―――校長こそが魔王だ。真の魔王の降臨だ!
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